番格恋事情

8 報復戦2



「まあいい――。どうやらてめえの意志はどうあれ、コッチの方はヤる気満々みてえだしな? 疼いちまって仕方ねえだろ?」
 可哀想だから慰めてやるよとばかりに氷川はくしゃりと瞳を細めると、これ見よがしといった調子で舌舐めずりをしてみせた。
 そしてポケットからライターを取り出したと思ったら、いきなりTシャツの襟を掴まれて火を点けられたのに、紫月はギョッとしたように彼を見上げた。
 血染めのシャツがジリジリと焦がされていく――
 きな臭いニオイと、喉元でチラつく熱さに心拍数がものすごい勢いで再び増加する。

「――ッ!?」

「心配すんな。なにも焼いて食おうってわけじゃねえよ。コイツが邪魔くせえからこうしようってだけ――!」
 氷川はそう言うと、焦げて脆くなった箇所からビリリッとTシャツを上下に引き裂いた。
「なっ……!?」
「はは、すっげえ効き目っての? こんなトコまでしっかりおったてて、エロいったらねえな?」
 興奮した目つきがギラギラと光を放っている。
 言葉通りに胸飾り周りを撫でながら、ゴクリと喉を鳴らす氷川の額には、先程の乱闘のせいでか乱れた黒髪がはらりと垂れて掛っている。それを目にした瞬間に、とある男の印象がダブるような錯覚にとらわれた。

――そうだ、あいつの髪もこれと似たような濡羽色のストレート。

 なんでこんな時に限ってヤツのことが思い浮かんだりするんだ……。
 そういえばこの前の時もそうだった。ゲイバーで馴染みの男と『好みのタイプ』について話していたあの時も、同じようにあの男の顔が思い浮かんだんだった。

 あの男というのは、言わずもがな鐘崎という転入生のことだ。こんな状況の時でさえも彼のことが脳裏に浮かぶだなんて、相当イカれている。そう思うと、紫月は苦笑いの漏れ出すのをとめられなかった。
 似たような黒髪の印象の男――
 だがそれはあくまで外見だけの話だ。きっと鐘崎というあの男ならば、自分を相手にこんなことをするわけがない。例えこちらが望んだにせよだ。
 そう思うと、今、目の前で自分を組み敷いて興奮しているこの氷川のことが、ある種、貴重な存在に思えるような気さえしてきた。
 ちょっと視点を変えてみれば不思議なことだ。
 別に鐘崎に限ったことではないが、たいがいの男なら同性相手に――、しかも日頃から因縁関係にあるなら尚のこと、そんなヤツを前に興奮欲情するなど有り得ないだろう。
 そう、例えこちらが望んだにせよ――だ。
 そんなことが脳裏を巡れば、紫月は自分の置かれている状況とは裏腹の形相で、クククッと声まで上げて笑いが漏れてしまうのを抑えられなかった。
 そんな様子に氷川の方はキッと眉を吊り上げて、
「何、笑ってんだてめえ。ついぞおかしくなっちまったか?」
 少々癇に障るというふうに凄んでくるのに、それさえも微笑ましいといった感じで、紫月は更に口元をゆるめてみせた。
「――別に。ただお前がさ……マジ、めでてー野郎だなって思ってよ……」
「は――!?」
「や、なんつーか……俺をボコったまでは分かるんだけどよー。よくまあ野郎相手にサカる気になれんなって。ちょっとヘンな感心が湧いちまって……」
 いくら報復の為とはいえ、男同士でよくその気になれるものだと少々呆れ気味にそんなことを言ってのけた。
 てめえはそっちの趣味かよ。そうでなきゃ何の為にこんなことしてんの、と言わんばかりにだ。
 氷川にしてみれば多少おちょくられた感もあってか、ここは怒るところだろうか。
 だが、紫月の方は本心から感心めいた調子でいるので、根っからバカにして言っているのではないという雰囲気が伝わるわけか、氷川はしばし返答につっかえる感じで首を傾げていた。
 そんな様子を見上げながら紫月はホウッと大きな溜息をつくと、
「ま、いいわ。埠頭の勝負ン時にゃ、確かに俺がケツまくっちまったわけだからよ。てめえが怒んのも当然だわな」
 半ばかったるそうな仕草でソファの背を掴みながら半身を起こした。
 まるで他人事のように余裕をかます紫月の口ぶりに、氷川の方はますます眉を吊り上げる。
「余裕ブッこいたふりして今度は何だ? 何か企んでやがんじゃねっだろうな?」
「はは、こんな状況で何をどう企めっての? 俺はただ……あン時のてめえの条件を呑んでやろうって言ってるだけだ」
「は――?」
 そうだ、一発ホらせろという例の呆れた条件をだ。
「何、考えてやがる……。今度は開き直りか?」
 紫月のあまりの堂々たる様子に幾分警戒心を伴った不機嫌そうな表情で、氷川は彼を組み敷いている両脚に体重を加えると、逃がさないとばかりに一層拘束を強くした。
「ンな、ギュウギュウ乗っ掛かってくんなって! てめえ、重いんだけど……」
「う……るせえな……! ベラベラしゃべくって隙を窺ってるかなんか知らねえが、今日は逃げられると思うなよ!」
「――んなこと思っちゃいねえよ。けど、マジでヤらしてやんよ。俺のケツを掘りてえんだろ? 好きにしろって言ってんだ」
 ソファの上で片肘をつきながら随分と余裕の調子でそう言う紫月の口元は、わずかながらも薄く笑んでいる。まさに多勢に無勢、しかも手負いの上に背後には絶壁。救いの手を差し伸べる者など誰もいないこの状況下にて、明らかに似つかわしくない。
 まるでそれが己の乾坤一擲と言わんばかりの読めない態度――。
 一見、投げやりかと思いきや、あるいは諦めなのか策略なのかがまるで伝わってこないような紫月の不敵さに、氷川をはじめ、皆はしばし戸惑わさせられてしまった。
 ズタボロの中にあってひどく冷静なその仕草は、威風堂々ともとれる程に落ち着きを伴ってもいて、それは独特の誇りのようにも感じられる程だ。
 ほんのしばしの間ではあったが、その場の全員が、孤立した彼に押されるような雰囲気に呑み込まれる。少なからず誰しも背筋が寒くなるような奇妙な感にさせられていたのは確かだった。
 そんな空気が気に入らないとばかりに、氷川は紫月の額をグイと押さえ付けると、完全にソファの上で仰向けに組み敷いてみせた。
「ふん、なら遠慮なくヤらしてもらおうじゃねえの」
 チッと憎々しげに舌打ちを鳴らし、少々乱暴に、破いたTシャツを学ランごと剥ぎ取った。

 半裸の鎖骨に細い銀のネックレスがライトに照らされキラリと光る――

 先程引きずり下ろしたジッパーからは濃灰の木綿に茶のボーダー部分が洒落た感じの下着が、ちらりと顔を覗かせている。
 氷川は自らも学ランを脱いでベルトをゆるめ、今日こそはこの前のように不意打ちを食らってたまるかと睨みを据える。
 腹の上でモゾモゾと準備万端に焦れる様子をぼんやりと眺めながら、紫月は未だ口元に薄い笑みを浮かべたままでいた。

 いよいよという感に、周りの全員が息を飲むような気配が充満していく――

 単に経緯を気に掛ける者。
 少なからずは興奮気味な者。
 相反して多少呆れ気味な思いを素直に表情に出している者。
 
 氷川に組み敷かれながら、薄ら狭いこの店にひしめく彼らの様子が手に取るように分かる気がしていた。
 そんなことが可笑しくて、紫月はまた少々腑抜けのような笑みを浮かべると、クスッと鼻先を鳴らしてみせた。
「なあ氷川。こないだも訊いたっけ?」
「何をだよ! 話そらして逃げようたってムダだぜ」
「は、怒んなよ。つか、てめえマジでそっちの趣味か?」
「はぁッ!?」
「女にモテねえってわけでもなさそうなのに、俺なんぞに鼻息荒くしてるってどーゆーのかと思ってよ。それとも両刀だとかっつって自慢してえのか?」
「――もうその手には乗らねえよ!」
 不意をつくようなことを言って、この状況から逃れようったってそうはいかないぜとばかりに、氷川は紫月の髪を掴み上げ、睨み付けた。
 だが紫月の方は、相も変わらずかったるそうに余裕綽々の薄ら笑いを繰り返す。
「別にケツまくる気なんてねえっての。それよかさ、お前マジでココでヤる気? てめえの自慢の息子――意外にもデケえアレを仲間に披露するってか?」
「ンだと、てめえっ!?」
「……っつーか! それって周りで見てるお仲間の方が気の毒なんじゃねえの? 野郎が野郎とサカるとこなんざ見せられる方の気にもなってみろってのよね」
 薬のせいでか整わない吐息とは裏腹に、クスクスと笑いながら、まるで酒に酔ってでもいるかのような調子だ。
 紫月の言葉にふと周囲を見上げれば、確かにその通りだというような感じで眉間をヒクつかせている者や、タジタジと冷や汗を拭いたさそうな調子で尻込みする者などがザッと目に飛び込んできた。
 まあ、中には本心から興味ありげだというふうでいて、『どうぞ気にせず続けてください』というゼスチャーをしている者もいるにはいるが――
 ともかく大半の連中は、半ば引いたような表情で凍り付いた笑みを浮かべているのが現状のようだった。無論、言葉になどおくびにも出さないが、「お前も物好きだなあ」と言いたげに呆れた表情の者もいる。そんな様子に氷川はチッと大袈裟な舌打ちを鳴らすと、
「ンだ、てめえら! 気色悪りィってんなら出て行きやがれ!」
 どいつもこいつも気に入らないとばかりに怒鳴り上げ、ふと目をやった先に派手なカーテンらしき大布がぶら下がっているのを気に掛けた。カラオケのステージ用の物だろうか、氷川は勢いよくそれを引っ張ると、仲間たちとの間に御簾をこしらえた。

「ちょっ……! 氷川さん!」

 慌てる彼らを一喝、「外で見張ってやがれ!」と顎先をしゃくって追い払う。皆はオズオズとした調子ながらも、先程からの呆れに拍車が掛かったような感じで、誰もが戸惑い気味だ。
「早く出てけっつってんだ! 聞こえねえかッ!?」
「分かった……! じゃあ俺らは外で待ってっから」
「ごゆっくりどうぞだよ」
 しばらくして全員が出て行くのを見届けると、氷川は憎々しく口元をひん曲げてみせた。
「これで邪魔者はいねえぜ? ゆっくり楽しましてもらおうじゃん、なあ一之宮? ま、案外ちゃっかりてめえの思惑に引っ掛かっちまったって言えなくもねえけどな? ホントはあいつらの前でゴーカンしてやるつもりだったってのによ!」
 ま、いいかとばかりに舌舐めずりをしては、うれしそうに見下ろす瞳がニヤけている。
「さっきはよくも好き勝手抜かしてくれたな? ああ言や、俺が引くとでも思ったわけか。けど残念だったなぁ?」
 ギュッと下着越しに敏感な部分を掴まれて、紫月はビクリと腰を浮かせた。先程嗅がされた薬のせいでか、思考とは裏腹な反応を見せている自分自身が恨めしいと思えども、こればかりはどうにもならない。
「すっげ、ビンビンおっ勃っちまってんぜ?」
「……っ……はっ……!」
 快楽にまみれたいと待ち望んだ自身の熱が、水を得たように氷川の指先に弄られる感覚を求めてやまない。
 ちょっと触れられただけなのにゾクゾクと背筋が疼いて、紫月は思わず唇を噛みしめた。
「なあ一之宮さー、そういや俺も覚えてる。つか思い出した! てめえが埠頭の倉庫で言ったこと――」
「……は……? なに……が……?」
「お前、あン時はっきり言ったよなぁ? 俺のをしゃぶってやろうかとか何とか。普通、野郎がそんなこと抜かすかよ? 要はてめえが普段からそーゆーことしてるって暴露しちまったってことでオッケ?」
「何……言って……んだ、てめえ……」
「お前こそそっちの趣味だろ? 違うか?」
 まるで勝ち誇ったかのような不敵な視線で氷川が笑うのを、苦々しげな思いで見上げていた。



◇    ◇    ◇



 同じ頃、氷川に追い出された連中らは、狭い店の入り口にたむろし、少々ふてくされ気味でいた。
 室内にいた時よりも輪をかけてけたたましく響いてくるカラオケの音声が、何とも耳触りで仕方ない。もともと店に入りきらないぐらいの大人数が一挙に外へと押し出されたせいで、居場所が無く、路地脇に追いやられる者も殆どのこの状況。
 大の男が一人通れるのがやっとの狭い路地には、周辺の店の残飯やら何やらが所狭しと転がっていて、どこからともなく漂ってくる生ゴミの異臭や排気口の生暖かさにも思わず顔をしかめたくなる。
 第一、こんなところに学ラン姿の大勢がたむろしていたのでは、目立って仕方がない。口うるさい地元の連中が、節介にも警察や学園へ通報しないとも限らない悪条件だ。
 誰しもが愚痴のひとつもこぼしたいといった表情で互いを窺い合っていた。
「……ったくよー! 氷川の物好きにゃ困ったモンだよなー? 一之宮をボコるってから、ちったー楽しみに集まってんのによ」
「そうそ! まさかホンキで犯っちまうつもりってか?」
「はっ、気違いめ! 野郎なんかひん剥いて何が楽しいんだか! 正直、気色悪りィったらねえぜ」
 仲間内でも案外リーダー格の連中がそんなことを口走れば、その他の者たちも同意だというように相槌ちをかます。
「けど何だかんだ言ったって、氷川さんにゃ誰も文句言えねえしー」
 誰かがダルそうに壁に寄り掛かりながらそうこぼしたのをきっかけに、ため込んでいたらしい不満が口々に飛び出した。
「だいたいよー、何でアイツだけ『さん付け』なんだよ! 俺ら、タメだぜ? なのに『氷川さん』とかって呼ぶの、おかしくね?」
「しゃーねーっしょ? 喧嘩させりゃ最強、ロクに授業も聞いてねーくせしてテストの成績だきゃ文句ナシときたもんだ! そのせいでセンコーだって氷川にゃ一目置いちまって注意もしねえ野放し状態。極めつけは家がめっちゃくちゃ金持ちだってんだからよー。誰も逆らえねえどころか、媚びる奴が殆どだし!」
「ま、実際、一之宮とだって互角にやり合えんのは氷川さんだけじゃん。多少威張られても目つぶるしかねっだろ?」
 ハーっ、と深い溜息をついては諦め半分に肩を落とす。
 それ以前に帰ってしまってもいいものなのか、それともとりあえず氷川が店から出てくるまでこのまま待つべきなのか、どうにも手持無沙汰な状況に、誰もがほとほとかったるそうにしながらダレていた。そんな折だ。
 遠目に見える路地端から一人の仲間が手を振りながら駆け寄って来た様子に、皆は一同にそちらを見やった。
 どうやら、つい先刻に駅前の大通りで転入生の鐘崎が見掛けた例の男のようだ。皆は一斉にその男めがけて、「遅っせーよ!」とふてくされてみせた。
 氷川に追い出された八つ当たりもあるのだろう、何も知らない当の男は照れ笑いをしながらも、大人数がたむろしているこの状況に、不思議そうに首を傾げた。
「悪りィ! ここいらって道が入り組んでてよ。迷っちまった。けど何……? お前らこんなトコで何してんの? 一之宮はどーしたよ? つか、氷川さんは?」
 何で中に入らないんだとばかりにキョロキョロと視線を泳がせては、店のドアの方をチラ見する。
「何でもクソもねーよー! 氷川のバカの酔狂にゃ付き合ってらんねーぜ!」
 こんな扱いにいい加減頭に来たとばかりに、リーダー格らしい男が投げやりなイキがり口調だ。そんな様子を横目に見ながら、仲間内の一人が何も知らないこの男に今までの経緯をコソッと耳打ちして聞かせた。
「氷川さんは只今お楽しみ中よ! 何でも埠頭の勝負のやり直しとかでさ、一之宮のケツをホるとかホらねえとか……」
「ゲッ……! マジッ?」
 まだそんなことにこだわっていたのかとばかりに、男はギョヘーッとしたような顔をした。
「で、何よ? まさかマジでヤっちまってるとか……そーゆーの?」
「さあな、知らねえ。見ての通り、俺ら追い出されちまってんだしー! けど、一之宮の野郎の服、ひん剥いてたから半ばマジなんじゃね?」
「げぇー、野郎とサカるってどーゆーの? つか、まさか挿れたりすんの? ……って、どこに挿れんだよ……ってなー!」
「バーカ! 気色ィこと想像させんなっ!」
 ギャハハハと大爆笑が起こり、一時その場が盛り上がった。帰るに帰れないようなこんな状況では、氷川も含めて笑いのネタに祭り上げるぐらいしなければ気がおさまらないといったところなのだ。皆はしばし好き勝手に、日頃のうっぷんを口にしながらちゃらけていた。
 そんなはしゃいだ気分を一気に覆すような低い声が後方から聞こえてきたのはその直後だった。
「おい、お前ら。ちょっと訊きてえことがあるんだが――」
 物静かで落ち着いた雰囲気の、いわばイキがりやハッタリとは無縁のような丁寧な印象ではある。だが、相反して地を這うような低音の声音に、皆は一瞬ギョッとしたようにそちらを振り返った。
 もう薄暗くなった闇の中に一人の男の姿が浮かび上がる。彼の背後からはスナックのネオン看板がチカチカと方々で瞬き光って目に眩しい。ひょっとしてよからぬことをしているんじゃないかと勘ぐった地元の大人たちが、どこかに通報でもしたというわけだろうか。瞬時にそんな想像がよぎっては、誰もが一瞬身構えるように視線をギラつかせた。
 てめえにゃ関係ねえ――とばかりに意気込んで鋭い視線を飛ばす。だがすぐに、声を掛けてきた男が自分たちと同じ学ランをまとっていることに気が付くと、今度は別の意味で凄むようにその男を取り囲んだ。
 よくよく見れば真新しそうな制服がきちんと着こなされたその様子に、瞬時に自分たちとは畑違いなことを嗅ぎ分ける。見るからに優等生そのもののような出で立ちの男に、『イイ子ちゃんがこんなトコに迷いこんじゃってどーしたの?』とでも言わんばかりだ。皆は口々に薄ら笑いを浮かべながら、顎をしゃくって男を突っつき始めた。
「ありゃ? よく見りゃコイツの制服!」
「あー、ホントだ! 律儀に襟章まで付けてやがらぁ! これって四天じゃね?」
「ってことはてめえ、四天のヤツかよ? ひょっとして一之宮の知り合いだったりして?」
「はあっ!? そんじゃ、まさかヤツを助けに来たってかー!? なーんてな! ンなわきゃねーべ!」
 どうやってバレたのか、まさか加勢にでも来たというわけか。
 だがどう見ても『一之宮紫月』とも『自分たち』とも雰囲気の違い過ぎるその男に、一同はハナから彼をバカにしたような調子で取り囲み、からかわずにはいられないといったふうに大爆笑をしてみせた。



◇    ◇    ◇



 そんなことは露知らずの氷川の方は、征服した獲物を目の前に満足げな様子でいた。
 一方の紫月はそんな男に組み敷かれながら、急に静まり返ってしまったせいでか、自身の鼓動やら疼きやらが妙に耳に付くのがうっとうしくてたまらないといったふうでいた。
 相手が因縁関係にある氷川だから多少の違和感があれど、決して不慣れなわけではないこんな状況に、身体が素直な反応を覚えるのが何とも癪で仕方ない。
 こんなことなら何処の誰とも分からないゲイバーでの行きずりの男とヤる方がずっとマシだ。そんな思いに、紫月はクッと瞳をしかめた。

 苛立つ状況に加えて、頭上を直撃しているダウンライトがひどく眩しくて、不快感をあおる――

 ここはやはりカラオケ用のステージとして使用されていたのだろうか――、どうでもいいようなそんなことがおぼろげに脳裏を巡る。
 ふと、その眩しさがやわらいだと思った瞬間に、既に視界に入りきらないくらいの近距離に氷川の吐息を感じて、ギョッとしたように肩をすくめた。



Guys 9love

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