極道恋事情

16 チェインジング・ダーリン2



◆21
「冰君! 運転代わるか!?」
「いえ、乗ってください! 鐘崎さんを助けなきゃ!」
「分かった! 頼む!」
 こうしている内にも鐘崎が撃たれたりしたらと思うと今は一秒でも惜しい。荒い運転ながらも冰は森崎を乗せるとそのまま鐘崎の元へ戻るべくユーターンした。
「鐘崎さん、待ってて! 今行きますから――!」



◇    ◇    ◇



 その少し前、犯人たちが老婦人を人質にとって倉庫を出始めた頃のことだ。周と紫月はバイクで飛行場入り口とは反対側のフェンスの外まで来ていた。むろんのこと李と、工具などを積んだ後続部隊の側近たちも一緒である。
「源次郎さんのヘリからの伝言で、配置準備が完了したとのことです。こちらと連携していつでも犯人の離陸阻止に当たれるそうです」
「分かった。狙撃班の方の配置も問題ないな?」
「はい。飛行場を取り囲むように三箇所に配置済みです」
「よし、そのまま待機だ。俺たちは倉庫に入ったバスの状況を確かめたい。ヤツらに気付かれないよう倉庫の裏手へ回って潜入を試みる」
 周がそう言い掛けた時だった。
「氷川! 見ろ。ヤツらが出てきたようだ」
 紫月に言われて倉庫の方を見ると、犯人らしき男たちが次々と機体に向かって走って来る様子が見て取れた。双眼鏡で確認すると、どうやら老婦人を一人連れているようである。
「人質を取りやがったか……。だが、カネのヤツがみすみす見逃すわけはねえんだが……。もしかしたら倉庫の中でも簡単には動きが取れねえ状況なのかも知れん」
「怪我人が出たか、あるいは爆発物などが仕掛けられていて動けずにいるのかも知れませんね。早急に確認に当たります!」
 李が向かおうとした直後だった。倉庫のシャッターが開けられて、人質たちを乗せたバスが飛行場の入り口へと向かって走り出したのだ。周が今一度双眼鏡で確認すると、運転しているのは森崎のようだった。
「カネの姿が見当たらねえ。森崎にバスの人質を避難させ、カネのヤツは拐われた女性の方を助けに出る算段かも知れん。援護に掛かれるよう準備しろ! 狙撃手はいつでも発砲できるように構えて指示を待て」
『了解』
 すると、周の読んだ通り一台のワゴン車が倉庫から猛スピードでこちらに向かって来るのが分かった。
「運転手はやはりカネだな。婦人を助けに来るつもりだろう……ッと! 冰も一緒か」
 おおかた自分も役に立てればと鐘崎を制して乗り込んだのだろうが、周にとっては驚かされる光景に違いない。
「冰のヤツ……カネの言うことを聞かずに無理強いしやがったか――?」
 今のような緊急事態の事件下では、場慣れしていない冰は足手まといになるという以前に鐘崎が進んで危険にさらすわけがないからだ。おそらくはバスで避難しろと言われたのだろうが、冰が自分も一緒に行くと言って押し通したのだろう。とはいえ、周とてその鐘崎の大事な紫月という伴侶と共にどっぷりと只中で闘っているわけだが、道場育ちで体術にも優れている紫月と冰とではワケが違う。



◆22
 だがまあ森崎にバスの方を任せたのなら、老婦人を連れた犯人の集団に単独で突っ込むのは確かに厳しいといえる。微力でも何かの役に立てると思っての冰の判断なのだろう。
「よし、猶予はねえってことだ。俺たちも援護に掛かる! 一之宮、準備はいいか」
「いつでも行ける!」
「犯人たちを拡散するように突っ込んでくれ! 李はこの場から俺たち全員の動きを見て上空の源次郎氏に援護の通信を頼む! 行くぞ!」
「了解!」
 周を乗せた紫月のバイクが勢いよく走り出すと同時に、鐘崎の方ではワゴン車を停めて冰が運転を代わり、人質の婦人を保護して警察の待つ飛行場入り口へと向かったようだった。
「カネは丸腰だ! 犯人が発砲する前に阻止する! 一之宮、頼んだぞ!」
「オッケー! 振り落とされんなよ!」
 鐘崎と犯人の男三人が対戦している現場を目指して紫月が全速力で突っ込んで行く。上空からは源次郎がヘリの高度を落として援護に掛かった。
 上から煽られ、地上ではバイクが猛スピードで向かって来る。焦った犯人が銃を取り出し応戦しようと気が散漫になった時だった。周がその銃を撃ち落とすべく続けざまに発砲する。高速で走るバイクの後部座席からという不安定な状況とは思えない正確さで、犯人たちの構える銃のみを確実に吹っ飛ばす腕前は神業といえた。三人すべての銃を撃ち落としたと同時に、その様子を見て取った鐘崎も相手が丸腰になったことで追い風となり、すぐさま体術で次々と犯人たちをその場に沈めていった。
 ひとまずは制圧できたものの、先に機体へと乗り込んでいた犯人の仲間が今度はライフルのような銃を手に続々と降りて来た。

『狙撃班、犯人の行く手を遮るようにヤツらの足元付近の路面を撃て! 注意を引き付けて老板たちに近寄らせるな!』

 李の合図で三箇所からの狙撃が開始される。
 上空からはヘリの風に煽られ、何処からの攻撃か分からない位置からは銃弾が飛んでくる。犯人たちもさすがに身動きが取れなくなったようだった。
「クソッ! まずはバイクだ! バイクのヤツらと婆さんを逃したクソ野郎を片付けろ!」
 後から降りて来た犯人たちが紫月と周、鐘崎に向かって狙いを定めた時だった。冰の運転するワゴン車が猛スピードで戻って来て、三人の盾になるように停止した。
「鐘崎さんッ! 乗ってください!」
 森崎が後部座席のドアを開けて手を伸ばし、鐘崎を回収する。
「倉庫に爆弾が仕掛けられてる! 吹っ飛ぶまで時間がねえッ! ひとまずここを離れるぞ!」
 鐘崎の怒号で紫月と周のバイクを守るようにワゴン車が後ろをついて走り出す。上空からは源次郎が犯人たちの行く手を塞ぐように機載のマシンガンで威嚇し、バイクとワゴン車が避難する時間を確保、滑走路に銃弾の雨を見舞った。



◆23
 そうして周ら全員が飛行場入り口へと辿り着いたのと入れ替わるように待機していた機動隊が装甲車数台で犯人たちの確保へと向かって行った。また、先にバスの人質と共に避難した森崎からの報告を受けて、警察の爆発物処理班が既に倉庫内へと潜入、ギリギリのところで回収が間に合ったようであった。
「どうやら爆破は免れたようだな。森崎、冰、それに氷川と紫月もよくやってくれた」
 鐘崎がホッと肩を撫で下ろしていると、見知った顔の男が一人、不敵な笑みを携えてこちらへと向かって来るのが分かった。
「あの男、確か……」
 紫月がハッとしたように目を丸くしている。
「鐘崎、ご苦労だったな」
 近付いてきた男がニッと口角を上げて言う。態度はふてぶてしいが、短い言葉ながら彼の本心からの労いが込められたもののようであった。
「あいつは刑事か? お前らの知り合いなのか」
 周が紫月の耳元で囁いている。
「ああ、うん。警視庁捜査一課の刑事で、確か課長かなんかだったと思うけど……」
「捜査一課の課長だと? にしちゃ、えらく若えが……」
 周が驚くのも無理はない。彼は鐘崎らよりも少しばかり年上といった感じだったからだ。
「俺は面と向かって話したことはねえけど、遼とは結構前から顔見知りのはずだ。確か……めちゃくちゃエリートの出で、けど現場にも進んで突っ込んでって陣頭指揮を取るとかで捜査一課長としては珍しいらしいぜ。警視庁の中でも型破りで有名だとかって聞いたな」
「ほう?」
 そんな話をしている傍らで、男は鐘崎に向かって柔和な調子で話し掛けていた。
「今回もまた世話になったな鐘崎。お陰で爆破も止められ、誰一人怪我人も出さずに済んだ」
 男が礼の言葉を口にする一方で、鐘崎の方も苦笑している。
「また現場にしゃしゃり出て来やがったわけか。相変わらず型破りなところは変わらんな」
「まあな。これが俺のやり方だから仕方ねえさ」
「だが、よく何も口出しせずに俺たちの好きにやらせたな?」
 まずは明らかに銃刀法違反で引っ掛かるだろう。如何に離れていたとはいえ、周や源次郎らの銃撃が見えなかったとは思えないからだ。
「ああ。バスの横についた時、窓にお前の姿が見えた。居合わせたのは偶然なんだろうと思ったが、お前があの場にいるなら任せた方が賢明と思ったまでだ」
「は、人使いが荒いのも相変わらずなこった」
「それが俺の長所だからな」
 男は不敵に笑う。
「長所って、お前なぁ」
 鐘崎もやれやれと肩をすくめ、苦笑ながらも楽しそうに相槌を返している。
「実はこの事件を追いながらお前らの組に助力を頼もうかと思っていたんだ。最初はただの事故かと思ったんだが、店に残っていた従業員たちから事情を聞く内に人質事件と分かった。連れ去られたのは客とスタッフを合わせれば四十人を越す大人数だというし、これは大変なことになったと頭を抱えていた。お前の携帯が繋がらなかったんで源次郎氏にかけたんだが、その段階で既にお前らの組が動いてくれていることを知った。正直、あのバスにお前の姿を見た時は天からの授かりものだと光明がさしたくらいだ」



◆24
 鐘崎の組では以前から警察上層部との付き合いも深い。この男もその内の一人というわけだ。
「だが、さすがに鐘崎組だな。俺たち警察よりも早く事態を察して、このバスを追跡する手筈も早急に整えちまった。ヘリは源次郎氏か?」
「ああ。親父はまた海外だからな」
「やはりそうか。これだけの大事件の割には僚一さんの姿が見えないと思っていたが。それに今回の犯人たちの本当の目的の方、臨海倉庫から盗み出された原石も無事に鐘崎組が取り返して実行犯を押さえてくれたというし、お前にはますます頭が上がらなくなったな。二手に分かれて犯行を食い止めてくれた手腕は見事という他ない」
「俺だけの采配じゃねえさ。仲間がいなかったら到底解決には至らなかった」
 そう言った鐘崎に、男はむろん心得ているといったふうにうなずき、周や紫月らへと視線をやった。
「そちらは鐘崎の御令室と――周焔氏だな」
 男はどうやら周のことも知っているふうな口ぶりである。
 周にとっては初対面の上、この男との繋がりなどはない。何故こちらの正体を知っているのかと怪訝そうな周に微苦笑を浮かべると、男は言った。
「香港の周隼の次男坊がこの日本で起業していることくらい情報は持っているさ。これでも一応警視庁なんでな」
 男は笑うと、周や鐘崎ら一同に向かって改めて姿勢を正してみせた。
「警視庁捜査一課課長の丹羽修司だ。今回は本当に世話になった」
 ビシっと背筋を伸ばして敬礼する。
「本来であれば警視庁を挙げての表彰に値する活躍だが、感謝の意を形にして届けられないことを許して欲しい」
 つまりは鐘崎や周らによって事件が解決できたことは世間に伏せられるという意味だった。その代わり、銃刀法違反などの罪にも問わないという暗黙の了解である。
 人質となった人々や鐘崎らの素性を知らない者たちには、解決に当たった鐘崎らは警察関係者であり、偶然にもその場に居合わせたということで通すということらしかった。電光石火の如くの手柄も丹羽ら警察にすべて持っていかれるが、鐘崎や周ら極道の世界にも口出しはしないという意である。
 丹羽修司と名乗った男はすまないという気持ちを伏し目に代えると、今一度ビシッと姿勢を正して感謝の意を表してみせた。
「では鐘崎、いずれまたプライベートでゆっくりやろう。良ければご友人方もご一緒にな」
 クイと盃を傾ける仕草と共に微笑むと、彼を待つ部下たちの元へと戻って行った。
「驚れえたな、日本の警察にもあんなヤツがいたとはな」
 周が珍しくも目を丸くしている。そんな様子に鐘崎もやれやれと苦笑を返した。
「ヤツとは親父の代からの付き合いでな。型破りで変わったところもあるが、悪いヤツじゃねえ」



◆25
「お前とはガキの頃からの知り合いだったのか?」
「元々は親父同士が仕事を通して懇意になったらしいが、俺がヤツを紹介されたのは高校を出てすぐの頃だった」
「ほう? まあ、サツにしちゃなかなかに珍しい柔軟なタイプのようだが。息子が警察関係者だってんならヤツの親父は裏社会の者ってわけじゃなさそうだな」
 鐘崎の父親の素性を知っていて仕事上での付き合いがあるとなれば、それは裏社会の関係者か、そうでなければよほど心の太い特殊な立場の人間だろうと思えるからだ。
「ああ。ヤツの親父さんってのは前警視総監だった人だ。初めて会った時は俺もまだガキだったしな、えらくおっかねえオッサンだと思ったのが第一印象だったな」
「は――、なるほどね。血統書付きってわけか」
 周が呆れたように肩をすくめながら笑う。
「いずれゆっくりと言っていたし、あいつは社交辞令は言わねえヤツだから改めてお前にも顔繋ぎしておくぜ。その際は冰と一緒に付き合ってくれたら嬉しい」
「ああ」
 ニッと口角を上げて周は笑った。
「さてと! それじゃ引き上げるとするか」
 鐘崎が伸びをしながら言うと、遠くの方から人並みを掻き分けるようにして里恵子がやって来た。どうやら劉の車で一人待機していたところ、警察の現場封鎖に引っ掛かってしまい、なかなかこちらに辿り着けなかったようである。
「瑛二! 皆んなも……! 無事だったのね! 良かったわー!」
 劉は安全な場所に車を停めると、里恵子を残して李らのいる現場へと向かってしまった為、一人ハラハラと状況を気に掛けていたというのだ。
「里恵子ママ! ママがバイクを貸してくれたお陰で助かったぜ! 多分……傷とかは付いてねえとは思うんだけど……」
 かなり荒い運転をしてしまった為にタイヤなどが傷んだりしていないかと紫月が心配そうにしている。
「ううん! そんなの全然いいのよー! あなたたちが無事だっただけで、もう何もいらないわ!」
 里恵子は心底ホッとしたように涙目になっている。
「里恵子と森崎には本当に助けられた。お前らがいてくれたお陰で連携もスムーズにいったしな。紫月が貸してもらったバイクのメンテナンスは俺が責任を持ってさせてもらうぜ」
「ああ、カネの言う通りだ。車じゃなくバイクだったからこそできたことも大きい。俺もメンテナンスには是非とも協力させてもらいたい」
 鐘崎と周が二人でうなずき合う。この二人の考えることだ。荒い運転で傷んだタイヤを取り替えるのはもちろんのこと、ヘタをすれば新車を贈るくらいのことはやってのけそうな勢いである。その傍らで、里恵子も森崎も役に立てたことが嬉しいといったふうにはにかみ、互いに微笑み合っていた。



◆26
「でも皆んな、本当にすごかったわね! 劉さんの車の無線でずっとやり取りを聞いていたんだけど、最後の方の狙撃部隊への指示なんかすごく切迫してて心臓が飛び出そうになっちゃったわ! でもこうして無事な姿を見て……さっきまでのことを振り返ったら……なんだかヒーローもののアクション映画でも観ているような気分になっちゃった。本当にカッコ良かったわ、あなたたち!」
 里恵子にベタ褒めにされて、男たちは苦笑ながらも悪い気はしないのか互いに肘で突き合ったりしている。特に紫月と冰はこういった任務に携わるのが初めてだったせいもあってか、照れ臭そうに頬を染めながらも成し遂げた満足感でいっぱいというようにはしゃぎ合っていた。
「里恵子の言う通りだ。皆んな本当によくやってくれた。俺と氷川はまあ当然として、紫月も冰も、それに森崎にも本当に助けられた。お前らの活躍なくしてはこんなにベストな形で解決することはできなかっただろう」
 鐘崎がそう言えば、周も同感だとうなずいた。
「カネと一緒に冰がワゴン車に乗って来たのを見た時は驚いたが、本当によくやってくれた」
「だよなぁ! 氷川ったらさ、冰君を見つけた瞬間に馬力最高潮ってな感じだったもんな! もうさ、あの場の全員ぶっ潰す! ってな勢いで、俺もいい塩梅にケツ叩かれて波に乗れたって感じだったわ」
 紫月にからかわれて、周がバツの悪そうにタジタジと頭を掻いている。
「まあ仕方ねえ。冰は氷川にとって、てめえの命以上に大事な存在だろうからな。お前ら二人がバイクでこっちに向かって来てくれた時の迫力はハンパなかったわ。それに何と言っても射撃の腕だ。普段から頻繁にブッ放してるってわけじゃねえのに、寸分違わず犯人たちの銃だけを狙い撃つんだからな。正直なところあの瞬間には鳥肌が立つ思いだったぜ」
 鐘崎にまでそんな褒められ方をして、ますます参ったというように頭を抱えた周であった。
「まあとにかく無事に片付いてよかった。とんだ休日になっちまったが、まだ陽がある内に片付いてやれやれだな。少し遅いがこれから昼メシでも食いに行くか?」
「そうだな。尽力してくれた皆を労いがてら、ウチの庭でバーベキューってのはどうだ?」
 鐘崎の提案に皆は大喜びだ。どこかホテルのレストランなどで豪華にフルコースもオツだが、こんな騒ぎのあった直後だ。仲間内だけで和気藹々とする方が気が楽というものである。
「臨海倉庫の方に出向いてくれた連中の方でも無事に略奪犯を押さえてくれたというし、オールミッションクリアだ。良ければ森崎と里恵子も一緒にどうだ?」
 彼らは内覧会の後にツーリングに行く予定だったらしいが、鐘崎からの誘いを受けて是非にと感激の面持ちで即快諾に至った。
「よし、じゃあ撤収だ。皆、ご苦労だった」
「バイクはひとまず森崎っちと里恵子ママに返すとして、帰りはどういうメンツで乗ってくんだ?」
 紫月がニヤニヤとしながら訊くと、周がすかさずそれに答えてみせた。



◆27
「俺は冰の助手席に乗ってみてえな。まさか冰があんなにダイナミックな運転をするとは意外だった!」
 俄然興味が湧いてしまったというふうにワクワクとしている。
「い、嫌だな白龍ったら……。さっきは必死っていうか、無我夢中だったからさ」
 モジモジとうつむきながら冰が照れている。
「まあな。乗ってみてえのは山々だが冰にも無理させちまったことだし、今日のところは俺が運転していくか! 冰のスペシャル助手席はまた今度の楽しみとして取っておくことにしよう」
「そんな……スペシャル助手席だなんて。白龍ったら大袈裟なんだからさぁ。俺、言うほど運転が上手いってわけでもないよー」
「いえ、とてもお見事でしたよ! 俺も冰さんの運転に乗せてもらって鐘崎さんたちの元まで行きましたけど、素晴らしいハンドル捌きでした!」
 森崎までが大真面目にそんなことを言う。正直なところ、森崎からすれば冰の印象はおとなしくてやさしい、どちらかというと守ってやらなければならないタイプと思えていたので意外だったようだ。
「森崎の言う通りだな。俺もまさか冰があんなに大胆な運転をするとは驚きだった。如何に緊急時とはいえ、やろうと思っても誰もができるってもんじゃねえ」
 鐘崎もそう褒め称える。
「それを言うなら一之宮のバイク捌きにも驚かされたぜ! カネのところに突っ込んで行った時の走りの正確さは見事だった。あれだけのフルスピードでブレひとつねえ安定感はさすがだったし、俺が銃を構えやすいように絶妙に身体を避けてくれたりな。お陰で狙いを定めるのも楽にできた」
 今度は周が紫月を誉めちぎる。
「あっはは! ンな持ち上げてくれちゃってよぉ。ま、氷川が俺ン腕を信じてケツに乗ってくれたわけだから! 期待を裏切らねえ走りをしなきゃと思ってさぁ」
 紫月が照れながらも肘で周を突っつく。
「ああ。正直なところところを言っちまうと、俺も……それにおそらくはカネもだろうが、冰や一之宮は俺たちが守って当然という目で見てたからな。まさかお前らと共にガッツリ組んで……パートナーとしてこんな事件を解決するなんざ思ってもみなかった。いや、本当に頼れる素晴らしい伴侶だと改めて感激がハンパねえ」
「パートナーと言や、アレだな。よく考えたら今回は俺と氷川の組と遼と冰君サイドで組んだわけだから、本来のパートナーが逆になったってことなんだよなぁ」
 今気が付いたといった調子で紫月がヒューと軽い口笛をさえずってみせる。



◆28
「そういやそうだな。パートナーチェンジ――というか、チェインジングパートナーってところか」
「確かそんな歌があったっけな。洋楽でめちゃくちゃ有名なやつだ」
「あー、それ聴いたことある! ダンスの相手を次々変えていくんだけど、最終的にはアナタの腕の中に帰りたいって曲だろ?」
「だったら今回はチェインジングダーリンって感じですかね? 俺と紫月さんにとっては旦那様をチェンジして事件に立ち向かったっていうことで」
「おお、いいこと言うな冰! まさにチェインジングダーリンだ」
「で、無事に事件が解決したから今度は本来の旦那のもとへ帰るってことだな?」
「つまり……お帰りハニーとなるわけだ」
「お! 座布団一枚、いや……三枚だ!」
「はは! 三枚とは豪勢だな! ってことでマイハニー、いつもの腕の中へ飛び込んで来い!」
 周と鐘崎が両手を広げて嫁たちを抱き締めんと不敵な笑みを見せる。そうされて照れつつも、これだけの大きな事件を乗り越えた直後だ。安堵感も手伝ってか紫月と冰の二人は素直に亭主の腕の中へと抱き付いた。
「ただいまダーリン! なんつってー!」
 紫月はおどけながらもチュッと亭主の額に口付けを落とすサービスぶりで、冰の方は仔犬のように丸まっては大きな腕の中にすっぽりと収まっている。さっきまでのことが夢幻のようにいつもの光景が戻ってきた瞬間だった。
「まあお熱いこと! 眼福だわね!」
 里恵子に囃し立てられてドッと場が湧き、小春日和の陽射しが穏やかな日常を祝福するかのようにやわらかに降り注いだのだった。
「ん! こいつぁ我が嫁たちを労う為にもゆっくりバカンスでも考えにゃいかんな」
 鐘崎がそんなことを口走れば、周もその通りだとうなずき、紫月も冰も途端に目を輝かせた。「うっは! やったな冰君!」
「はい! 楽しみです!」
「よし! それじゃ今年の年末年始は長めのバカンスといくか」
「そうだな。例年通り国内でもいいが、いっそ海外で羽を伸ばすのも悪くねえ。仕事との兼ね合いでどっちか寛げる方にするか。その前にクリスマスパーティーもせにゃいかん。紫月、今年はどんなケーキがいい?」
 下手をすれば急死に一生というくらいの事件に遭った直後というのに、まるで真逆のクリスマスケーキの話を楽しそうにする鐘崎には苦笑させられるところだが、さすが極道の世界で育っただけあってか肝が座っているとでもいおうか。それに対して同じテンションで即乗ってみせる伴侶たちもまた頼もしい姐なのである。それを証拠に紫月も冰も頭の中はすっかりクリスマスモードのようだ。



◆29
「うははー! 最高じゃね? だったらさ、今年のクリスマスはウチでケーキを作るってのはどうだ? 今までずーっと遼がケーキを選んでくれてて、それは超楽しみなんだけどさ。たまには感謝の気持ちを込めて俺らが手作りすんの! 料理の方は板さんがいるから任せるとして、俺と冰君でケーキだけ焼くってのは?」
「わぁ! いいですね! それだったら俺、作りたいケーキがあります!」
 早速に嫁同士で盛り上がっている。
「作りたいケーキってどんなの?」
「えっとですね、ケーキの上に龍の模様をチョコレートとかで描いてみたいかなって。紫月さんの好きな例のケーキのお店に行く度に思ってたんですよ。そんな感じのケーキがあったらいいのになって」
 モジモジと冰が頬を赤らめながら言うと紫月が破顔するほどの笑みを見せた。
「うっは! それって”白龍”じゃん! さすが冰君、愛があふれてんなぁ!」
「い、いえ……そういうわけじゃ……まあ……ないわけじゃ……ないですけど」
 こんなに可愛いことを言われて黙っていられるわけもない。
「冰――お前ってヤツは……毎度のことだがどこまで俺を喜ばせるんだ!」
 周はガラにもなく仔犬のようにウルウルと瞳を輝かせながら、またもや冰を抱き締めてしまった。
「俺は正直その気持ちを聞けただけで感無量だが、お前の手作りなら実際に食ってみてえと思っちまう。今からめちゃくちゃ楽しみだ!」
「白龍……あんまり上手く作れないかも知れないけど、でも心を込めて作るよ!」
「ああ。いい、いい! お前が例の店でそんなことを考えてくれてたってのを知っただけで感無量だ!」
「うっは! ラブラブじゃん! 遼、お前は甘いモン苦手だからケーキ焼いても嬉しくねえかもだけど、見た目だけでも楽しんでもらえるようなの考えるからさ!」
「いや、俺もお前が焼くケーキなら完食する自信はあるぞ」
 すっかりカップル同士で盛り上がっている様子に、森崎も里恵子も肩を寄せ合いながら微笑ましく見つめるのだった。
「ホント、あなたたちって仲良いのよねぇ! 見てるこっちが照れちゃうじゃないの!」
「俺も……正直鐘崎さんや周さんのこんな姿を拝めるなんて思ってなかったっていうか……めちゃくちゃレアで感動してます!」
「そうよね! 普段はこわーい極道とは思えないわ」
 里恵子がチャーミングなウィンクで場を盛り上げる。
「よし、それじゃパーティーの方は今年は汐留でするか! ケーキは冰と一之宮に任せるとして、料理の方は真田が何か考えてくれるだろう」
「うっはぁ! いいねいいね!」
「森崎と里恵子も都合が合えば是非来てくれ。ああ、でも里恵子のところは店でクリスマスパーティーがあるんだっけな?」
「ううん、それならお店のパーティーの日を繰り上げてイブイブあたりにずらすわ! だって周家と鐘崎家のクリスマスパーティーなんて何が何でも参加したいじゃない!」
 里恵子が胸前で手を組んでワクワクと頬を紅潮させる。森崎も同様に『俺もそれまでに仕事を片付けて絶対参加させてもらいたい!』と意気込みをみせた。
 緊迫で始まった一日だったが無事に事件も解決し、それぞれの夫婦間と仲間同士の絆も確固たるものとなった。大団円といえる結果に、朗らかな笑い声に包まれながら帰路に着いた極道たちであった。

チェインジング・ダーリン - FIN -



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