恋って残酷――



「どこの女だ。年上(うえ)か、年下(した)か?」
「……どこの……って」
「俺にゃ言えねえわけか?」
 見なくても分かる。めちゃくちゃ機嫌が悪そうな声音がこいつの本気の怒りを訴えてくる。
 ビリビリと、ジリジリと訴えてくる。
 思わず背筋が寒くなりそうになって、目の前の胸板を思い切り突き飛ばした。
「何、急にッ……! 何、怒ってんだっ、てめ……! ワケ分かんね!」
 乾坤一擲とばかりに怒鳴り上げ、勢い付いた拍子にガシャーンと大きな音を立てて後ろの金網に思い切り背中をぶつけた。
 目の前では、今の今まで俺の頭を抱えていたヤツの大きな掌が、空(くう)で止まったまま行き場を失くしたように硬直していた。
 そんなヤツの表情も、まるで驚愕といったように歪んだまま硬直していた――

「あ……悪り……、その……突き飛ばしたりして」
 咄嗟に謝ると、ヤツの唇が微かに弧を描くようにうごめいた。
「――俺の方こそ悪かった。つい頭に血が上っちまって――すまねえ」
 素直に謝ってくる姿が、何だか酷く切なげで、普段のこいつからは想像も付かない。まさに泣きそうなツラで苦笑している。
「ンだよ……。今度はてめえの方が泣きそうなツラしてよ……」
「ああ――そうかもな」
「そうかもなって、お前……」
「まさに泣きてえ気分だぜ――」
 はっきりとした苦笑と共にヤツは言った。
「さっきは悪かった。てめえに好きなヤツがいるって聞いて血迷った。許せな?」
「――ッ!? ……って……それ、どういう……」
 俺の問いに答えないままで、ヤツはまた一本、懐から煙草を取り出して唇に銜え込んだ。そしてもう一本を俺に差し出しながら言った。
「もう一服してくか」
「え!? あ、ああ……いいけど……」
 クイと首を傾げて風を避け、デカい掌で囲いながら火を点ける……。
「確かにな――吸わなきゃやってらんねえこともあるわな」
 煙たげに細められた瞳の上をユラユラと紫煙が立ち上っては消えていく。

 まさか――まさかだけどさ。こいつの好きな奴って……。
 まさか――な。ンなことあるわきゃ……ねえよな。
 けど、さっきのこいつの態度、怒り、あれってもしかすると……もしかしたりなんか……する?

 万が一の想像に、思わず頬が熱を持つ。ドキドキと心拍数が速くなる。
 そんな思いを紛らわすように、俺もまた一服、ヤツの点けてくれた煙草を深く吸い込んだ。
「……な、遼」
「ん?」
「お前って……その、好きな奴とか……いる?」

「いるぜ。お前――」そこで一旦言葉を止めて、ヤツはじっと俺を見つめた。見つめたというよりは凝視してるって方が当たってるくらい、鋭い視線を外してはくれない。「――はどうなんだ」

「え!?」

 ンだよ! 疑問符かよ! つまり、『お前はどうなんだ?』そう訊きたかったわけかよ!
 焦って損した。そんな気分のままに、俺も同様にカマをかけてみたくなった。
「俺? 俺は……お前……」お返しとばかりにここで一旦言葉を止めて、目の前のこいつの様子を窺い――そしてすぐに「……が言ったら教えても……いい」そう返してやった。するとヤツは薄く笑い、俺の指にある煙草をヒョイと取り上げて自分の口へと突っ込んだ。
「……って、おい! それ俺ンだ……ろ」
「代わりにコレをやる」
 すかさず自分の煙草を俺の口へと突っ込んでよこす。
「ンだよ……これじゃ間接キスじゃん……!」
 瞬時に紅潮しそうな頬の熱がこっ恥ずかしくて、俺は咄嗟にそんなことを口走ってしまった。

「間接じゃ足んねえか?」
「――へ?」
「なら直接――するか?」

 こういう時のこいつの顔は堪らない。でかい切れ長の二重が細められて、めちゃくちゃ妖艶――すげえ色気にヤられそうだ。同い年なのにとてつもなくオトナに見えて、身体の奥底が熱を持つ。
「て……ッ、てめえが……してえなら……俺は別に……」
 いいけど――その言葉は言わせてもらえなかった。
 ほろ苦い煙草の香りの唇が、奪い取るように俺に触れた。
「さっき――」
「……ッ、え……?」
「キスしていいって言ったろ?」そう言って口角を上げる。憎たらしいくらいに気障で粋な笑顔で見つめてくる。
「てめえで言ったんだ。忘れたわけじゃねえだろ? なあ、紫月」

――って、ちゃんと聞いてやがったのかよ……! さっき俺が冗談で言ったこと。戯言だって突っ返したくせしてさ、今頃こんなの反則だろうが!

 ふと空を見上げれば、分厚い曇天を突き破って日射しが顔を出し、眩しいくらいに俺らを射貫いていた。
「熱っつ……!」
「じきに梅雨明けだからな」
 俺の真横で瞳を細めたこいつのツラが、残酷なくらいに格好良く思えた。

 ああ、恋って本当に――――

- FIN -



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