皇帝寝所
◆1
そこは今から数十年前の香港――世間からは闇といわれていた九龍地区の一画でのことだ。
「待てコラ! こんのクソガキがぁー! 今日こそはとっ捕まえてやる!」
「チッ! 逃げ足の速い小僧だ……。てめえらはそっちから回り込め! ぜってえ逃すな!」
大の男が五、六人で大騒ぎをしながら追い掛けているのは、まだ十歳になるかならないかという年頃の一人の少年だった。
「見つけた! こっちだ!」
「この先は袋小路だ! バカめ、逃げられると思うな!」
ドヤドヤと必死の形相で男たちが少年の襟首に掴み掛からんとした時だった。出会い頭に誰かと思い切り肩をぶつけてしまい、男らの内で先頭を走っていた者が勢いよく転んだ。袋小路に追い詰められた少年はゼィゼィと肩を鳴らしながら蒼白顔でいる。
「ンだ、てめえ! どう落とし前つけてくれる!」
転げた男が立ち上がりざまにそうほざいた時だ。ぶつかった相手の顔を見た瞬間に、蒼を通り越して顔色を瞬時に白へと変えた。
「あ、あなたは……」
続々と追いついてきた男たちも同様に真っ青になっては即座に膝を折って床へと屈む。
「こ……皇帝周焔……!」
「も、申し訳ありませんッ! たいへんなご無礼を……」
誰もが頭を床へと擦り付けるようにして縮み上がっている。そんな様を冷ややかな視線でジロリと見遣りながら、皇帝と呼ばれた男は静かに口を開いた。
「なんの騒ぎだ。騒々しい」
格別には怒っているわけでもなさそうな感情の見えない声音だが、そのひと言だけでも男たちは心臓が縮み上がるといったふうに全身をガタガタと震わせている。
「も、申し訳ございません! このガキが……悪さをしおってからに仕方なく……」
「悪さだと?」
どんな――? といったように男たちと少年を交互に見やる。
少年の方は未だ治らない荒い吐息に肩を上下させながらも、驚愕といった表情でいる。
「じ、実はコイツが我々のカジノへ潜り込みまして……。チョロチョロしやがるもんで、ご来場のお客様方にもご迷惑をお掛けしちゃいけねえと……追い出そうにも逃げ足が速くてですね。ちょこまかとカジノ中を逃げ回った挙句、散々引っ掻き回しやがりまして」
それで追い掛けて来たというわけらしい。彼ら曰く自分たちに非はないと必死だ。
「……話は分かった。いいからもう下がれ」
「はっ! たいへんなご無礼を……。このガキは連れて参りますんで」
男たちはホッとしたようだ。だが、皇帝なる男から飛び出した言葉に驚かされる羽目となった。
「この子供は置いていけ。こちらで処置する」
「は……? ですが……」
「置いていけと言った」
文句があるのかとばかりに鋭い視線をくれられて、ビクリと身震いさせられる。反論したい思いはあれど、実際にそれを口に出す勇気は誰一人として持ち合わせてはいない。仕方なくといった調子で肩を落としながら、渋々とその場を後にしていった。
◆2
残された少年はカタカタと小さく震えながら怯えていた。ときおり上目遣いにチラリと頭上の様子を窺うも、すぐにまたうつむいては震えている。
「坊主、名前は?」
「え……? あ、はい……。ひょ、冰《ひょう》です。ふ、ふふふふふぶぶき……」
怯えてはいるものの少年に逃げる様子はなく、訊かれるまま素直に答えてよこしたまではいいが聞き取れる状態ではない。
「ふふぶ……? 埒があかんな。まあいい、親はどうした。何処に住んでいる」
今は日付が変わる少し手前の深夜だ。如何にこの世界でも、子供が出歩く時間帯ではない。
「親……?」
「そうだ。お父さんとお母さんだ」
「お父さんとお母さんは……いません」
「いない? 出掛けているのか?」
「うううんん……そ、そうじゃなくて……。もう……し、死んじゃったから」
少年の言葉に思わず瞳を見開いてしまった。
「亡くなった? ではお前さん、今は一人で暮らしているというわけか?」
その問いに少年はブンブンと首を横に振ってみせた。
「今は……じいちゃんと住んでます」
「爺さんがいるのか」
「うん……じゃなくて、あの……はい。じ、じいちゃんは僕の家のお隣に住んでたんだけど、お父さんとお母さんが死んじゃってからじいちゃんのお家に行ってもいいって言ってくれたから……」
「隣の住人だと? では本当の爺さんではないというのか」
少年はコクリとうなずいた。
つまり赤の他人が気の毒な少年を引き取ったというところか。男は質問を変えた。
「それでお前さんは何故カジノなどへ行ったんだ。その爺さんは家にいるのか?」
少年はまたしてもブンブンと首を横に振る。
「じいちゃんの帰りが遅いから……お仕事場まで見に行ったんだ。僕、お腹空いて……その……」
今にも泣き出さん勢いで瞳を歪める。
「分かった。そう怯えんでもいい。俺はお前に対して怒ってもいねえし、さっきのヤツらのように追い掛けたりせんから安心しろ。それで、爺さんの仕事場は何処だ。名は何という」
落ち着かせんと頭を撫で、子供の目線になるように屈んでやる。するとようやく安心したのか、上がっていた息も治り、次第に会話が成り立つようになっていった。
「じいちゃんは……黄《ウォン》。カジノでディーラーっていうお仕事をしてます」
「黄《ウォン》――とな」
男はわずか驚いたようにして瞳を見開いた。カジノのディーラーで黄《ウォン》といえば聞き覚えがある――というよりも、相当に腕が良いと評判の男だったからだ。
周焔《ジォウ イェン》、元はこの香港を治める一大マフィアのファミリーである。実の父親はその頂点にいる組織の頭領《ドン》・周隼《ジォウ スェン》だ。
焔《イェン》は周隼《ジォウ スェン》の次男坊であったが、母親が妾の為に組織の中では微妙な立場であることは否めない。彼には兄がいて、周風《ジォウ ファン》という。本妻の息子だ。
父も兄も、そして継母も焔を本物の家族として大切に扱ってくれているが、組織の中には妾の子である焔を疎ましく思う連中が少なからずいるのも事実である。それ故、父の隼《スェン》が下した決断は、焔《イェン》にこの地区を治めさせることで配下の者たちの溜飲を下げると共に、焔《イェン》自身の実力を皆に認めさせようということであった。
◆3
九龍地区にあるその城壁内へは、一歩足を踏み入れれば二度と外へは出られないとされている。いわば悪の巣窟などと噂されてはいるが、それは世間の想像であって、実のところは噂で聞く世界とはまるで別物といえた。
九龍城と呼ばれるその街の中には酒場や高級飯店、カジノに遊郭などの遊興施設が混在していて、いわゆる夜の歓楽街であった。
そこへ来る客人らは政府高官から富豪商人、財閥、加えて他国からの要人なども出入りしており、華やかな交流の場所として賑わっていたのだ。
外からの眺めは廃墟も同然のスラム街だが、一歩中に入れば豪華な設えのバーやレストランなどの店々が立ち並び、中でも高級カジノは外の世界に引けを取らないどころか、世界中のどのカジノよりも秀でたディーラーが最高のひと時を約束してくれると評判にもなっている。それと同時に、遊郭と呼ばれる色を売る施設の方も絶品で、それこそ質の高い遊女が数多く存在し、男色専用の店までが軒を連ねていた。よって、世界中の富豪や要人たちが秘密裏にこぞってここを訪れるという、外観と中身が真逆の世界であった。
そんな街でも犯罪というものは無くならない。というよりも、そんな街だからこそ金に目を眩ませた悪人どもがはびこるのもまた常である。香港を治める周ファミリーが統治しなければ、途端に本物のスラムと化してしまうであろう。
長男坊の周風は王道育ちゆえ紳士的で頭の切れる穏やかな性質だ。反面、弟の周焔は妾の子という立場からか、兄よりはずっと野生味のある男に育っていった。もちろん焔にとって家族は誰もがやさしく、分け隔てなく接してくれたものの、ひとたび気を緩めれば組織の中で妾の子を快く思わない連中から毒殺などされないとも限らない。そんな緊張感の中で焔は上流社会の優雅な一面とは別に、悪事が横行する裏の面でも顔が効くようになっていった。
以上、諸々の理由から、父の隼より香港一の闇と言われたこの九龍城を統治する役目を仰せつかったのである。焔、二十二歳の秋であった。
それから丸二年が経つ頃にはすっかりこの闇の街の統治者として崇められるようになり、いつの頃からか九龍の皇帝と呼ばれ、この街で暮らす常識人にも悪人にも一目置かれる存在となっていったのである。
「腹が空いていると言ったな。来い、メシを食わせてやる」
焔は少年に向かってクイと手招きをし、歩き出した。だが当の少年は未だ震えが治らないのか、壁を背に突っ立ったままだ。
「何をしている。来いと言ったのだ」
「は……い、あの……でも……」
「遠慮せずとも良い。来るんだ」
「は……い」
おずおずと歩き出すも、恐怖でか思ったように足が進まないようだ。
焔はやれやれと溜め息ながらも、少年の元へ歩み寄ると、クイと軽々彼を抱き上げた。
「うわ……ッ! あの……お兄さん……!」
「お兄さん――だ? 面白い呼び方をする。そんなふうに呼ばれたのは初めてだな」
「す、すすすすみませ……ッ! あの……僕、歩けますからッ」
「何を言う。こんなにガタガタ震えているじゃねえか。いいから素直に抱かれてろ。すぐに着く」
「……はい、あの……すみませ……」
焔は少年を肩に担ぎ上げながら、これまで味わったことのないような不思議な感覚に胸躍る心持ちにさせられるのだった。
◇ ◇ ◇
◆4
「うわぁ……大きなお部屋……」
自室に着いて少年を降ろしてやると、彼はようやく震えも治まったのか、大きな瞳を目一杯見開きながらキョロキョロと辺りを見回しては感嘆の溜め息を漏らしていた。その仕草が何とも自然で妙に可愛らしい。
焔はこの街に来てからこのかた、配下の者たちから畏敬の念やおべっかの中で生きてきた。そういった大人の思惑などこの少年には皆無だ。そんな素直さが清々しい印象となって、焔は一層のこと興味を引かれるのだった。
「おや、坊っちゃま。お帰りなさいまし。……その少年は?」
高年の男が不思議顔で首を傾げながら出迎える。
「おう、真田か。ちょうど良かった。この坊主に何か食わしてやってくれ。えらく腹を空かせているようなのでな」
真田というのはこの邸の家令である。焔が生まれる前から彼の実母の家の執事として仕えてきた男だが、妾の子という立場の焔の行く末を心配して、以来専属の家令となった忠義に厚い頼れる存在であった。
「はあ、かしこまりました。して、坊っちゃまの方はお夕飯は如何なされますか? 湯の支度も整えてございますが」
「そうだな――。俺も坊主と共に食うとするか。その後で湯に入れてやろう」
どうやら連れて来た少年と一緒に夕飯をとり、風呂まで共にするつもりのようだ。真田と呼ばれた高年の男は瞳をパチクリとさせながら戸惑っていたが、焔はそんな様子にもえらく上機嫌であった。
「それから真田、メシの支度が済んだらひとつ頼まれてはくれんか。カジノへ使いに行って欲しいのだが――」
「カジノ――でございますか? ええ、もちろん良うございますが」
「この坊主の爺さんが勤めているらしい。ディーラーの黄だ。仕事が済んだらここへ寄るよう言ってくれ」
「黄氏でございますな。かしこまりました。お任せください」
真田はそう言うと、夕膳を整える為に一旦下がって行った。
「坊主、ここへ来て掛けろ。今、メシを用意する」
「はい……あの……」
「心配せずとも良い。今の真田を使いに出した。お前の爺さんの仕事が終わり次第、ここへ寄ってもらうようにな」
「じいちゃんに……? あ、ありがとうございます、お兄さん……」
ペコリと頭を下げる仕草が何とも可愛らしい。
「ふむ、お兄さん――ね」
ふぅと軽い溜め息ながらも口元をへの字にしてみせた焔に、
「あ、あの……ッ、僕その……何か失礼でしたか? えっと、何て呼べば……」
慌ててそんなふうに言い直す。まだ十歳そこらの子供にしてはきちんと敬語もわきまえているようだ。
「お前さん、年は幾つになる」
「年……ですか? えっと、今十三歳です」
「十三だと? では中学生か?」
「……はい、そうです」
これは驚きだ。割合背の低い身長といい、どこそこ華奢な体つきといい、どう見てもまだ小学生くらいにしか見えないからだ。まあ本当に中学生だというなら礼儀が伴っていてもおかしくはないか――焔はますますこの少年に興味が湧いてしまうのを抑えられずにいた。
「あの……お兄さんっていうのがいけないようでしたら……その、皇帝様……でいいですか?」
「――皇帝だ?」
「えっと……さっきの人たちがそう呼んでたから……」
先程カジノから追い掛け回して来た男たちのことを言っているのだろう。焔は思わず笑みを誘われてしまった。
「ふ――頭の良いガキだ。だがお前さんがそんな呼び方をする必要はねえ。そうだな――白龍。白龍とでも呼んでもらおうか」
「白龍……?」
「俺の字《あざな》だ」
「字……? お兄さん、白龍っていう字なんですか?」
「そうだ。これからはそう呼べ」
「はい……あの、白龍」
「それでいい。ところでメシを食いながらお前のことも少し教えてもらおうか。名は確か……冰といったな? フルネームは何という」
「雪吹で……す。雪吹冰」
「雪吹冰、日本人か?」
「はい、そ……です」
「この街へはどうやって来た。爺さんと住んでいるといったが、家はどの辺りなのだ」
焔は冰という少年からこれまでの経緯を聞くことにした。
◆5
それによると、二人はこの城壁内で商い等をしている者たちが住む北側の居住区に暮らしているらしかった。元々は城外の繁華街住まいだったそうだが、両親が亡くなってから程なくして黄老人と共に引っ越してきたのだそうだ。
「じいちゃんのお仕事先が近いからっていうことでここへ来ました。学校は……ちょうど中学校に上がる時だったから転校っていうことにはならないからってじいちゃんが……。最初は元のお家から引っ越すのがちょっと寂しかったけど、少しずつお友達もできて、ここに来て良かったって思います」
「――そうか。では今はこの城内の中学校に通っているのだな?」
「はい、そうです」
まあ詳しいことは後で親代わりという老人に聞くことにして、とにかくは食事をとらせることにした。
その後、風呂にでも入れてやろうと思ったものの、デザートが済む頃にはすっかり睡魔が襲ってきたらしく、冰はソファにもたれながら眠ってしまった。まあとうに深夜を過ぎているし、子供にとってはそれも当然だろう。焔は彼を抱き上げて自身の寝室へ連れていき、そっと灯りを落としたのだった。
しばらくすると真田が黄老人を連れてカジノから戻って来た。どうやら今宵は客の入りが多く、いつもよりも上がるのが遅くなってしまったようだ。
老人は城内を仕切る皇帝を前にしてえらく恐縮していたものの、冰のことについて尋ねると、これまでの経緯を話してくれた。
雪吹冰の両親は彼が生まれる少し前に勤めていた会社を辞めて、この香港に移住してきたとのことだった。なんでも転勤で香港に来たのがきっかけだったそうだが、この地が気に入ったらしく、転勤の期間が終了すると同時に退社し、この香港で小間物を扱う雑貨店を始めたそうだ。
冰が生まれ、決して裕福とは言えないながらも家族三人幸せに暮らしていたらしい。ところが冰が九歳になったばかりの頃、住んでいたアパートの近くで抗争が勃発、それに巻き込まれて両親は一度に命を落としたとのことだった。
この地に身寄りも無く、天涯孤独も同然になった冰を不憫に思い、隣の部屋に住んでよくよく顔見知りだったこともあり、老人が引き取ることにしたのだそうだ。
焔にとって一番驚かされたのは、冰の両親が亡くなった理由だった。抗争に巻き込まれたとのことだが、時期的に考えると、その抗争というのが自分たちファミリーに与する者たちが起こしたものではないかと思ったからだ。実のところファミリーに与する者といっても下っ端も下っ端、周一族が会ったこともない組織末端のチンピラ同士の争いではあったが、割合大きな抗争で銃撃戦にまでなったので、その事件のことは焔もよく覚えていたのだ。
◆6
「……そうか、あの時の抗争に巻き込まれて亡くなったのか」
だとするなら少なからずファミリーの自分にも責任はあろう。中学生とはいえ、あのような子供が深夜まで帰らない老人を心配してカジノに捜しに行くくらいだ。普段から一人で老人の帰りを待つ姿を想像すると、酷く胸の痛む思いがしていた。
「黄|大人《ターレン》――ひとつ相談があるのだが」
そう話し掛けた焔に老人はえらく恐縮して身を縮めた。
「|大人《ターレン》などと……そのような呼ばれ方は勿体のうございます……! どうか黄と呼び捨ててくださいまし」
当然のこと老人は焔よりも遥かに年上だが、この城内で皇帝と呼ばれている周ファミリーのトップであることを知っている。恐縮も仕方なかろう。焔はその意を汲むようにざっくばらんに言い直した。
「――ふむ、それなら坊主と同じ呼び方で構わんか? 爺さん――これでどうだ」
「恐縮にございます」
「では爺さん、あの坊主のことなんだが――」
「はい……」
「お前さんのディーラーとしての腕は噂で聞いている。我がカジノにおいて無くてはならない存在だということも承知だ。だが、毎晩帰りが遅いお前さんをあのような子供一人で待たせておくのは不憫に思える。しかも坊主が親を失ったのは我がファミリーの末端の者たちが起こした抗争が原因だ。そこでだな、坊主を私の手元で預からせて欲しいと思うのだが如何だろう」
老人はさすがに驚いたようだ。皺の深い瞳を見開いて硬直してしまった。
「むろん坊主にとってあんたは親も同然だ。二人一緒に私の住まいに越して来てはくれまいか?」
老人にとってはそれこそ恐縮も恐縮な提案である。しばらくの間は返答すらままならずにいた。
「外と比べれば小さな街だが、そうは言えどこの城内も広い。通っている中学校までは少々遠くなろうが、坊主にはきちんと送り迎えをつける。逆にあんたはここからの方がカジノには近かろう。どうだ、意を汲んでいただけまいか」
「……は! それはもう……有り難いことこの上ないお申し出でございますが……あの子はともかくとして、この老いぼれめには過ぎたるご厚情でございます……」
確かにカジノの一ディーラーが皇帝と呼ばれる彼の住まいに同居などと知れたら、周囲からの嫉みややっかみも凄そうだ。
「ふむ――ではこういうのはどうだ。表向きは二人共我が邸の居住区内にある使用人たちが住む棟に越して来てもらい、坊主の方は私の手元で預かる。食事などの際は爺さんがここへ出向いてもらうというのでは――?」
焔は何としてでもあの冰を手元に置きたいようだ。黄老人にとっては有り難いことこの上ない待遇ではあるが、一方で何故にそこまでこの皇帝が自分たちを気に掛けてくれるのかが分からずに戸惑ってしまうのも実のところであった。
結局、焔の提案通り二人は皇帝居住区内に移り住むこととなり、冰は焔と衣食住を共にすることで話は決まった。黄老人には執事の真田らと同じ棟にある部屋が与えられ、いつでも冰に会えるといった条件である。冰の送り迎えは焔の側近である李と劉という男が責任をもって行なってくれるという。焔曰く、李も劉も信頼できる側近中の側近だそうだ。
それぞれの思うところはあれど、結果的にはこの城内で皇帝の言うことは絶対である。こうして焔と冰、そして黄老人の同居生活が始まったのだった。
◇ ◇ ◇