ダブルトリガー
「あの子、お前のいい人だろう? 綺麗な子だな……」
組織を継いだばかりの若き頭領である僕の訪問に丁寧なお辞儀をし、慌てたように部屋を出て行く青年の、切なげな後ろ姿を目にするのはこれで何度目になるだろう?
些細な用事で訪ねた、部下の紫月の部屋での出来事だ。
紫月とは年の頃も近いことから、幼い頃から組織の中で一緒に育ってきた間柄だ。
いわば僕の右腕であるべきはずの彼、いや実際それに違いはない。
どんなときでも傍に居て僕を支える精鋭の幹部だ。
その紫月が時折部屋に呼んで情事をたのしむ相手が先程の青年だということに、僕は薄々気づいていた。
「彼、どんな子なんだ? さぞかし素敵な人なんだろうな……」
ぼんやりとうつむき加減にそんなことを言えば、必ず僕の機嫌を窺うように頬を撫で、紫月はクイと瞳を細める。
「あいつはただの色だ。そんなことは承知だろうが? それとも焼きもちか? らしくねえな、俺はいつだってお前のものなのに」
そう言って頬を撫でていた指が髪に移動し、頭ごと抱き寄せられ――
目の前には変わらぬ胸元、慣れた彼の匂いが心臓に突き刺さる。
「妬いてるなんて……そんなんじゃないさ……ただ……」
「ただ、何……?」
「ん、何でもないよ……ただお前にうつつを抜かされてたんじゃ組織の為にもよくないってそう思っただけ……」
「そうだな」
紫月はクスリと笑うと、両の手で髪を撫で回しながら、そっと顔を寄せて僕の唇を押し包んだ。
「なら、これもうつつだな?」
笑み混じりにくちづけをされ、次第に熱く激しく絡め合わされれば、僕の胸は複雑な思いでぐちゃぐちゃになっていくんだ。
いつもそう――
ひと目お前に逢いたくて、その低い声を聞きたくて、足が自然と向いてしまう。
用事もないのに、僕は無理矢理理由を取り繕ってお前を訪ねるんだ。
その度に何度でも同じ光景を見、同じ焦燥感に苛まれ、これではある種の自虐行為に他ならない。
それなのにやめられない。
辛い思いに酔いに来るだけだと解っていてもとめられないんだ。
本当は解ってる、何と言おうがお前はあの子に夢中だってことを。
ゆるりと繰り返される甘い愛撫も、そんなことで胸がいっぱいなら上の空だ。
いつもやさしい紫月の愛撫からは、常に僕を気遣っているのがありありと分かる。
丁寧過ぎる程に施され、しばらくの後、ふと腰元近くに当たった彼の硬いものでようやくと我に返り――
「紅月? どうした、何を考えてる?」
ぼんやりとしている僕に、紫月はそんな言葉を掛けて気遣うんだ。
まるで僕だけを心配しているような瞳で覗き込むんだ。
いつもそう、長い前戯――いや、前儀というべきだろうか――充分に時間を掛けた奉仕の末に、ようやくと昂ぶった彼のもので僕を満たそうと必死になっているのも知っている。そう、これは色香を伴った戯れではなく、儀式以外のなにものでもない。
僕が望むから与えるんだ。ただそれだけ。
でもあの子に対しては違うんだよな?
この前――偶然に垣間見てしまった光景が頭から離れない。
あれは一週間前の夕刻だった。
いつものように紫月を訪ねた部屋で盗み見てしまった光景、僕にとっては酷くショックな出来事だった。
◇ ◇ ◇
「脱げよ」
低い声がそう強要する。
紫月の声だ。
そして傍にはあの子がいるのだろう、少し高めのやわらかな声が相づちを返す。
ああ、又あの子と逢っているんだ――そんなふうに焦燥感でいっぱいになっている僕の気持ちを更に乱すような光景が続いた。
「ん……今すぐ……ボタンが引っ掛かって……ちょっと待って」
「もたもたしてんなっ……! 早く服を脱げ!」
「あっ……紫ッ……月……!」
紫月は彼の服を引き千切るようにして剥ぐと、夢中であの子にキスをした。
乱暴に顔を掴み上げ、噛み切るように首筋を吸い、紫月の愛撫が通り過ぎた後には真っ紅な花びらのような痕が痛々しいくらいに彼の白い肌に浮かび上がっていて――
部屋の隅のカーテンの隙間に隠れて、立ったまま殆ど前戯もなしに彼を裸に剥いて――
その間何分だったろう?
一分、いや三十秒も経っていなかったかも知れない。
まだ準備の出来ていないあの子の秘部を乱暴に押し開いて、欲望を捻じ込んだ。
「やっ……待ってっ……紫月ッ……まだ……ダメっ……」
「うるせーっ、少し黙ってろッ」
「やっ……あっ……痛っ……ああっ……!」
「ならお前も感じりゃいいだろ? 早く反応じていやらしい液で濡らしゃいいんだよー! そうすりゃ少しは楽んなるぜ? ココ――ほら、ココをお前の液でグズグズにな?」
「あっ……ん、あっ……嫌っ……やぁーっ……!」
愛情の欠片もないような台詞を吐き、まるで鬼畜な獣のようだった。
嫌がるあの子を夢中でむさぼって腰を振り、額には銀色の汗が浮かび上がる。
荒い吐息と激しいリズム、彼の内部から挿し抜きされる度に覗くのはこの上なく昂ぶって張り詰めた紫月の男根。
無理矢理に掻き回されたあの子の秘部からは薄っすらと流れ出る紅い痕が目に痛い。
落雷の如く彼を抱いて欲望を解放する紫月の眉間には、深い皺が刻まれていた。
まるで辛そうに、何かを我慢し、耐えるような表情が脳裏に焼きついて離れない。
あれがお前の本心なのだろう?
彼を心から愛しているのに、没頭できない歯がゆさであんなふうに扱ってしまう――そうなんだろう?
お前には僕がいるから、
組織と僕を支えていかなければならない任務があるから、
自分の気持ちに歯止めをかけてる。
本当は僕など忘れて、
組織など離れて、
彼と幸せになりたいんじゃないか?
でもそれが出来なくて、あんな愛情の裏返しのようなことをしているんじゃないのか?
あんなに短時間のうちに昂ぶって……。
彼を抱き寄せたと同時に勃たせてしまう程、愛しているんだろう?
彼も又、あんな乱暴な扱いをされてもお前の傍を離れずに従っているんだね。
いつも僕を見ると恥ずかしそうに俯いて、そして遠慮がちに部屋を出て行く彼の後ろ髪を引かれるような想いがひしひしと伝わってくるんだ。
自分が帰った後、これからお前が僕を抱くことを彼は知ってる。
きっと悲しい想いをしていることだろうね?
僕が組織の頭領という立場でなかったら、お前は僕に従う必要はない。
長い前儀で何とか気持ちを高めて、無理矢理僕を抱くこともしないでいいんだ。
何の気兼ねもなくお前はあの子と幸せになれる。
そんな想像をする度に、僕の胸は張り裂けそうになるよ。
◇ ◇ ◇
僕の服を剥ぎ、自らも上着を脱いだお前の脇腹に、鈍く光るトリガーが目に入る。
いつかお前に向かって引いてしまうんじゃないかと、時々不安になるよ……。
いつか――
僕の神経が限界に達してしまったときに――僕はこれをお前の心臓に向けるのだろうか?
それとも僕自身のこめかみか?
いっそ両方に向けたなら、すべての苦しみから解放されるのではないか?
お前の歯がゆさも、僕の狂おしい想いも、何もかもが解放されるのではないか?
でもあの子にだけは向けてやらない。
あの子だけじゃない、他の誰にも向けてなどやるものか……っ!
誰にも邪魔はさせない、僕らの間を裂くことは許さない……!
それがお前と僕とのダブルトリガー、排他的な僕の望む世界なんだよ――
- FIN -