極道恋事情

8 狙われた恋人3



◆41
 次の日は陽が高くなるまでベッドの中で微睡み、向かいの部屋の鐘崎らとも合流して遅めのブランチを共にした。
 本当はもっとゆっくりしたいところだったが、今回は予定になかった突然の香港滞在だった為、名残惜しいが午後の便で日本へと戻ることになった。周はむちろんのこと、側近の李と劉まで同行してきていたので、そう長く社を留守にするわけにもいかないからだ。二人は父や兄に見送られながら、鐘崎らと共に香港を後にしたのだった。



◇    ◇    ◇



 汐留へ帰ると、家令の真田がそれはそれは安堵した顔で迎えてくれた。彼もまた、無事に冰を奪還したことは電話で聞いていたものの、実際に元気な姿を確認できて心底ホッとしたようだった。
 邸へ着いたのはもう夜も遅かったが、少しでも夜食をと、周と冰の好物を用意して待っていてくれた。また、冰の方も出国まで慌ただしくはあったものの、空港でいくつか土産を見繕ってくるのを忘れなかったので、そんな気遣いにも真田はいたく感激していた。
 かくして、それぞれの日常が戻ってきたのだった。

 それから週末の連休を挟んで数日が経った後、いつものように出社した冰にうれしい知らせが飛び込んできた。
 先日、拉致された現場を目撃し、いち早く李に知らせてくれたという元受付嬢だった矢部清美にお礼の挨拶をしに行こうとした時だ。
 一応勤務時間中なので、上司でもある李にひと言断りを入れた冰は、うれしい驚きに瞳を見開くこととなった。何と、清美が営業部から受付嬢へと戻ることに決まったと聞かされらからだ。
「彼女、受付嬢に復帰できたんですか?」
 清美を営業部へと飛ばしたのは他ならぬ李だが、今回の機転を買われて受付嬢へ戻すことにしたというのだ。
 そもそも彼女が飛ばされたのは、一番最初に冰が社を訪ねて来た際に非常に失礼な応対をしたのを李に目撃されたからだったわけだが、他所の部署に行って彼女の気構えも変わったのだろう。あの頃と比べると、人間的に一回りも二回りも成長したように思えると李が認めたのだ。
「彼女は確かに気も強いところのある性質ですが、社の顔としての誇りは人一倍高い女性です。物怖じせずに悪いと思ったことに立ち向かう姿勢は認めるところではありますし、少しの間ですが営業部へ行って、あの頃にはなかった柔軟さも芽生えたのかと思われます」
 しっかりと芯を持ちながら、対人面での当たりの良さも備われば、非常に優秀な受付嬢として社を支えてくれることだろうと、今回の復帰に至ったとのことだった。
「そうだったんですか。良かった! 彼女、受付嬢が夢だったって言ってましたから!」
 まるで我が事のように喜ぶ冰の傍らでは、周が少々不思議そうに首を傾げていた。
「なんだ、お前……その受付嬢と親しかったのか?」
 周にしてみれば、二人の接点は最初に社を訪ねて来た時の一度きりと思っていたからだ。



◆42
「あ、ううん。親しいって言っていいのか分からないけど。あの後、偶然社内で彼女に会ってさ。少し話す機会があったんだ。ちょうど白龍が関西に出張に行ってた時だったかな。初めて会った時は悪いことしたって謝ってくれたり、この会社で受付嬢をするのが夢だったってこととかいろいろ話してくれたんだよ」
 その時のことは冰にとっても忘れられない出来事のひとつだった。というのも、当時はまだ周と気持ちを打ち明け合う前で、しかも周に恋人がいるのではないかと勘違いをしていた最中だったので、一人で悶々と妄想を巡らせては落ち込んでいた時期だったからだ。そんな時に偶然彼女と出くわして、いろいろと話せたことがいい気分転換になったのだ。
「ほう? そんなことがあったのか」
「その時は彼女の名前も聞かないままだったんだけど、矢部さんっていうんだね。俺の顔覚えててくれたんだー」
 冰はうれしそうに言うと、早速彼女に会いにロビーへと向かった。
「え? 白龍も来てくれるの?」
 当然のようにして周と、しかも李まで一緒についてエレベーターに乗り込んで来たので、冰は目を丸くしてしまった。
「俺からも改めて礼を言いたいと思ってな」
 何といっても、今回迅速に対応できたのは彼女がすぐに知らせてくれたお陰だからだ。
「私も彼女を営業部に飛ばした張本人ですから。詫びも兼ねて今後もよろしくと伝えたいと思います」
 少し照れ臭そうにしながら李もそう言った。
「そうですか。きっと彼女も喜んでくれると思います!」
 明るく微笑んだ冰を見つめながら、
「まあ、俺はお前の旦那でもあるわけだからな。嫁が世話になった礼を言うのは当然だろう」
 周はニッと不敵な笑みを瞬かせた。
「ん、もう! 白龍ったらさ……ここ、一応社内なんだから……!」
 如何にエレベーターの中に三人きりとはいえ、どこで誰が聞いているか分からないのだからと言いたげな冰を横目に、またしても周は不敵に笑った。
「おお、そうだ。ここは社内だからな。お前こそ白龍じゃなく氷川社長と呼ぶべきじゃねえのか?」
「……あ!」
 そうだったというふうに、慌てて口元を手で押さえた冰に、
「分かればよろしい。な、奥さん?」
 ギュッと肩を抱き寄せては得意げに笑った周に、
「ん、もう! 全然分かってないじゃん!」
 からかわれているだけだと思いつつも、頬を膨らませてプイとソッポを向く。だが、真っ赤に染まった頬の色は隠しようもなく――。
 じゃれ合う二人を眺めながら、温かく平穏な日常が戻ってきたことに心から安堵する李だった。

狙われた恋人 - FIN -



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