夏を連れ去る秋の蝶



「秋夜さん、そっちから行くのはやめた方が……」
 そう言おうとして、一瞬躊躇してしまったこいつに、俺はガラにもなく不安を覚えた。
 おい、冬樹――ひと言、云っておいてやった方がいいんじゃねえのか――そんな思いで隣を見やる。だが、こいつも同じことを危惧しているような表情をしていた。
 云うのかな――そう思えど、しばし待ってもその気配がない。何やら悩んでいるような顔付きに、少々無粋だが、こいつの心の声を聞いてみることにした。

(どうしよう。こっちの道から降りるのはやめた方がいいって……言うべきなのかな……。いや、でも秋夜さんは高校生じゃないし、いくら不良連中だって見知らぬ大人を相手に喧嘩を売るとも思えない。それに……もしかしたら、もうあの場所にはいないかも知れないし、遠回りの道なんか教えたら、かえって悪いじゃないか)

 自らを納得させるように踵(きびす)を返してしまうこいつに、少しの焦燥感がこみ上げる。結局、冬樹は真夏の家を通り越し、自分の家へと向かってしまった。
 玄関をくぐり、一先ず鞄を置いて私服に着替える。ふと、リビングのテーブルを見やれば、母親が書いたらしきメモが置いてあるのに気が付いた。


 冬樹へ
 お父さんとお母さんはお墓参りに行ってくるね。帰ったら真夏ちゃんの家へ行くから、これを持って先に伺っててちょうだい。
 母より


 メモの隣には梨の入った箱が置いてある。冬樹はそれを持つと、夕飯を共にする為に真夏の家へと向かった。
 玄関を出てすぐにちらりと坂道を見下ろすが、もう秋夜の姿は見当たらなかった。
 彼は不良連中と出くわしたりしていないだろうか――考えることはその一点のみだ。心が逸ってならないのか、どうにも不安が隠せないという表情をしていた。
「おう、冬樹か! おかえり! 見ろよこれ、今日は大漁だぞー!」
 楽しそうに笑う真夏の笑顔を見れば、急いた気持ちに更に拍車が掛かったようだった。

(どうしよう、云った方がいいのだろうか――)

 心の中で自問自答を繰り返している。迷いあぐねていた冬樹の脳裏に、

 『たまに帰って来た時くらい、少しでもご両親と水入らずして欲しいしな』

 秋夜の言ったその言葉が思い浮かんだのが分かった。ヤツは堪えきれずに真夏の腕を掴むと、
「夏兄……その、さっき玄関の前で秋夜さんに会ったんだ……」
 ついぞ勇気を出してそう伝える。
「おう、そうか! あいつ、コンビニに行ったんだ。すぐ帰って来るだろうから、とにかくこっち来て座れよ。俺が裁いた魚だぞー! 食ってみろって。旨えぞ!」
 何も知らない真夏は上機嫌でそう微笑む。そんな姿により一層の焦燥感を煽られたのか、
「夏兄! あの、俺、さっき……コンビニの近くでガラの悪い奴らがたむろしてんのを見掛けたんだ……。それで、その……秋夜さん、大丈夫かなって……気になって……」
 冬樹は今にも嗄れそうな喉を押し広げるかのような勢いで、懸命にそう告げた。きっと祈るような気持ちだっただろう。
 すると真夏はそれを聞くか聞き終わらない内に、血相を変えて家を飛び出していった。
「夏兄ッ――!」
 狂気のような叫び声に驚いて、真夏の両親がどうしたんだと心配そうに寄ってくる。冬樹が事情を話すと、父親が真夏の後を追うようにして、すぐさま飛び出して行った。当然、冬樹も俺もその後に続く。

 坂を下りながら、遠目に見えた光景に息を呑んだ。

 そこには明らかに乱闘真っ最中な数人の男たちの姿が目に入ったからだ。俺と冬樹が走る目の前には真夏の父親の背中――大声で何かを怒鳴りながら坂を駆け下りていく。
「お前ら! 警察を呼んだからな! すぐに来るぞ!」
 何度もそう怒鳴り、その声が坂下に届く距離になると、絡んでいた男たちは一気に散り散りになってその場から逃げ去って行った。
 後に残されたのは紛れもない真夏と秋夜の二人だった。



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