番格恋事情
「親父たち……大丈夫かな」
鐘崎と共に部屋へと戻った紫月が、心配そうに親たちを気に掛けていた。というのも、鐘崎の父親の僚一と、自らの父親の飛燕は互いを想い合う特別な仲だと聞かされているからだ。
鐘崎からその縁を打ち明けられた時には大層驚いたわけだが、今回このようにして思い掛けず再会することとなった彼らを気に掛けるなという方が無理である。
「俺らが気を揉んでも仕方ねえさ。二人共、大の大人なんだ。うまくやるだろうよ」
鐘崎の方はあっけらかんとしているが、紫月にはやはり心配なのだろう。
「ま、そうだけどよ……。あの二人、会うのは超久々なんだろ? 親父のヤツ、ちゃんとお前の親父さんと話せるのかな……。な、やっぱさ、俺らも一緒の方が良くねえか?」
そわそわと、まるで所在なさげにする紫月に、鐘崎は後方から彼を抱き包むようにして腕の中へと引き寄せた。
「それじゃ俺が困る――。親父たちと一緒だったらお前を抱けない」
ド直球というくらいの大胆な台詞に驚く間もなく唇を奪われて、紫月はしどろもどろに視線を泳がせた。
「ちょ……ッ、遼……!」
「すまなかったな、紫月。俺のせいで、とんだ目に遭わせちまった」
「や……、ンなの……。俺はだいじょぶだし……お前だってすぐに助けに来てくれたじゃん」
「正直――気が気じゃなかった……!」
そんな会話の合間にも、毟り取るように服が乱されていく――
時折腰元を掠める鐘崎の雄が、まるで怒張の如く硬く熱くなっていて、組んず解れつといったようにベッドへと縫い付けられる。
「紫月、すまねえ――本当はゆっくり休ませてやらなきゃいけねえって分かってっけど……我慢できねんだ……。お前が今、ここに居るってことを確かめねえと……ちゃんと俺の腕の中にあるってことを実感しねえと……おかしくなりそうなんだ……!」
熱くとろけ掛かった視線に、熟れて落ちそうな程に紅潮した頬。と同時に、激しくシャツを引き裂かれる。ボトムを脱がすのもまどろっこしいといったふうに、下着ごと毟り取った鐘崎に組み敷かれながら、紫月もまた触れた途端に火傷しそうなくらいに色白の頬を真っ赤に染め上げた。
シーツを乱し、服はぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てて、全裸になって互いの存在を確かめ合う。
「紫月――! お前を俺の身体の一部にしちまいてえくらいだ……! もうぜってえ、どこにもやらねえ……ッ」
「遼……ッ、あ……っう……」
「お前のスマホ、電源が落とされててな。今回はたまたま氷川たちがあのフードコートに居合わせてくれたからすぐにも居場所が辿れたが……そうでなけりゃ、もっと時間を要した」
存外真面目な話をしながらも、鐘崎の愛撫は激しく紫月の全身を弄り続ける――。紫月にはそのギャップが堪らなかった。まるで強姦といえる程の激しい愛撫にゾワゾワと渦を増した欲情が背筋を這い上がる――。
「りょ……じッ……遼……! 好……好き……! すげえ……好……ッ」
「ああ――俺もだ」
「……っと、も……っと……めちゃくちゃに……してく……れ!」
「ああ――」
既にガチガチに硬くなった雄から滴り落ちる雫が互いの腹を濡らし合う。鐘崎の大きな掌がそれらを握り、包み、揉みしだき――紫月は愛しい男の腕の中で、感じるままに熱い吐息と嬌声を漏らし続けた。
「ローションも唾液も――必要ねえな」
鐘崎は紫月を後方から抱き包み直すと、自らの怒張を彼に擦り付け、何度も何度もしつこいくらいに紫月の身体中をなぞった。
「遼……ッ、焦らすな……早く――」
「欲しいか?」
「ん……ん……欲し……」
紫月は鐘崎の逞しい腕の中で思い切り頭を揺らし、髪を乱しながら欲するままに身を任せたのだった。
◇ ◇ ◇
窓の外には眠らない香港の街灯りが煌々と輝き続けていた。時刻はとうに日付をまたいでいる。もうしばらくすれば、夏の早い夜が明けそうだ。長い長い一日が終わり、夢に見た互いの温もりを貪り合い――心身共にようやくと穏やかさを取り戻したベッドの中で、鐘崎と紫月は余韻に身を寄せ合っていた。
「な、遼――さ」
「ん――? 何だ?」
腕枕に紫月の頭を乗せ、指で髪を梳きながら鐘崎が問う。
「うん。俺さ、今回のことでお前にも皆にも心配掛けちまったけど……。でもこれで良かったかなって思えることも多くてさ」
紫月の言葉に鐘崎は少し驚いたようにして瞳を見開いた。
「俺が拉致られるのに気が付いて、氷川がすぐに同じトラックに乗ってくれたじゃん? 正直、一人っきりだったら、もっと心細かったと思うんだ。けど、氷川が一緒にいてくれてすげえ助かったっていうか……。それに、冰や粟津もお前に知らせてくれたり、トラックの証拠写真とか撮ってくれたりしたんだってな?」
「ああ、冰がすぐに駆け付けて知らせてくれたんだ。それに――粟津の写真のお陰で確実な情報も入手できて、すぐに動けた」
「だよな。俺さ、今までダチとか仲間とか、そういうの特に意識したことなかったんだけどさ。そりゃ勿論、剛や京みてえに普段からワイワイやる仲間ってのは楽しいし、あいつらだってツルんでる誰かが困ってりゃ、迷わず身を投げ出して加勢に向かってくれたり、そういうの、すげえいいなとは思ってた。けど今回、氷川や冰たちにいろいろ助けてもらって、何ちゅーか……改めて”仲間”っていいなって思ったんだ」
鐘崎にも紫月の言いたいことはよくよく理解できる気がしていた。楽しい時は無論のこと、窮地に陥った時に自らの身を顧みずに仲間の為に行動できる。そんな友のいることが誇りのように感じられているのだろう。
「そうだな」
鐘崎も素直に頷いた。
「氷川の奴ったらさ、広東語もすげえ流暢でほんと助かった。あいつ、チャランポランに見えて、陰では案外努力家だったっつーか、将来稼業を継ぐのに必要だからっつって広東語を勉強してたみてえでさ。正直驚いた」
「ああ、そうだな。俺も氷川から状況が流れてきた時に、ちょっと不思議に思ってはいたんだ」
もしかしたら美友が日本語でそう説明したのだろうかとも思ったが、まさか氷川自身が広東語に精通していたのは意外だった。感心する鐘崎の傍らで、紫月が続けた。
「それによ、美友も――日本語が流暢だったよ。正直、すげえなって思った」
「――紫月」
「日本語って外国人が覚えるには相当難しいっていうじゃん? まあ、広東語も同じくらい難しそうだけどさ。けど、彼女はそれができる。きっと……相当努力したんだろうなって思ったよ。俺には同じように広東語を覚えられるかって言われたら……ぜってえ無理って気がする」
紫月は苦笑しながらも穏やかな表情で驚くようなことを言ってのけた。
「俺、今回美友に会えて良かったって思ってる」
鐘崎にとっては、それこそ驚かされるような言葉だった。
「正直……気になってたんだよね、俺。お前に許嫁がいたって聞いた時から……どんな女なんだろうって。とっくに解消になってるとはいえ、彼女の方ではお前のことをどう思ってんだろう……とかさ。だから直接話す機会が持てて良かった。あの娘、今でもお前のこと……想ってて……」
「紫月――だが、俺は……」
「ん、分かってる。お前の気持ちも、勿論。美友には気の毒なことしちまったかも知れねえけど、俺もちゃんと自分の気持ちを伝えたんだ。遼のこと、俺もすげえ大事に想ってて……諦められねえってことも正直に言った。美友は……分かってくれたよ」
「……」
「申し訳ねえなって、すげえ思った。けど、嘘はつきたくなかったから正直に自分の気持ちを言ったんだ。俺……俺さ、美友にも……あの娘にも幸せになって欲しいって思う。いつか――彼女のことを心から好いてくれる相手に巡り会ってさ、彼女もそいつのこと、誰よりも大切に想える――そんな相手に巡り会って欲しいって、そう思うんだ」
少し切なげに、そして苦しげに瞳を揺らしながら紫月は打ち明けた。
「な、遼――」
「……ん?」
「美友のこと、怒ってねえよな?」
「紫月――」
「彼女さ、お前はぜってえ許してくれねえって言ってたけど、俺はそんなことねえって言ったんだ。遼だってきっと……美友の気持ちは分かってくれるって。俺さ、お前らに……今回のことで仲違いとかして欲しくねんだ。だって……幼馴染みだろ? 美友は女だけど……大事な仲間に違いねえじゃん。お前にとっては勿論、俺も彼女のこと……いいダチになれればいいなって……思うんだ」
「紫月、お前――」
堪らずに、鐘崎は紫月を抱き締めた。ギュウギュウと、痛いくらいに苦しいくらいに腕の中へと抱き包み――
「紫月――すまねえ。お前、あんな目に遭ったってのに……本当に……お前ってヤツは……」
声をくぐもらせ、紫月の髪に、頬に、その全てに頬ずりせんとばかりに鐘崎は抱き締めた。
「ありがとうな、紫月――」
言葉にならない万感の思いを込めて、二度とその手中から放さないとばかりに鐘崎は紫月を抱き締めたのだった。
◇ ◇ ◇
鐘崎と紫月が甘いまどろみの中にあった同じ頃――彼らの父親たちもまた、一つベッドの中で身を寄せ合っていた。
「……ったく、容赦のねえ奴だな」
紫月の父親である一之宮飛燕が少々恨めしそうに僚一の腕の中で眉根を吊り上げていた。
「すまねえな。実物のお前がこの手の中にあるって思ったら加減がきかなかった」
僚一は苦笑いと共に素直に詫びる。
「そりゃ、俺だってそうだが……それにしても、こちとら数年ぶりなんだ。ちっとは加減しろっての」
何気なく呟かれた飛燕の言葉だったが、僚一は逸るように瞳を見開いた。
「……っと、前に会った時は、まだボウズ共が小学生だったな? ってことは、五年ぶりくらいか」
「六年と四ヶ月ぶりだ」
「……そうなのか……。お前さん、やけに細かく覚えてんだな」
「当たり前だ」
若干デリカシーに欠けたような僚一の大雑把さに、飛燕としてはもう二言三言恨み言を付け加えたくなる気分だ。少々呆れ気味ながらも、穏やかな表情で笑った。
そんな彼を後方から抱き包みながら僚一が問う。指で髪を梳いては、何をするともなしに弄ぶ。こんな仕草はまるで息子の鐘崎遼二が紫月にしているのとそっくりである。やはり親子だ。
「なあ、飛燕――」
「ん?」
「お前さん、この六年の間――どうしてた?」
「どうって……何がだ」
飛燕には僚一が何を訊かんとしているのかが分かっていたが、敢えて素知らぬふりを装う。
「俺がどう過ごしてたかなんて、お前だって知ってるだろうが。会ってねえってだけで、手紙のやり取りはしてたんだ」
そう、僚一と飛燕は未だに電話やメールなどのハッキングに繋がりやすい方法では連絡を取り合ってはいない。
「まあな。今の時代にゃ化石のようなやり方だな」
僚一も苦笑で応える。――と、飛燕が静かに口を開いた。
「お前さんが心配するようなことは何もねえよ。俺はずっと一人だった。遊びで誰かと寝たこともなければ、本気で付き合った相手も無論のこといねえよ」
言葉はぶっきらぼうだが、飛燕の頬はわずか朱に染まっている。さすがの僚一も、あまりの直球さ加減に苦笑いを隠せない。参ったなとばかりに、抱き締める腕にも力がこもる。
「飛燕……」
「……ったく、くだらねえ心配してんじゃねえよ」
飛燕は呆れつつも、敢えて僚一には同じ質問をせずにいた。お前の方こそどうなんだ――そう訊きたい気持ちもなきにしもあらずだが、今ここで会えなかった間のことをどうこう言っても始まらない。二人の間に互いを想う気持ちが存在するならそれでいい。それ以外のことは取るに足らないことだ。
道場を開きながら男手ひとつで紫月を育て、いわば平穏といえる生活を送っていた自分と、香港の裏社会に身を置き、常に危険と隣り合わせの任務を遂行していた僚一とでは、種々事情も考え方も違って当然であろう――もしも僚一が欲望の解放の為だけに一夜限りの相手と縁を結ぶようなことがあったとしても、取り立ててそれを責めるつもりはない――飛燕はそう思っていたのだ。
まあ抱く側と抱かれる側では若干の感覚の違いがあるのだろうが、気に掛かっていることをそのままに、会えなかった間のことを訊きたがる僚一の気持ちも分からないではない。敢えて触れないのが大人の配慮ともいえるが、飛燕には僚一のそんな子供のような勘ぐりと嫉妬心が心地好く思えてもいたのだった。
「相変わらず心配性だな、お前は」
「すまねえ。ガキみてえなこと言って……女々しかったか……」
「はは、分かってんじゃねえか。まあ、そういうところがお前らしいっちゃお前らしいよ」
飛燕が笑う。その朗らかな笑みが愛しくて堪らないとばかりに、僚一は益々腕の中の彼を強く抱き締めた。
「――お前さんは訊かねえのか?」
「訊くって何を……」
「いや、だからその……」
「訊いて欲しいのか?」
「いや、その必要はねえ。ちゃんと暴露するさ」
「暴露って、お前……」
「俺も同じだ。俺も誰とも寝てねえし、お前一筋だった」
「僚一……」
「ただ……そうだな。敢えて謝るなら、想像の中でお前をめちゃくちゃに穢したことかな」
苦笑する僚一に、飛燕は驚いたように瞳を見開いた。
「何だ、それ」
「普通ならしねえようなことだ。愛するよりも穢す、犯す――そんなふうな想像ばかりした。そうされて、お前もめちゃくちゃに反応じてくれた。想像の中の俺たちは……二人共、獣のようだった」
「僚一……お前」
「声も聞けねえ、見ることも触れることもできねえ。その分、想像でお前を貪った。お前のことを考えない日はなかった。頭の中でどんなに穢そうと、現実にお前以外を抱きたいなんて思ったこともなかった」
「僚一……」
「会いたかった――飛燕」
「ああ。ああ……俺も……だ」
あふれて止まない全ての愛しさをぶつけ合うように、二人は抱き合った。僚一は飛燕を背後から抱き包み、飛燕は回されたその手を取って、両の掌で握り締め――永かった月日などまるで無かったかのように、二度とこの温もりを放さないとばかりに強く固く抱き合った。
「飛燕――」
「ん――?」
「もうお前を放さねえ」
「僚一……?」
「ずっと考えてきたことだ。今回、思い掛けずこんな機会になったが――そうでなくとも近くお前を迎えに行くつもりだった」
「僚一……!?」
「ボウズ共も高校生になった。本当はヤツらの卒業を機にと思っていたんだが――俺は裏稼業から足を洗おうと思う」
「――!?」
それは、飛燕にとって想像もしていなかった驚くべき告白であった。
「足を洗うって……お前、それ……」
「お前と離れて暮らすことを決意したあの十数年前の時から考えてた。いつかボウズ共が大人になって、そうしたら奴らにも俺たちの気持ちを打ち明ける。そして四人で一緒に暮らしたい。それまでに稼げるだけ稼いでおこうってな。この稼業から足を洗う時も、後々面倒事を引き摺らねえように、身の周りの整理も含めてやってきたつもりだ。俺は遼二を連れて川崎に帰って、お前と紫月の側で暮らしたい。ずっとそう思ってきた」
飛燕は驚いた。まさか僚一がそんな未来を思い描き、しかもその実現に向けて画策しているなどとは思いもしなかったからだ。無論、もっと遠い将来にそんな日が来ればいいと夢に見なかったわけではないが、僚一はそれら夢の実現に向けて地道に頑張ってくれていたのだ。まさに言葉にならない感動であった。
「だが、実のところ遼二のヤツに先を越されちまったな。まさかあいつが紫月に惚れちまうだなんて……正直予想外だった。お前から送られてくる写真を見て紫月に興味を抱き、遂には日本に留学したいだなんて言い出しやがった。あいつの行動力には驚かされたぜ」
「ああ……それについては俺も驚いた。初めて紫月が遼二君を家に連れて来た時は心臓が止まるかと思ったぜ。何せお前は何も教えてくれねえし、遼二君はお前に瓜二つってくらい似てたからな」
「事前に知らせなかったのはすまなかったが……。その後、割とすぐだったよ。遼二のヤツから紫月とのことを打ち明けられたのは。やっこさん、紫月と真剣に将来のことを考えてると抜かしやがった。全く……若さってのは羨ましいと思ったぜ」
僚一は苦笑しつつも、若い彼らに思い切り触発されて、背を押されたようだと言って笑った。
「予定より少し早いが、かねてからの夢を実現しようと思う。飛燕、改めて……云わせてくれ。俺と一緒に生きてくれないか」
「僚一……」
頷く代わりに、飛燕の双眸には熱い雫がじわりと湧き上がり、みるみると満たされていった。
「僚一――」
「ん?」
「俺も……同じだ」
「――同じ?」
「道場が休みの日、紫月が学校に行ってる時間に……いつもお前の家に行った。お前が造ってくれたあの地下室で……お前を想いながら自慰をした。お前にめちゃくちゃにされる想像をしながら……愛されるよりも犯される、そんな想像ばかりしていた」
「飛燕……」
「それくらい……お前が俺を欲しがってくれていたらいい。激しく……気が違うほど抱かれたい……いつもそう思ってた」
「飛燕……!」
互いに同じことを思い、想像し、強く激しく互いを求めていた――例え遠くに離れていても、互いを想い合う気持ちはそれ程までに同じだった。感極まる思いに代えて、二人は今一度激しく抱き合ったのだった。
◇ ◇ ◇