AZURE-Triangle-
「抱きたいだろ?」
「は……?」
「帝斗のこと、好きだろ――お前」
唐突にそんな言葉を突きつけられたのは仕事の合間――
ほがらかに客の相手をする同僚の帝斗を遠目に見ながら、横から口を挟んできたのはホスト仲間の焔(イェン)だ。本名を氷川白夜という。
紫月も帝斗も本名をそのまま源氏名として使っているが、この業界では珍しい部類である。大概は焔のように源氏名を使用する者の方が多い。
突然の言葉に紫月しづきはうろたえた。
この焔とは、互いにナンバーワンを取ったり譲ったりの間柄だ。つまり、傍から見ればホストクラブ内で一番のライバルといったところか。
故に遠慮なしのきわどい言い合いも、左程珍しくはない。――が、それにしても今回は度が過ぎたストレートさだった。
「な……に、ふざけたこと抜かしやがるっ……! てめ、頭おかしいんじゃねえか?」
「オカシイのはどっちだ。仕事も上の空で、あいつばかり目で追い掛けているのを気付かれてねえとでも思ってたか?」
冷笑と共に更に信じ難い言葉を突き付けられて、紫月は面食らった。
「なら試してみねえ? 俺でよけりゃ代わりになってやんぜ?」
「は――?」
言うが早いか、突如抱き寄せられて、思わず唖然――瞳をパチパチとさせながら硬直してしまった。
背中を壁に押し付けられて身動きさえ儘ならない。自分よりも若干上背のある男に詰め寄られては、咄嗟にはどうにもしようはなかった。
そんな戸惑いを更に追い詰めるかのような、耳元ぎりぎりに這わせられる唇の感覚にギョッとなって身を捩る。
「っカ……野郎ッ……何しやがるてめえっ……! ふざけんのもたいがいにっ……うあっ……」
今度は突如壁に押し付けられて、背骨が痛いくらいに乱暴な動きだ。まさに凶暴というに相違ない激しさだった。
突然の奇行に現状を把握する余裕もなく、気付けば腕をも取り上げられていて、紫月は更に硬直してしまった。
「訊いてんだよ、帝斗の野郎が好きなんだろ? こんなことしてえんだろ? 今、あそこで客にべったりされてるアイツに焦れてモヤモヤしてんだろうが」
焔の言葉はある意味当たっていると言えなくもなく、そのせいでか、返答の言葉も咄嗟には浮かんで来ない――。
全力で跳ね返すように紫月は目の前に覆い被さった胸板に膝打ちを食らわせると、一瞬ひるんだ焔の頬を間髪入れずに張り倒した。
「ッ……痛ってーな……! バカ、本気で殴る奴があるかって……クソっ……マジ痛えー」
少々咳き込みながら焔は自身の唇を指で拭い、
「はっ、切れちまったじゃねえか……信じらんねぇ……」
苦々しい言葉と共に舌打ちを隠さない。だがしかし、同時に不適な薄ら笑いを浮かべてもいた。
不快極まりないのはこちらの方だ。
「信じらんねえのはてめえだろ? 何血迷ってやがる! そこどけよっ! 俺りゃーまだ仕事あんだからよっ!」
再び焔の肩をド突きながら、そろそろ閉店間際の客席に戻ろうとした――その時だ。
「は……んっ、アフターで女抱いて発散か?」
後方から投げ掛けられた我慢も限界な言葉に、足早に去ろうとする動きが一瞬で停まった。
「てめえ……何か俺に文句でもあるわけ?」
穏やかな言い回しの低い声が、逆に怒りは最高潮だと物語っている。だが焔の方は相変わらずにニヤニヤとしながら、着崩れたスーツのジャケットを余裕たっぷりな様子で直しているといった調子だ。加えて、遠慮なしの毒舌もとまらない。
「お前の穢れた妄想のはけ口で抱かれる女の気にもなってみろよ。ご尤もな甘い言葉で騙しちゃいるが、実際は女のことなんかこれっぽっちも想っちゃいねえだろ?」
「はぁ……!?」
「……ったく、酷え商売(あきない)もあったもんだぜ。客に突っ込みながら考えてるお前の脳ミソの中身、見ることが出来た日にゃ半殺しもんだな?」
切れた唇を未だ拭いながらツラツラとそんなことを並べ立てる焔の言葉は、皮肉この上ない。例えばそれが図星であったとしても、到底許しておけるものではなかった。
「てめえ、俺に殺されてえのか? 何突っ掛かってやがる。想像だけであることねえことほざいてんじゃねえぞ……」
静かな言い口だが底に秘めた怒りを露に紫月はそう言うと、歩を戻してぐいと焔の襟元を掴み上げ、今度は逆に彼を壁へと叩き付けた。それでも焔の方は余裕の様子でニヤリと口元を緩めたままだ。それどころか、もっと酷い皮肉を吐き捨てた。
「人間、ホントのこと言われるとアタマ来るってのは当たってんな? 今のお前は逃げ場を失くして断崖絶壁だ。それとも――乾坤一擲の大芝居でも打とうってか?」
何故、こうまでしつこく嫌味を突き付けられなければならないのか。我慢も限界――お情け程度に仕切られたパーテーションの向こうに客がいようが、そんなことはどうでもよくなった。紫月は怒りのままに思い切り焔の頬を目掛けて拳を震わせた。
「おっと! 今度はそう上手くやられるかよ」
そう言うや否や、繰り出した張り手をガシッと掴み取られて、逆に壁へと押し付けられてしまった。やはり上背も力もある焔には適わないといったところか。隙を突かれるようにあっという間に掌を取られ、ねっとりとねじり込むような仕草で一本づつ指を絡め取られていく。その様が言いようのないエロティックな動きに感じられて、紫月は焦った。
これではまるでメデューサに睨まれて、石にされてしまう人間のようだ。一本、また一本と絡み合わされていく指先が、指先ではない何か別のもののように感じられる。思わずゾクリと背筋に独特な疼きが走るのも信じられなかった。
「帝斗のもこうだぜ?」
「――ッ!?」
驚きで呆然としていたのか、気付かない内に取り上げられた掌が焔の肌蹴たシャツの中の胸板を撫でるような形で無理やり押し当てられているのに気が付いて、更に焦った。
「……な……にしてんだ、てめえ……」
「なんだ、聞いてなかったのか? 帝斗のもこうだって言ったんだ」
「は……?」
「膨らみも柔らかさも何もねえ。ゴツゴツしてて硬い胸板」
「――ッ!?」
ますますワケが解らず、困惑させられる。
「色だって可愛いピンクなんかじゃねえ。ま、あいつは色白だから? もしかして綺麗な乳輪してっかも知れねえけどな?」
――――!
「お前、見たコトあんの? 帝斗のココ……乳首とかさ?」
耳を掠める破廉恥な言葉に、瞬時に頬が熱を持った。と同時に、不本意ながら脳裏を駆け巡った想像に、カッと染まった頬の熱が痛いくらいに紅潮止め処ない。
「このっ……気違いっ……!」
呆れる程に低俗な戯言に付き合ってやるのも、逐一反応してやるのもバカバカしい。本来ならこれ以上関わるのも面倒なので、ツバのひとつも吐きかけて仕舞いにしてやるところだが、そうあしらえなかったのは頭の中で焔の言った言葉が欲情に火を点けてしまったからだ。
『――帝斗のココを見たことがあるのか? あいつは色白だから意外に……』
嫌がおうでも映像付きで妄想が膨れ上がり、心臓が破裂してしまいそうなくらいにドクンドクンと血流が脈打つのをとめられない。指先はしっかりと焔の胸板の上に固定されたままで、平たくゴツい感覚が欲情を煽り立ててもいた。
『帝斗のもこうだぜ? ゴツゴツしてて硬い胸板』
思い出したくもない、いやらしさのこもった言い草。だがそれを想像するだけで身体は素直に反応してしまう。ジャケットやシャツを脱ぎ、確かに焔の言うように色白の胸元を露にした帝斗の姿がチラリチラリと脳裏に浮かび上がっては、呼吸も儘ならないくらい興奮している自分自身に悪寒が走った。
クラクラと目眩までもがしてくる始末だ。
狭い空間で、かといってパーテーションのすぐ向こうにはザワついた店内の雰囲気があって、少しでも声を荒げれば誰かに気付かれてしまう。
「――随分とまた、余裕があるじゃねえか」
まだ僅かに理性は残っているわけか、時折店内の様子を気に掛けるふうな仕草を見せていたこちらの様子を煽るように、焔は自身の胸の突起を弄らせ続けた。
「……ッてめ、いい加減にし……ろ」
理性と欲情の狭間で揺さぶられる様を眺め、堪能してやるとでも言いたげな、意地の悪い悪戯が止まらない。面白がるように言葉で追い詰め、弄ぶことを楽しんでいるとでもいうのだろうか。
「遠慮すんなよ。もっともっと想像してみろ。これが帝斗のだったらどうだ? お前はどうする? どうしたい?」
「……ッ……」
「俺と違って体格だってお前よりも若干華奢だし、こうして抱き締めればすっぽり腕の中におさまる。案外ヤツもお前に好意を持ってて、応えてくれるかも知れねえぜ? 紳士的なヤツのことだ、『紫月さん……』なんて、とろけた目で言ったりしてな?」
「何……言ってんだこの気違いっ……何を根拠にそんなこと……」
「お前を見てりゃ解る。いつもいつも帝斗のことを目で追って、そのくせ当の本人を前にすりゃ聖人面を装って親友気取りか? 俺はちっともやましいことなんかありませんってなツラしてよ?」
「ッ、く……だらね……! ふ……ざけてねえでこの手離せよっ……! 焔てめえ、いい加減にしねえと……」
「お前、あいつを想って抜いてたりすんだろ?」
「――!」
「は、まさか図星かよ? それとも何だ、客と寝ながらあいつのこと考えてたりするのか? それじゃ客もめっぽう気の毒ってヤツだな?」
「……かっ、離せってんだよ……! ……ンなことしてるわきゃねーだろがッ!」
「どうかな? もしかして野郎に惚れちまったかも知れねえっていうてめえ自身が信じらんねえんだろ? もちろん帝斗には気持ちを伝えられるワケもねえ、迷うわ焦れるわで、はっきり言って頭ん中ぐちゃぐちゃだろうが?」
「……誰がッ、いつそんなこと言ったよ!? 第一俺はあいつに惚れてなんかねえし! ただ……」
「ただ? ただ――何だよ? ダチとして、同僚として好意があるだけです、ってか?」
「悪りィかよ!」
掴まれた腕を振り解こうともがけども、押し問答が酷くなるだけで、同時に服装も乱れていく。よしんばこのまま店内のフロアに戻ったならば、誰が見ても一見にして小競り合いでもして来たのかと思うに違いない。
「お前さ、自分じゃ気が付いてねえのかも知れねえけど、いつでも帝斗を目で追ってるぜ。客の中にだって薄々感付いてる子もいるみてえだしな」
「嘘……付け! ンなこと……」
「嘘じゃねえさ。こないだどっかのテーブルでそんな話題が上がってんのを実際聞いたし。まあその時は軽い冗談雑じりで、女の子たちも『萌える』とかって盛り上がってたみてえだけどよ」
「――!?」
まさかそんなことがあっただなんて――!
驚愕――というよりも愕然とさせられる思いだった。知らず知らずの内に視線が帝斗を追い、周囲の――しかもお客にまで噂されるような事態になっているだなどとは思いもよらなかった。
あまりのショックに思考が付いていけず、紫月は膝から力が抜け落ちてしまいそうだった。
正直、穴があったら入りたいような気分だった。
仕事をそっちのけで淡い想いに浮かれていたという事実も、それに気付かず帝斗に対して親友面を装ったつもりでいたことも、何より社会人としては失格ともいえる自分自身に対する羞恥心でいっぱいだった。自己嫌悪で目の前が真っ白になり、何も考えられない。
そんな隙を突かれたわけか、呆然と見上げていた男の顔がだんだんにボヤける程の位置まで近づいて来たと思ったら、次の瞬間には有無をいわさずといった調子で唇を塞がれていた。
「なっ……!?」
「楽にしてやるよ紫月、お前を解放してやる――」
突然の衝撃に驚いて我に返った。
「……てめ……何、急に……」
「なんてな。解放されてえのは俺の方――だな」
「……は?」
大きな掌でしっかりと包み込むように後頭部を支えられている感覚に、奇妙な気持ちが疼うずき出す。ゾワゾワと背筋を這うような独特の感覚――まぎれもない欲情の感覚を悟って、紫月は焦った。
「な……にやってんだ、てめえ……。ンな……いきなりキスとか……有り得ねえだ……ろ」
「ん、正直言っちまうとお前を帝斗に渡したくねえから……かな」
――ますますもってワケが解らない。
「何……言って」
「俺はお前が好きだからだ。お前が他のヤツのことばかり気に掛けるのを見てるのは限界だったから――」
「――!?」
「……っつったら、どうする?」
「どう……って、てめ、まさか俺をからかって遊んでんじゃ……っあ……!」
最後まで言い終らない内に再び強引に唇を重ねられ、今度は歯列を割って舌と舌とを濃厚に絡め合わされる激しいキスを仕掛けられた。と同時に、信じられないほどの快感が全身を這いずり、湧き上がってくるような感覚に身震いがとまらない。
「な……っにして……っだって! 焔、てめ……」
抗いの言葉でも口にしないとどうにかなってしまいそうで、だがそれ自体が信じられない。これが万が一、帝斗ならば有り得なくもないかも知れないが、相手は恋情などこれっぽっちも感じたことのない男だ。常にナンバーを争うライバルで、帝斗とは見てくれも性質も一八〇度違うといっても過言でないくらいの――そう、強引で自信たっぷりの、どちらかといったら好みでも憧れでもないはずの男。
その男によってもたらされた突然の悪戯に、身も心もすべてを持って行かれそうなくらいの快楽に堕とされようとしていること自体が信じ難い。加えて、本来こういった甘美なシチュエーションならば当然の如くリードする側であるはずの自分が、今は逆にリードされ掛かりながらもそれを心地良いと感じていることも驚愕だ。そんな気持ちを知ってか知らずか、耳元を撫でる言葉も――到底信じ難かった。
「お前が帝斗を好きなようにさ、俺はお前のことが好きなんだよ。それもかなり前からなんだぜ? 正直言うと、お前と会った瞬間から惚れちまった――って言ってもいいくらいかな」
「……っ、ワケ……分かんね……! テキトーなでたらめほざいてんじゃ……ねえよッ……!」
「嘘でもでたらめでもねえよ。マジだぜ? お前が好きだ、紫月――」
そんな言葉を聞いたような気もしたが、最早、紫月にはそれが現実か幻かの区別もつかなかった。
唯一意識が追えるのは絡まる舌先の感覚と、官能に火を点けるように首筋を這う指先の感覚にすべてを預けてしまいたくなる。そして、できることなら今抱えている重たいもの、そのすべてを押し流してしまいたい。目の前に差し出された愛欲に身を任せ、今はただ、やわらかではないこの男の肌を感じていたい。
気付けば熱くなった股間が痛いくらいに腫れ上がっていて、咄嗟に抱き寄せられていた身体を離したが遅かった。
「……すげえな、帝斗(あいつ)のこと考えるとこんなになるんだ、お前?」
「……ッ、違っ……」
そうだ、既に帝斗のことがどうのと考える余裕など、とうに無い。
それ程の衝撃を差し出して来たのはてめえじゃねえか――!
そう思えども、上手くは言葉が出て来ずに、できるのは嬌声まがいの吐息を漏らすことだけだ。加えて目の前の男は絶妙な今の気持ちを煽り立てるようなことを口走る。
「俺も案外情けねえ野郎だと思うぜ。こういうの目の当たりにしちまうとちょっと妬ける……いや、ちょっとじゃなく……相当妬ける」
スーツのズボンを盛り上げている熱をがっしりとしたドでかい掌で撫でられながら耳元をそんな言葉が掠めたが、その声も又、逸って興奮しているような息使いに益々欲情を煽られる。もう何がどうなろうが、正直どうでもいいと思えてくる。触れ合う下半身は互いに興奮していて、硬い感覚が更に意識を飛ばしていった。
服が邪魔だ――
スーツのジャケットもボトムも、洒落た柄の絹製のシャツも木綿のインナーも、何もかもが邪魔で邪魔で仕方ない。すべてを脱ぎ捨てて、互いの生々しい感覚を絡め合せてしまいたい。ついでに帝斗に対するモヤモヤとした想いも一緒に脱ぎ捨ててしまえるならば、少しは楽になれるだろうか。
「……おい、他人(ひと)が来ねえ……ところに……」
「ん――? 何だ」
「だからっ……誰にも見らんねえとこに移動しねえとマズイ……っつったんだ……」
「移動? 移動してどうするんだ。俺とヤっちまってもいいって気になったってわけか?」
「……るせぇよ……! てめえのっ……せいだろが! てめえがこんなちょっかい……仕掛けて来っか……ら……」
整わない吐息を抑え、視線だけで目の前の男を睨み付け、だがもうあふれ出してしまった欲望には逆らえない。無情さに拍車をかけるように両の掌で尻を掴まれ引き寄せられて、熱と熱とをグリグリと擦り合わされた。
「……ッ……つうっ……よせ、焔……!」
「よしていいのかよ? もっとしてくれ、の間違いじゃねえのか」
「だ……っれが、てめ……となんか」
「ふん、そーゆー素直じゃねえのが堪んねえんだな。俺はお前のそういうところに堪らなく萌えるんだよ」
褒められているのか――罵倒されているのか、或いはいいように弄ばれているのか――それとも心底侮蔑されているだけなのか。はたまた、本気なのか冗談なのか。
最早分からない。
正直どうでもいい。
考える気力もない。
確かのは目の前にぶら下がっている激しい欲情にまみれたいという気持ちだけ――
「欲しいか――?」
今までの強引さからは考えられないようなやさしさと甘さを伴ったような声でそう訊かれて、頬が染まった。それは突如湧き上がった予想だにしなかった気持ち――恋心にも似た、番狂わせともいえるくらいの衝撃的な感情だった。
揺れ動くそんな気持ちに戸惑う間もなく、ふと視線をやった先に、いつの間に外されたのか、緩められたベルトのバックルがぶらりと垂れ下がっているのがぼんやりと映り込む。半分くらいまで下ろされたジッパーを割り込み、尻の方からスッと手を入れられて、あっという間に下着の中にまで侵入した掌の感覚にビクリと腰が引けた。
「逃げるなよ――俺から……逃げないでくれ、紫月」
またもや甘やかな吐息交じりの声で耳元ギリギリにそう囁かれ、と同時に硬く熱を持った自身の雄を握り弄られて、思わず嬌声がこぼれてしまいそうになった。
「……っ、あ……」
「濡れてるぜ。分かるか? これ、お前ンだ」
「はっ……あ、よせ……このヘンタイ……が……っ」
「否定はしねえさ。ヘンタイで結構! 俺はずっと前からお前とこんなことをしたかったんだからな」
「……っずっと……って」
「ダチだの同僚だの、恋慕だの尊敬だの、お前が帝斗に抱いてる気持ちなんかとは比べ物になんねえくれえだぜ、多分。当然、いやらしいことも想像しまくったし、お前を想って一人でヌいたこともしょっちゅう……なんて暴露したら、やっぱ引くか?」
「……なに……言ってん……っあ、はっ……!」
クリクリと鈴口の先端を親指で弄られる動きに、紫月は嬌声を隠さんと唇を噛み締め、だがそれだけでは足りないのか、大袈裟な程に頭を揺さぶり続けた。やわらかな茶髪のミディアムショートを目の前の男の肌へとなすり付ける。何か他の音でかき消してでもいないと、抑え切れない淫らな声がとめられないのだ。
この欲情を早くどうにかして欲しい。
思い切り激しくなぶられてみたい気もする。
そう、もう疲れたんだ。帝斗を追い掛け、挨拶ひとつ交わすだけで一喜一憂し、挙句は仕事もうわの空で呆けていた自分。にも関わらず、突如差し出された甘美な誘いざないに驚きつつも心躍らせ、素直に欲情しきっている今の自分自身も信じ難い。憂鬱で自己嫌悪で、まるで這い出ることの叶わない泥沼にでも引きずり込まれてしまったかのようだ。
だからどうにでもして欲しい、目の前のこの男に弄ばれることで嫌悪感が拭えるならばそれでもいい。誰かにめちゃくちゃに乱してもらえたら――
「焔……ッ……あ…つっ……やべえから……」
「イきてえのか?」
「……んっ、んっ……はぁ……あっ……ちの部屋で……ここじゃマジでやべえ……」
我慢出来ずに自らの意志で甘えるように縋り付いたその瞬間、至福と最悪の二つを同時に味わうこととなる。
「ダ……ッ、も……限界……! ……ッイ……く……っあ……!」
◇ ◇ ◇
はち切れんばかりに昇りつめた高まりを解放し、身体も頭の中も至福を迎えたその瞬間、無意識に涙がこぼれる程の快感に包まれた。それに同調するように、焔の大きな掌が余韻の最後まで絞り取るとでもいうように自身の熱を包み込む。
「待ってろ、今拭いてやっから」
「あ……あ……今、触……ったら……やべえ……っん……」
「余韻でまた感じちまうか?」
「……っん、ああ……」
そっと、まるで愛しい者を包み込むかのように肩先に添えられている掌が熱い。その大きな手で、背筋をもうひと撫でしてもらいたいような気にさえなる。ついでに首筋も、鎖骨も、耳元も、そのしっとりとした形のいい唇でついばん欲しい。そしてもう一度――今度は思い切り熱と熱とを絡み合わせてみたい、そんな気にさえさせられる。
「……焔っ……くそ……てめ……のせい……でこんな……」
「こんな――何だ?」
「こ……んな……っあ!」
放った白濁を拭ってくれるようなそぶりで、まだ冷めやらない熱を再びキュッと摘まれ、しごかれて、大袈裟なくらいに腰元が跳ね上がった。前屈みになり、目の前のゴツゴツと固い胸板にしがみ付き、すぐさま荒ぶり出しそうな欲情を抑えるのも難しい。
「っくしょ……どっか……部屋――空いてる部屋……に……」
「続きをしてえか?」
甘く、低く、わざとじゃないかというくらいに色香の伴った声が耳元を撫でる。もう全身が性感帯にでもなってしまったかのような、それは辛くさえ思える程の欲情の感覚だった。
「続き、してえんだろ? どうなんだ、紫月――?」
「……ッ、クソッ……! 誰が……続きなんか……」
言葉では反抗するものの、無意識に預けられた身体が、素直に『欲しい』と言っている。
「分かった、ヤろうぜ続き。もっともっとよくしてやる。もっと……めちゃめちゃに堕としてやるよ」
「……んっ、あ……っう……!」
客を送り終えた帝斗が背後に近付いているとも想像出来ずに、本能のままに漏れ出した悩ましげな声が届いたとでもいうのだろうか。
夢中で焔に縋り付き、乱れる自らを驚き見つめる帝斗の存在に気づいた瞬間、濁流のように戻った現実に耐え切れず紫月は意識を手放した。
こんな不運をどうやって弁解出来るというのだろう?
真っ白になる視界に耐え切れず、自らを保つことも儘ならず。
まるで焔の腕に縋り付くようにどっさりと倒れ込んだのを、帝斗がどのような見解で受け取ったのかは定かではないにしろ――