AZURE-Triangle-
ホスト仲間の帝斗のことが好きだった。
好きだったはずなのに――
もう一人の同僚の焔(イェン)――、彼が差し出した突然の淫猥な誘(いざな)いに乗せられ、信じられないような欲情にまみれて堕ちた。ほんの昨夜の出来事だ。
この男が灯した官能の火は、帝斗に抱いていた淡い想いを一撃で砕いてしまうほどに衝撃的で、自ら望んでこの男に乱されたいと、本気でそう思ってしまった。この男の腕の中で狂い、果て、満たされて――そして今、どういう経緯でか彼のベッドの中にいる。
この男と絡み合う場面を帝斗に見られたショックで意識を飛ばしてしまったのは、ほんの数時間前のことだ。
その後、気を失った自らを連れて自分の家へと戻ったのだろう。薄ぼんやりとした記憶の中で、この男が丁寧に介抱してくれていただろう感覚だけが全身に残っている。
大好きだぜ――
本気だぜ――
意識のないことを分かっていながら、そんな言葉を繰り返していた。何度も何度も頭の隅の方で同じその言葉を聞いたような気がする。
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか分からない。実際のところ、この男は何をどうしたかったのか、それすらもはっきりとは理解しきれずにいる。
もうすぐ夜が明ける気配がする。フットライトの小さな灯りをかき消すような蒼い蒼い闇の中で、どうしようもなく揺れてとまらない気持ちと闘っていた。
キングサイズを優に越すかと思えるベッドの上で、少し手を伸ばせばすぐにも触れ合えるところで静かな寝息を立てているこの男と、昨夜の続きをしたいだなどと疼いてる自分自身も信じられないでいる。
つい昨日まで、自身の視線が追い掛けていたのは帝斗という穏やかな男だ。その……はずだ。それなのに、今は全く別のことで頭をいっぱいにしている。
穏やかさとは程遠い、強引で勝手極まりないはずの――この男のことで胸が熱くなっている。帝斗に抱いていた淡い恋慕とは比べ物にならないくらいの熱い何かが全身を這い回るようで、苦しいくらいの思いと闘っている。
ふと、いつかお客の女が言っていたことを思い出した。
『ホンモノの恋に落ちるとね、すごいのよ! もうね、自分の意志なんて関係なくて、一瞬でその人に引き込まれちゃうんだから。何ていうか……すべてを持ってかれちゃうって感じ』
それを聞いた時は女独特のメルヘンチックな戯言だと思っていた。内心、鼻先で笑ったこともしっかりと覚えている。まさかそれが現実に起こるだなどとは、思いもしなかった。
つい昨日までは意識さえしたことのなかった男のことで今は頭がいっぱいになっている。彼が言った一言一言が、頭の中で甘く低い独特の色香を伴った声で繰り返されてとまらない。
『お前が帝斗を好きなように、俺はお前が好きだから。お前が他のヤツのことばっか気に掛けるのを見てんのは限界だったから――』
『欲しいか――?』
『ヤろうぜ続き。もっともっとよくしてやる。もっと……めちゃめちゃに堕としてやるよ』
この男の差し出したトライアングルが形を崩し、いつか彼だけを追い掛け欲して番となる、そんな時が来るのだろうか。何の迷いもなく、どっぷりと心も身体も預け合って満たされる――そんな夢を望むべきなのか。
複雑な思いに戸惑いながらも、手を伸ばし、触れてみたくなる。
蒼い闇がやがて金色の朝の光を連れてくるように、心の底から欲するものに手を伸ばしたとしたら、いずれはそれが本当に欲しいものに取って代わるのだろうか。
隣で眠る焔の温もりを感じながら、紫月は再び訪れた睡魔に身を委ねた。
- FIN -