皇帝寝所

番外編 皇帝の憂鬱



◆1
 その日、皇帝の様子はいつにもなくおかしかった。朝からソワソワとし、心ここに有らずで落ち着かない。誰が話し掛けても上の空だし、かろうじて相槌は打つものの明らかに空返事なのだ。
「ふむ、おかしなヤツだ。いったい何があったってんだ?」
 遼二は密かに側近の李に訳を尋ねた。
「実は――今日から冰さんが泊まりがけで学園行事のキャンプに出掛けられまして。焔老板はきっとご心配なのでしょう」
「キャンプだって? じゃあ今夜は帰って来ないというわけか」
「ええ、一泊二日だそうでして」
「は――! なるほど」
 それで合点がいった。焔は冰が邸を空けることが心配で気が気でないのだろう。思えば冰をこの邸に引き取ってからというもの、離れて暮らすことなどなかったわけだ。

(あの野郎、何だかんだと言いながらやはり冰のことで頭がいっぱいってわけか)

 遼二はあまりの微笑ましさに、目元も口元もゆるんでしまうのを抑えられずにいた。
「で、キャンプ地は何処なんだ? 遠いのか?」
「いえ、何でも白泥で夕陽を堪能しながらの課外授業だとか」
「白泥? なんだ、近場じゃねえか」
 白泥は香港でも有名な観光地のひとつで、夕陽が絶景だと評判の場所である。しかも学園の行事というのなら、級友や引率の教師も一緒なのだろうし、心配には及ばないだろうにと思ってしまう。
「老板がお気掛かりなのは冰さんがお泊まりになられるロッジのことではないかと――」
「ロッジだ?」
「ええ。何でも人数の関係だとかで、冰さんは顧問の教師の方と同室だそうで」
「顧問の教師って……じゃあ級友と一緒じゃねえってのか?」
「どうもそのようです。私も老板と一緒に学園から配られた資料を拝見したのですが、冰さんは今回キャンプファイヤーを取り仕切る責任者に抜擢されたらしく、諸々準備の関係で顧問の先生と同部屋になられたようです」
「――顧問ねぇ。その先生ってのは若い女なのか?」
 教師が年頃の女性ならば焔が心配になったとしても不思議はないか――。冰は高校の最上級生となった今でも体つきは華奢で、いつまで経っても可愛らしい感は抜けないが、健康な高校男児である。二人きりのロッジで夜を共にするとなれば、まかり間違って――などということも万に一つ絶対に無いとはいえないだろうからだ。
 ところが李は笑いながら首を横に振ってみせた。
「いえいえ、顧問は男の先生だそうですよ。お年は焔老板や遼二殿とご一緒くらいだとか」
「なんだ、野郎か――。だったら何も心配することなんざねえん……じゃねえの……か?」
 言いながら遼二はハタとあることに気がついた。教師が男だからといって、イコールそれが安全とは言い切れない――焔はそんなふうに感じているのかも知れないと思ったからだ。
 焔自身も男性だ。そう、男性なのだが、そんな自分が冰に対して抱いている気持ちと同じような感覚をその男性教師が持っていないとも限らない。焔は先頃、冰に対して恋情があるのかどうか急ぐことはないなどと言ってはいたが、ほんの一日二日離れるだけで上の空になるその様子から察するに、既にすっかり冰の虜ではと思ってしまうわけだ。

(――はん! 自覚がねえってのも困ったもんだな。周りで見ているこっちからしたら手が焼けて仕方ねえ)

 遼二は呆れつつも、そんな友の為に一肌脱いでやろうと思うのだった。



◆2
 ちょうど週末で調査の仕事も休みである。これ幸いと遼二は紫月にも事情を打ち明けると、出掛ける支度を済ませては、わざと焔の目につくようにこれから外出する素振りを見せつけた。
「カネ――。一之宮も……。何だ、どっか出掛けるのか?」
 案の定、興味を示した焔が逸った顔つきで近寄って来る。遼二はすっとぼけたふりのまま、大袈裟と思われるほどの相槌を返してみせた。
「おう、焔! 実はな、これからちょいとドライブがてら小旅行にでも行って来ようと思ってな。このところ仕事で出突っ張りだったし、たまの休暇だ。今は急ぐ調査もないものでな」
「――ふむ、小旅行とな。で、何処まで行くつもりなのだ。遠いのか?」
「いや、近場だが白泥あたりで一泊してこようと思ってる。あそこの夕陽は絶景で有名だからな。一度紫月に見せてやりてえと思ってるんだ」
 白泥と聞いて焔は焦燥感あらわに身を乗り出してよこした。
「……一泊すると言ったな……? 白泥でだと?」
「そうだ。宿は既に取っている。本当は親父たちも誘ったんだが生憎都合が付かねえらしくてな。部屋がひとつ余っちまったがまあ仕方ねえ。当日のキャンセルもきかんし――」
 そこまで言い掛けて、更にわざとらしくこう付け加えた。
「そうだ、焔! おめえ一緒にどうだ? おめえが行ってくれりゃ部屋も無駄にならなくて済む。何なら冰も連れて一緒に行かねえか?」
 すると紫月も後押しするように大はしゃぎで話に乗っかって援護する。
「そりゃいいな! 冰君と小旅行なんて最高じゃね! なあ焔、行くべ行くべ!」

「……ふむ、そういうことなら……うむ。せっかくの部屋を無駄にするのも忍びねえ」

 視線を泳がせながらも焔はすっかりその気のようだ。遼二と紫月は密かにニヤっと微笑み合ったのだった。



◇    ◇    ◇



「なーんだ、冰君は学園行事のキャンプだったんかぁ。せっかく一緒にと思ったのに残念だな」
 行きの車中で紫月がわざとらしくも肩を落としてみせていた。今日は遼二が運転して焔は助手席、紫月は後部座席。親友同士水入らずの旅だ。
「ふむ――まあ仕方ねえ。だが偶然と言っちゃナンだが、冰たちのキャンプ地も白泥なのだ」
 焔が所在なさげにモゾつきながらもそんな言い訳をしてよこす。紫月はそれこそ大袈裟な調子で喜んでみせた。
「マジかよ! んじゃ向こうで会えるかもな!」
「ああ……まあ……な。学生たちの邪魔になっちゃいかんが、遠目から様子を窺うくらいなら……ふむ、まあいいだろう……」
 何だかんだと言いながら、焔はすっかりその気だ。現地に着けば一も二もなく様子窺いに出ることだろう。
「いいじゃね? 俺らも学生気分に戻って雰囲気楽しめそうだ。なあ遼?」
「そうだな。冰がどんなふうに学園生活を送っているのかこっそり窺うのも悪くねえ。言うなれば非公式の授業参観といったところだ」
 遼二も紫月も乗り気の様子に、焔は嬉しそうだ。視線を泳がせながら、『確かにこういった機会も貴重だ』などと言っては照れ隠しの為かわざと平静を装いつつも、さほど興味の無さそうに飛んでいく景色を眺めている。遼二と紫月はミラー越しにウィンクを飛ばし合ってはやれやれと笑うのだった。



◆3
 白泥に着いてチェックインを済ませると、三人は早速学園がキャンプを張っているというロッジに向かった。こんもりとした林の中、ちょうど学生たちがスケッチブックを広げて絵を描いているところだったようだ。
「今は美術の課外授業か? 冰君は……あ! いたいた! あそこの切り株に座ってるのそうじゃね?」
「ふむ……相変わらず真面目に頑張っているようだな」
 焔は双眼鏡を取り出して冰に釘付けだ。
「焔、おめえ……それって双眼鏡? 家から持ってきたのか?」
 さすがに驚いてか紫月が呆気にとられたようにして目を丸くしている。
「ん? あ、ああ……。さ、真田が用意してくれたのだ。白泥の夕陽は絶景だから……その、一之宮に見せてやってくれとな」
 嘘か本当かといったところだが、ここは素直に感激してやるべきだろう。
「へえ! さっすが真田さん! んじゃ、しっかり拝んで来なきゃな!」
 紫月が乗ってくれたことに安心したのか、焔はしきじきと冰観察に精を出すのだった。



◇    ◇    ◇



 夕刻になりひとまずは名だたる絶景を堪能した三人は、冰たちのいるキャンプ場に戻って、またも遠目からのウォッチングタイムと相成った。冰はキャンプファイヤーの責任者に抜擢されたということなので、彼の司会進行ぶりやらレクリエーションの旗振り役となって活躍している様子を微笑ましく眺めた。
 まあここまではいい。問題は夜だ。
 イベント行事も済み、そろそろ就寝時刻となって学生たちがそれぞれのロッジへ帰って行く中、目下の関心事は冰と顧問教師が二人だけで泊まるというこの事実だ。
 三人はすっかり探偵気分で、身を潜めつつこっそりと冰らのロッジへと近付いていった。
 部屋の灯りはまだ点いていて、木製の窓も開け放たれている。その窓枠の真下に陣取れば、運良くか話し声までもが鮮明に聞き取れる絶好のシチュエーションに胸を高鳴らせる。
 当初は焔に付き合ってやるかといった感覚でいた遼二と紫月も、すっかり興味津々で息を殺しては耳を澄ます。何だか覗き見をしているようでドキドキするわけだ。
 教師がキャンプファイヤーでの冰の活躍ぶりを褒めたり、明日の予定などを話していたが、その内に少々気になる話題に突入して、三人はますます窓枠の下で耳を澄ましてしまうこととなった。
 案外生真面目な調子で話題を振ったのは冰の方だった。
「先生、あの……ヘンなこと聞いてもいいですか?」
 そう言う声音はどこか畏まっていて、何か重要なことを相談したい様子が窺えた。遼二も紫月も興味をそそられたのだが、焔に至ってはもう窓枠から身を乗り出して中を覗く勢いだ。
「おい、焔! もちっと屈め! 気付かれちまうだろうが……!」
 遼二が服の裾を引っ張って焔を屈ませる。
「あ、ああ……すまん。つい――な?」
「気をつけろバカ! バレたらやべえことンなるって」
「すまんすまん――」
 三人で身を寄せ合ってコソコソ――まるで悪ガキ時代に逆戻りの勢いだ。
 部屋の中の冰たちは気付く様子もなく、何とも真剣な口調で会話が始まったのに、またしても耳がダンボ状態――。その内容もまた驚くべきものだった。
「あの……先生はその……好きな人っていますか?」
 意外なその質問に、三人は思わず顔を見合わせてしまった。



◆4
 教師の方もまた、驚きつつも真面目な様子で話を聞いてやっている雰囲気が窺えた。
「――好きな人かい? 冰君は好きな人がいるのかい?」
「……そ、そういうわけじゃ……ないこともない……んですが」
「なんだ、やっぱりいるんじゃないか」
 教師がクスっと笑ったのが窺えたが、すぐに生真面目な口調で穏やかに質問に答えたようだった。
「うむ、先生は好きな人――というか、大事に思っている女性がいるよ。その人も僕と同じ教師をしていてね。学園は城外だからそう頻繁に会えるわけじゃないが、先生にとってはとても大事な人なんだ」
「そう……ですか! じゃあお二人は恋人さんなんですか?」
「そうさ。来年には結婚が決まっているんだ」
「結婚! それはおめでとうございます!」
「ありがとう。ああ、だがまだ学園では校長先生にくらいしか話していないからね。当面は内緒にしておいておくれよ?」
「はい、もちろんです! そっかぁ……結婚かぁ。いいなぁ……」
 ほとほと羨ましそうな冰の声、教師の方は朗らかに微笑んでいるような声音で先が続いた。
「それで? 冰君の好きな人っていうのはどんな人なんだい? 同じクラスの子?」
「いえ……」
「じゃあ別のクラスの子かい?」
「……いいえ……。その……学園の友達とかじゃないです」
「おや、そうなのかい? その人にはもう告白した?」
「いいえ……。告白なんて……できません」
「どうして?」
「だって……その人はすごく年上で……とても立派な人ですし……僕なんかがその人のことを好きだって分かったら……嫌われちゃうかも知れないし……」
 しょんぼりと肩を落としたのが声の調子だけでありありと分かるくらいだ。
「ふむ……年上の女性か。では彼女は既に社会人というわけだね?」
 教師が訊いたが、冰はますます思い詰めたようにしてこう続けた。
「お……女の人じゃ……ないです。僕が好きなのは……」
「……男性なのかい?」
 それに対して冰の返事はなかったものの、おそらくはコクリとうなずいたのだろう。教師からは少し大きな溜め息がもれたようだった。
「――そうか。男性か」
「……はい……あの、とてもお世話になっている方で……」
 焔はもう気が気ではない。相手はどこの誰だと顔を強張らせては落ち着きのなくソワソワとし始まった。
 遼二と紫月には相手は焔だということが分かっていたものの、当の焔自身は『もしかしてあの教師のことかも知れない』などと勘違いしてしまったようだ。
「おいカネ――世話になってる相手で年上と言やぁ、この教師のことじゃねえのか? まさか今ここでコクるなんてこたぁねえだろうな……? 俺は出て行った方がいいのか? この教師は結婚を控えているとまで言っているんだ。そんなヤツに入れ上げたところで幸せにはなれんとひと言助言してやるべきだろうか……」
 ブツブツとつぶやきつつも心ここにあらずで半ば蒼白となっている。遼二も紫月もポカンと口を開いたまま呆れてしまった。
「何をワケの分かんねえことを言ってる! たった今、冰はあの教師に対しておめでとうと言ってたじゃねえか! 冰の好きなのは教師じゃねえ」
「……そ、そう思うか?」
「……ったりめえだ」
「――そうか。ではいったい相手は誰だというのだ……。冰の周りで年上の男といったら限られているだろうしな……。俺さえ気付かねえ内に誰に惚れてきやがった……」




◆5

(あーあ、こりゃどうしようもねえわ……。世話が焼けて仕方ねえ)

 紫月はお手上げだと肩をすくめては、クイと焔の顔前で指さした。

「――あ?」
「お・ま・え!」
「……は?」
「ンだからぁ、冰君の想い人はお前だっつってんだ!」
「へ――?」
「焔、おめえ案外鈍感なぁ? 冰君の好きな人がおめえ以外にいるわきゃねえべ」

 え――!? えええええ――!

 思わず大声を出し掛けた焔の口を咄嗟に塞ぎながら遼二が溜め息をついた。
「でっけえ声出したらバレるっつってんだろ……! ちったぁ自重しろ、自重ー!」
「あ、ああ……すまん……」
 慌てる三人をよそに、部屋の中からは教師の穏やかな声が聞こえてきて、再び耳を澄ました。
「いいじゃないか。冰君がその人のことを好きだと思うなら――相手が男性だろうが年上だろうが、立場が偉かろうがその想いは大事にするべきだよ。ただね、そのお相手が結婚していらっしゃるなら話は別さ。いかに純粋な想いでも不倫は――誰かに悲しい思いをさせてしまうこともある。僕はそう思うよ」
「先生……」
「お相手の方、既婚者かい?」
 ブンブンと勢いよく首を横に振ったのが雰囲気で分かった。
「そう、独身かい」
「……はい。その人にお嫁さんは……いません」
「そうか。だったら悩むことはない。好きになったのが男性だろうと女性だろうと、年が離れていようが立場が偉かろうが、誰かを好きになることは尊いことだよ。無理に諦めることはない。今の想いを大事にしながら、冰君がそのお相手に打ち明けたいという気持ちになるまでゆっくりあたためてもいいと僕は思うよ」
「そう……ですか? こんな僕、子供なのに……迷惑じゃないでしょうか」
「冰君がそんなふうにお相手を思いやれる気持ちを持っていることが先生はとてもいいことだと思うよ」
「本当に……?」
「ああ。だから悩み過ぎることはない。悪いことをしているとか、自分はおかしんじゃないかなどと思う必要もない。それでもどうしていいか分からなくて自分一人で抱えきれないなら僕はいつでも相談相手になるさ」
「……先生、ありがとうございます。なんだか……話を聞いていただけただけで大分すっきりしました。クラスの友達はだいたい同級生の女の子とかと付き合っていたりして……皆んなでワイワイ楽しくやってる。そういうのが当たり前なのかなって思って。なのに僕はずっと年上の男の人を好きになって……誰にも相談できなかったから。お兄さんには言えなくてもいい、側にいられるだけで今は充分幸せです、僕」
「うん、そうか。また何か悩みが出てきた時は遠慮せずに言っておくれ。一人で悩んで苦しむことはないからな?」
「ありがとうございます、先生!」
「さあ、それじゃそろそろ休みなさい。僕は明日の課外授業のことで準備があるからね。隣のロッジに集まって先生方と会議に出掛けるが、冰君は先にお風呂に入って休んでいいからね」
「はい。ありがとうございます!」
 教師は窓を閉めて出掛ける支度に取り掛かったようだった。



◆6
 その窓枠の下では三人がホッと胸を撫で下ろしていた。
「いい先生じゃねえか。あれなら心配要らねえな」
 遼二がクスっと笑みながら焔の肩をポンと撫でる。
「そんじゃ俺らもホテルに帰るか! ま、焔はこのままもうしばらくここに残っていたいだろうけどなぁ」
 紫月も伸びをしながら冷やかし気味で笑う。
「バカ言え……。と、とにかく見つからずに済んで良かった」
 後ろ髪を引かれる思いはあれど、さすがに一晩ここで張っているわけにもいかない。まあ教師も常識のある人格者のようだし、ここはホテルに帰るしかないかと立ち上がった時だった。
「はい、そこのお三方! ご心配なのは分かりますがね。こんなことがバレたら軍法会議ものですよーっと!」
 ニヤニヤと悪戯そうな笑みを讃えた教師に声を掛けられて、三人はまるでコソドロのように慌てた挙句、将棋倒しとなって尻もちをつかされてしまった。
「わ……ッ! あ、あんた……」
「すまねえ――俺たちはその……」
「悪気はなくてですね……」
 三人揃ってしどろもどろで言い訳するも上手く言葉になってはいない。ところが教師の方では既にすっかりお見通しだったようだ。
「あなた方、冰君の保護者の方たちですね? 僕が気付いていないとでも思っていましたか?」
「いや、あの……その」
「ちょ、ちょっと……俺たちも偶然この近くに泊まりに来てたものですから」
「そ、そうそう! 冰君のキャンプ地もこの辺りだったよなって話ンなって! どうせならちょっと様子見に行ってみよかーって……」
 まるで悪いことが見つかってタジタジの生徒のように三人で大焦りだ。教師の方は呆れ気味、大袈裟なゼスチャーで肩をすくめていた。
「まったく! いい大人が何です? うちの学生たちだってこんな忍びのようなマネはしやしませんよ?」
「はぁ……面目ない」
「あなた――皇帝様でいらっしゃいますね? 冰君と一緒にお住まいだという」
「はあ……どうも、その……失礼を……」
 しょぼくれる三人を見下ろしながら教師は笑った。
「まあいいでしょう。保護者としてご心配なさるお気持ちは理解できます」
 そう言うと、手にしていた紙の束から一枚を抜き、差し出してよこした。
「はい、これは明日の課外授業のスケジュールですよ。遠目から様子を窺うだけなら許可しましょう。ただし、くれぐれも生徒たちの邪魔にならないよう気をつけてくださいね。それから――明日は午後三時にはキャンプが終了予定です。親御さんが迎えに来る生徒以外はバスで城壁内まで送りますが、基本は現地解散ですから。三時前にロッジの入り口で待っているのはOKですよ」
 教師はそう言うと、意味ありげにニヤッと微笑んでは隣のロッジでの会議に出掛けて行った。
 残された三人はその場にへたり込んだまま、大きな溜め息をついて肩を落とす。
「はあー、ビビったぁー! まさかバレてたとはな」
「しかしあの教師――大したタマというか……ある意味大物だな。もしかしたら冰の想い人が焔だってこともバレてんじゃねえのか?」
「かもなぁ。あのニヤーっと笑った顔は自信ありって感じだったべ」
「カネ、一之宮、すまん……。おめえらまで巻き込んじまって」
 そんな話をしていると突如また窓の鍵を開ける音がして、三人は咄嗟に窓枠の下へと潜り込み身を潜めた。どうやら風呂から上がった冰が窓を開けたようだ。
 しばらく息を殺していると、冰の可愛らしい声が聞こえてきて三人は大きく瞳を見開いたまま互いを見つめ合ってしまった。



◆7
「白龍のお兄さん、どうしてるかな……。今日も忙しくお仕事されてたんだろうなぁ。お疲れ様です」

(いやいや、なんの! 忙しくキミのウォッチングに奔走していましたよ!)
 というのは遼二と紫月の心の声である。

「僕もお陰様で今日のキャンプとっても楽しかったです! 今日の授業で森の植物を押し花にするっていうのがあって、綺麗な葉っぱを拾ったの。出来上がったらお兄さんにもらって欲しいなと思って……。明日には帰ります。お兄さん、会えるの楽しみにしてますね。おやすみなさい」
 まるで空の星に祈るような動作までが伝わってくるようだ。その後すぐに窓は閉められたが、その真下で身を潜めていた焔にとっては堪らない台詞だ。
「くぅううう……! 可愛いことをぬかしやがって……」
 まるで子供が地団駄を踏む勢いで嬉々と身をよじってはバタついている。遼二と紫月はやれやれと呆れ顔だ。
「紫月……行こうか?」
「おう! 焔はこのまま置いてっちまっていいべ」
 二人が立ち上がって歩き出すも、焔は未だ一人で『くううー!』とやっている。
「あ? あれ――? おい、カネ! 一之宮! 置いてくなって……!」
 しばしの後、慌てて追い掛けて来た焔の肩を思い切り両脇からサンドイッチにしてやった二人であった。
「こんにゃろ! 鼻の下伸ばしやがって。焔、おめえ――今のそのツラ、鏡で見せてやりてえ」
「まあそう言ってやるなって、遼! 仕方ねえべ? 皇帝様は今とおーってもお幸せなんだ。伸びてんのは鼻の下ばっかじゃねえよなぁ」
 左右から二人にツンツンと突かれ弄られては、柄にもなく頬を染めた皇帝だった。
「バ、バカ言え……! どこの下が伸びてるってんだ」
「そうねぇ、ここいらの下辺り? ってかぁ?」
「バカ! どこ触ってんだ一之宮……!」
 紫月にはスイと前を撫でられ、遼二には思い切り尻をつねられて、焔はジタバタ。ますます茹蛸のように真っ赤になりながらも、気付けば再びデレーっと頬をゆるませる。
 そんな彼を挟みながら、遼二と紫月は肩をすくめ合い――
「おいおい、こんなデレた皇帝のツラは城内の者には見せられたもんじゃねえな」
「違いねえ!」
 あははは! と声高々に朗らかな笑い声が夜の白泥にこだまする。春爛漫の時がもうすぐそこに迫っているなと幸せを噛み締め合った小旅行だった。

皇帝寝所番外編 - FIN -



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