皇帝寝所

ルナと紫月



◆13
 ルナと名乗った男との面会後、焔と遼二は一旦邸へと戻ることにした。帰り際、遊郭街を仕切る頭取の元に挨拶がてら、ルナに教育係をつけることになった旨を伝える。彼は容姿からして群を抜いているし、皇帝の邸で預かって一流の教育係に世話をさせたいとそう言ったのだ。
「わざわざ皇帝のお邸であの子を預かってくださるとおっしゃるのですか? そこまでお手を煩わせるのは恐縮です。遊女や男娼を教育するのも我々の仕事の内でございますし……」
 頭取は前代未聞だと言って面食らっていたが、そこは何とでも言いようだ。
「だがな、頭取。あのルナという男は絶品だ。この街きっての男娼に育てるには何を置いてもまずは教育が必要ではあるまいか? 床技だけでなく、所作に茶の湯、品のある言葉使い、政治に世界情勢といった世情についての知識――覚えさせることは山とある。今しがた私が会った印象では、正直なところ言葉使いからしてなっちゃいない。顔だけ良くても中身が伴わなければ客はすぐに離れていくぞ」
 それゆえ自分の手元で預かってみっちりと仕込んでやる心づもりなのだと焔は言った。それを聞いた頭取はたいそう感激したようで、そういうことなら是非にと快諾させることに成功、これでひとまずは堂々とルナを手元に置けるようになる。
「では後で使いの者をやる。今日中に引越しをさせるように――」
「は! かしこまりましてございます!」
 皇帝直々のお達しに、頭取は喜び勇んでルナを引き渡してくれたのだった。



◇    ◇    ◇



「上手くいったな。感謝する」
 焔の邸へと戻りがてら遼二が頭を下げる。
「しかし――カネ。お前さんの咄嗟の判断には感服だが、何もあの男を男娼にするという名目でなく、例えば俺の世話係に鞍替えさせる――でも構わんぞ? そうすりゃあの頭取もルナを男娼として稼がせようと期待することもなくなろう」
 今からでも自分の側近に取り立てると言った焔の気持ちは有り難いものの、遼二は同意しなかった。
「そんなことをすればおめえの立場を悪くしかねない。いかに皇帝命令といえど、遊郭一期待の高い容姿を持つ男を側付きとして引き抜けば、この街の者たちには皇帝が公私混同していると映るだろう。俺は――とにかくもあのルナをお前の手元に預かってもらえるだけで御の字だ。しばらくあいつと過ごしながら本物の紫月かどうかを探りたいと思う」
 遼二は遼二で、焔の立場を思ってのことだったのだ。
 そんな友に熱い思いが込み上げる。
「本当に――てめえときたら。そういうところは昔から変わらんが、実際頭が下がるぜ。それよりカネ、おめえに紹介したいヤツがいる。もしかしたらあのルナと引き合わせれば、案外いい方向にいくかも知れねえと思ってな」
 焔はルナに冰を紹介したいと思っていた。
 冰は子供でルナとは年も大分違うが、素直でやさしく穏やかな性質だ。彼と共に過ごす内にルナも心穏やかになって、意外にも良い方向へ向かうのではないか――焔にはそんな予感がしてならなかった。



◆14
 邸に着くと、ちょうど中学校から冰が帰って来たところだった。側近の劉に向かって送り迎えしてくれたことへの礼を述べている。小さくて細い身体を目一杯曲げながら、深々と頭を下げては『今日もありがとうございました』と言っていた。焔によれば特にそうしろと教えたわけでもないのに、自ら進んでそうしているらしい。礼儀をわきまえているというのか、子供ながら一目でその性質の良さが窺えるようであった。
「あの子供が冰か?」
 遼二が訊く。
「ああ。まだ中学生になりたてのガキだが素直でいいヤツだ。共に過ごす内にルナという男の気持ちも和むだろうと思う」
「そうだな――」
 間もなくしてルナを迎えに行かせたもう一人の側近である李が彼を連れて戻って来た。
「お荷物も全て引き上げて参りました」
 こちらですと言って荷車を指す。ルナの所持品はわずかばかりの着替えくらいしかなく、引っ越しは一度で済んだようだ。
「ご苦労だったな、李。持ち物はこれだけか――。では後程服など必要な物を揃えてやらねばならんな」
 必需品の調達は追々するとして、焔と遼二は早速に冰とルナを引き合わせることにした。
 ところが当のルナは特に興味を示さない。かといって子供の冰を見て小馬鹿にするというわけでもないのだが、物事に対する関心自体が希薄のようだ。遼二はとりあえずルナが紫月と同一人物であるのかどうか、まずは彼の身体的特徴の観点から調べてみることにした。
 紫月には左腕の肘の部分に特徴的な傷がある。子供の時分に実家の道場に置いてあった真剣を無断でいじった際に、その刀先が触れて切れた傷だ。怪我自体は浅く、大したことはなかったものの、当時父親の飛燕から大目玉を食らって泣いていたのは遼二もよく覚えていた。家に入れてもらえないと言って泣きじゃくっていた彼を慰めたものだ。大人になった今でもその時の傷はしっかりと痕になって残っている。
 もうひとつは太腿の付け根あたりにある割合大きめのホクロだ。遼二はその二つの特徴がルナの身体にあるかどうかを確認したかったのだ。
 焔が邸内にある空き部屋を当てがってくれたので、遼二はルナと共に持って来た荷物などの整理をすることにした。といっても荷物はごくわずかだ。すぐに片付いてしまい、夕飯までにはまだ少し時間があったので、早速身体検査に取り掛かることにした。
「ルナ――ここへ来い。まずはお前さんが男娼として使い物になるかどうかを確かめねばならん。服を脱いで身体を見せるんだ」
「ふぅん? 了解――」
 ルナは嫌がるわけでもなく恥ずかしがるわけでもなく、言われた通り素直に服を脱ぎ始めた。



◆15
「なあ、先生。俺、今日からここに住むんだべ? アンタも一緒の部屋ってわけ?」
 服を脱ぎながらルナが訊く。
「先生――だ? 俺のことか?」
「だってアンタ、俺ン教育係なんしょ?」
 だから『先生』というわけか。
「そんな呼び方をせんでもいい。そうだな――遼二、もしくは遼でいい」
 失踪する前も紫月はそう呼んでいた。このルナという男が紫月であった場合、同じ呼び方をさせればふとした瞬間に何か思い出すことがあるかも知れないと思ってのことだった。
「遼? 先生を呼び捨てにしていいってわけ? 兄様たちの話じゃ、教育係の先生には超丁寧にしないといけねえって聞いてたけどな」
 どうやら遊郭街の教育係はかなり厳しい存在だと教えられているようだ。
「ここは皇帝の邸がある特別区だからな。遊郭街とはまた礼儀が異なるんだ。俺のことは遼でいい」
「ふぅん、じゃ遼――ね」
「ああ、それでいい」
 脱いだ服を受け取り、逸る気持ちで左腕の傷痕を確かめる。

 ――――!

 すると思った通りか、見覚えのある刀傷が視界に飛び込んできて、遼二は心拍数を速くした。
「紫……! いや、ルナ。ちょっと脚を開いて見せろ」
「ん? ああ、これでい?」
 スイと持ち上げられた太腿の付け根にはこれまた見覚えのあるホクロ――。ルナは紫月で間違いない、そう確信した。
「お前……この傷はどうした」
 腕を掴んでそう訊くと、ルナは不思議そうに首をひねった。
「傷? さあ……俺、こんなトコに傷あったんだ」
 どうやら本人も覚えがないようだ。
「大分古いものだな。ガキの頃に負った傷だろうが――覚えてねえのか?」
「ん、全然」
「そうか――」
「なあ先生、じゃなかった。遼だっけ。こういう傷があると男娼になるには不利なのか?」
 どうもこのルナは男娼になるということにすら嫌悪感も不安もまったく抱いていないようである。何が彼にそれほどまで自我を忘れさせているのか、原因は分からないものの、身体の傷といいホクロといい彼が紫月であるのは事実のようだ。
「不利というわけではないが――、それよりもう服を着ていいぞ。そろそろ夕飯の時間だ」
 遼二はとりあえずこのことを焔と相談してみることにした。



◇    ◇    ◇



 夕飯は冰もまじえて焔の邸のダイニングでとることとなった。
 幼い冰は遼二とルナをチラチラと見やりながらも緊張の面持ちでいる。先程紹介はされたものの、いわば初対面も同然なので何を話していいか分からないのだろう。それでも気にはなるのか、遠慮がちながらもしょっちゅう視線を泳がせている。
 ところが、意外なことにそんな冰に向かって自ら話し掛けたルナに驚かされることとなった。
「冰君――だっけ? 皇帝様の弟かなにか?」
 話し掛けられた冰は唖然である。箸を口元に据えたまま、大口を開けてポカンとしながら絶句状態だ。焔と遼二もまた然りだった。
「うむ、この冰はな、城内でカジノディーラーをしている黄という爺さんの息子だ。といっても実の息子ではない。冰は両親を亡くしているのでな。隣に住んでいた黄の爺さんが面倒を見ていたそうなのだが、訳あってこの私が引き取ったのだ」
 焔が説明すると、ルナは珍しくも微笑を浮かべながら『ふぅん、そう』と言って冰を見やった。
「お前、親いねえんだ? そんじゃ俺と一緒な」
 そう言ってフっと笑む。



◆16
 冰は冰で、話し掛けられたからには相槌を返さねばと思うわけか、一生懸命な様子で応えてみせた。
「あの……お兄さんもお父さんとお母さんいないんです……か? 僕もです。でも……今は黄のじいちゃんと白龍のお兄さんがやさしくしてくれるので……とてもうれしいです」
「白龍のお兄さん? 皇帝様のことか?」
 ルナの問いに答えたのは焔当人だった。
「俺の字だ。周焔白龍、これが俺のフルネームだ」
「へえ、そう」
 ルナはそれきり食事に専念し、これといって言葉を発することはなかった。

 夕飯が済むと遼二はルナを先に部屋へ返して焔の私室を訪れた。
「で、どんな様子だ。あのルナという男は――」
「ああ、それなんだがな。さっきメシの前にヤツの身体を調べてみたんだが――紫月で間違いないと思われる」
「――! ってことは、やはりヤツは一之宮だというのか?」
「古傷の位置といい、形といい、ホクロまでがそっくりだった。それにヤツを裸にしてみたところ体型や特徴まで全てが一致する。間違いなくヤツは紫月だ」
 遼二は成人してすぐの時分から紫月とは深い仲にあった。つまり、身体の隅々まで知り尽くしているのだ。
「……そうか、あの男が一之宮――とな。ではヤツはどこかで誘拐に遭い、記憶を失くしてしまったということになるな」
 紫月が姿を消したのは今からひと月以上前のことだ。
「俺が最後に紫月と会ったのは、ヤツが行方不明になる二日前だった。夕飯をウチで食ってからヤツの家の道場まで送っていったんだ」
 その次の日は遼二も朝から仕事に出掛けていて、帰って来たのは夜半過ぎだったという。翌日の昼頃になって紫月が戻らないと、父親の飛燕から連絡が入り、そこで初めて事態を知ったらしい。
「ということは、一之宮が誘拐されたのは日本国内の可能性が高いな。おそらくは家の近所だろう。だがヤツは上海で行商人の男と暮らしていたと言っている。――とすれば拉致されてから何らかの事情で記憶を奪われ、その行商人によって全く別の記憶を刷り込まれたということになる」
「まずはその行商人というのを捜す必要があるが、いかんせん俺とお前だけでは手が足りん。日本の親父にも連絡して、ここひと月の間の出入国を洗い出してもらおうと思う」
 遼二はその行商人の顔などが分かれば有り難いと言って、紫月が遊郭街に連れて来られた際に行商人を見た者がいないかどうか焔に調べてもらうことにした。
「そちらの方は任せろ。遊郭街の頭取は行商人の男から直接一之宮を譲り受けているはずだ。ツラくらい覚えているだろう」
 早速今から聞きに行こうと言ってくれた。
「すまねえな。世話を掛ける。俺の方はその間に日本へ連絡を入れておく。紫月の親父さんも心配しているだろうからな」
 今はとにかく紫月本人が見つかっただけでも御の字だ。彼がどのような経緯で記憶を失くし、ここへ連れてこられたのかという調査が本格的に始まろうとしていた。



◆17
 その日、夜遅くになって焔が遊郭街から戻って来た。無事頭取に話を聞けたようで、行商人という男についても詳しいことが明らかとなってきたようだ。
「カネ! なかなかに収穫があったぞ!」
「周焔! すまねえ、世話を掛ける」
「それよりルナという男はどうしてる」
「飲み物に少し睡眠安定剤を仕込んで先に休ませた。朝までは起きてこんだろう」
「そうか。では安心だな」
 焔が頭取から聞いた話によると、ルナを連れて来た行商人というのはこれまでにも度々遊女や男娼となる若い男女を斡旋してきたことがあるとのことだった。
「行商人というのは表向きの肩書きで、実際は――いわゆる|女衒《ぜげん》のようだ。かなり手広くやっている専門のプロらしい。ここ香港ばかりでなく、中国や台湾、日本などアジア各国で売り買いをしているとのことだった」
 しかも多国籍語を操り、相当に頭の切れる男らしい。
「ふむ、なるほど――」
 女衒とは江戸時代の吉原遊廓などに遊女を斡旋していた仲買人のことである。とすれば、たまたま見目の良い紫月に目をつけて拐い、記憶を奪う為の薬物などを仕込んだと推測される。
「ってことは、相当大きな組織ぐるみというわけか?」
 遼二が訊くと、焔はところがそうでもないらしいと言って眉根を寄せてみせた。
「それがな、頭取の話ではどうもその女衒は一匹狼のようなのだ。組織化すれば手広く商売になるが、分前も同じだけ必要になると言っていたそうでな。ただし、その女衒が連れて来るのは決まって高値がつきそうな見目の良い若者ばかり――つまりは絶品揃いなんだそうだ」
 一口に遊女や男娼の斡旋といっても実際は玉石混合で、使い物になるかは半々といったところだそうだが、その男の目利きは大したもので、外れはまずないという。ゆえに量より質、数は少なくても一回の売買に動く金額もまた大きいらしい。
「それで一匹狼か――。厄介な野郎だな。それで、そいつのツラは割れそうか?」
 顔写真でもあれば御の字だが、さすがにそこまでは入手できなかったそうだ。
「頭取の話では、その女衒はいつも頬被りをしているそうでな。これまで一度も素顔を晒したことはないそうだ。分かっているのは大まかな身長と体格のみだ。目元はサングラスで隠していてよく分からなかったと頭取は言っている」
 この時代はまだデジタル技術なども発達していない。カメラといえばフィルムを現像するのが通常だし、仮に防犯用の録画が残っていたにしてもビデオテープなる代物で対応されていた為、当然画質も悪い。
「だが、その女衒が日本で紫月を拉致して香港に連れて来たのは事実だ。ここひと月の間の出入国を調べれば、必ず突き止められる」
 遼二は日本にいる父の僚一に助力を頼み、出入国の履歴を詳しく調べてもらうことにした。



◆18
 一方で、紫月――ルナ――についても本人と衣食住を共にしながら、彼の記憶を戻すことができないものかと試行錯誤の日々が続いた。
 昼間はルナに茶道をはじめとする立ち居振る舞いや座敷での所作、その他にも政治情勢などの教育を行って過ごした。夕方近くになると冰が学校から帰ってくるので、彼の宿題を見てやるという名目で、ルナと冰を同じテーブルにつけて勉強をさせることにする。
 そんな日課を数日続けた頃だ。ルナは当初、大分年下の冰に興味を示すわけでもなかったが、同じテーブルを囲んでいると広げているノートが視界に入るわけか、時折ルナの方から『そこの答えはこうだ』などと自発的に話し掛ける素振りが窺えるようになっていった。
 冰はそのたび律儀に礼を述べ、次第にルナを頼るようになる。分からない問題に突き当たった時は冰の方からルナに教えて欲しいと言い、当のルナもまた、面倒くさがるわけでもなく訊かれた問いには答えてやっていた。ひと月が経つ頃には、すっかりルナは家庭教師のようになり、冰が学校から帰ってくると進んで二人でテーブルにノートを広げては勉強するようになっていった。
 焔も遼二もそれらを黙って見ていたのだが、どうやらルナという男はなかなかに勉学の方も得意のようだ。
「どうだ、カネ。あのルナだが――広東語はもちろんのこと英語も流暢のようだな。冰の宿題も難なく解いてやっているようだが、正直なところ学力という意味では一之宮と比べてどうなんだ」
「うむ、そうだな。紫月も俺のマネをして、ガキの頃から英語や広東語を学んでいた――というよりも日常的に会話の中に取り込んでいたからな。今、ヤツは広東語で俺たちと会話しているが他の数学やなんかも……」
 そこまで言い掛けて、遼二はハタと瞳を見開いた。
「――そうだ! 何故今まで気が付かなかったんだ……! 日本語だ。ヤツが紫月ならば日本語も覚えているはず……」
 記憶を失くしているのは確かであろうが、広東語も英語も流暢であるということから、もしかしたら言語や日常生活に関する部分の記憶は失っていないものと思われる。遼二はルナが日本語を覚えているかどうか確かめることにした。
「焔――、冰は日本語が話せるか?」
「ああ。あいつは元々日本人だからな。日本語と広東語、どちらも流暢だ」
 ちなみに英語も流暢とのことだが、今はとにかく日本語である。焔と遼二は互いを見つめてうなずくと、

「冰、ルナ! 宿題はそこまでだ。そろそろ夕飯にしよう」

 日本語でそう話し掛けてみた。



◆19
 すると――思った通りか。
「ふうん、そんじゃ今日はここまでにすっか。続きはまた明日見てやっから」
 ルナはごく当然といったように、冰に向かって日本語でそう話したのだ。
 冰の方はといえば、一瞬キョトンとしながらも言われている内容は分かるので、『ありがとう』と返したのだが――これもまた日本語でそう伝えたのだ。
 その時点でようやくと違和感を覚えたのか、今度はルナの方がキョトンとしながら冰を見つめた。

「何? 日本語も教科にあるのか?」

 今度は広東語に戻ってそう訊いたルナに、
「……えっと、だって今ルナお兄さん、日本語で『続きはまた明日』って言ったから。だから僕、日本語で答えた方がいいのかなって思って」

「あ? 俺、日本語なんてしゃべれね……えけど」

 ルナはそこで初めて自分が日本語を理解していることに気が付いたようだ。
「あ……れ? おっかしいなぁ……。日本語もしゃべれたんだっけ、俺?」
「う、うん……。ルナお兄さん、今もそれ日本語だよ?」
「あれぇ……? マジかよ。もしか俺って天才? なーんてなぁ?」
 まるで天変地異かというような顔付きで頭を掻きながら唖然としている。
「きっとそうだよ! だってルナお兄さん、数学も国語も社会も……全部スラスラ解いてくれるもん! 絶対天才なんだよー」
 冰は本心から感心している様子で、大きな瞳をクリクリと輝かせながら感動の面持ちでいる。そんな冰の側で、ルナもまたつられるようにして笑顔を見せるようになっていった。
「マジ……? やっぱ天才?」
「うんうん! 絶対天才!」
「はは! おめえ、ガキんちょのくせにおだてんの上手えなぁ」
 その仕草、その愛嬌、すべてが紛れもない紫月そのものだった。

 それ以降、無感情だったルナが次第に感情の動きを見せるようになっていった。やはり冰との触れ合いが功を奏したというのだろうか、焔にとっても遼二にとっても幸先の明るい兆しといえた。
 もしかしたらこうして日々を重ねる内にルナが記憶を取り戻すかも知れない――そんな期待に胸が躍る。遼二は思い切ってルナと寝所を共にすることを考え始めるのだった。



Guys 9love

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