極道恋事情

17 極道たちのクリスマスパーティー



◆1
 年の瀬も近付き、クリスマスイブを明日に控えたその日。鐘崎組の厨房では紫月と冰が朝からケーキ作りに精を出していた。
「材料は昨日冰君と仕入れて来たし準備は万端だ! まずはケーキの土台作りから始めようぜ!」
「はい、よろしくお願いします! 俺はケーキを焼くなんて初めてなので……お世話を掛けてしまうと思いますが」
「ンなの全然! 材料混ぜて焼くだけだし簡単さ! 手前掛かるのはデコレーションの方だな。冰君の方は土台に龍の模様を付けたいんだったよな?」
「はい、そうです。白龍の背中の彫り物と似たような模様にしたいと思ってこれを作ってみました」
 冰は持参してきた袋から大きな型紙を取り出してみせた。
「うっはぁ! すっげ! マジでこれ切り抜いたんか!?」
 冰が広げた型紙には昇龍の形が細部に至るまで一つ一つ丁寧にカットされたものだった。
「最初はチョコレートか何かでケーキの上に描き付けていこうと思ってたんですけど、紫月さんのアイデアで型紙を作ってパウダーシュガーを振り掛けるといいってうかがったので、頑張って切り抜いてみました!」
 そうなのだ。チョコレートで線を描いていくよりも綺麗に仕上がるのではないかと紫月が提案したのは本当なのだが、まさかここまで細かく型紙を切り抜いてくるとは思いもしなかったので、非常に驚かされたというところだった。
「いやぁ……それにしてもすげえ細かさだ。これってケーキの模様ってよりは芸術品じゃねえの! 氷川への大いなる愛を感じるなぁ!」
 紫月が型紙を眺めながら感心しきりである。鐘崎組の厨房を預かる調理師たちも感嘆の溜め息を上げては冰を取り囲んでひとしきり展覧会的なひと時と相成ったのだった。
「――にしても、こんだけ切り抜くの大変だっただろう? すげえ時間掛かったんじゃねえ?」
「ええ。例の事件の後すぐに始めたから二週間くらいかな。社の方の仕事は白龍より俺の方が早く上がれたりするので、部屋に帰ってから毎日ちょっとずつですけど。でも真田さんも毎日見に来てくださってお茶を淹れてくれたり、応援してくださったんで何とか形になってよかったです!」
「ふあぁ……ホントよく頑張ったよなぁ。これ、氷川にはもう見せた?」
「いえ、まだです。ケーキが完成してから見せたいと思って。ケーキ用に白龍の背中の模様を写真に撮らせてもらったんで、俺が何か作ってるんだーってことは知っていたと思いますけど、実物は見せていないので」
 照れたようにして冰がはにかんでいる。その色白の頬に真冬の陽射しが暖かに照らし、彼の陶器のような肌をより一層際立たせていた。
「氷川は幸せ者だなぁ!」
 紫月に言われて更に頬を染め上げた冰であった。
「よっしゃ! そんじゃ、これをいっちゃん生かせるよう土台の方に取り掛かるとするか! でっけえケーキを焼かなくちゃな」
「はい! がんばりますんでよろしくお願いします!」
 組の調理師たちも器具の準備などを手伝って、賑やかなケーキ作りが幕を開けたのだった。



◆2
 その頃、周と鐘崎の二人は例の事件があった宝飾店へと顔を出していた。
 地下の電気室が爆破されてしまったので、開店まではまだ時間が掛かりそうであったが、年明けの再オープンに向けてスタッフたちが準備に忙しくしていた。
 二人が行くと支配人が飛んで出迎えて、先日の礼を述べたのだった。
「鐘崎様、周様、お陰様でお客様方にお怪我を負わせることもなく大事に至らずに済みました。本当に……何と御礼を申し上げてよいか……! ありがとうございました!」
「いえ、既に社長さんからも厚いご挨拶をいただいて、こちらの方が恐縮です」
 鐘崎は穏やかに笑むと、早速に今日出向いた要件を支配人へと告げた。
「それで――例の物が出来上がったとのことでご連絡をいただいたのですが」
「はい、ご助力いただいた上にこのようなたいへん有り難いご注文までいただきまして、それこそ御礼の言葉もございません。本当にありがとうございます」
「こちらこそ急ぎで無理を申し上げて恐縮です」
「とんでもございません! ではどうぞこちらへ。お気に召していただけると良いのですが」
 店奥のプライベートな空間に案内され、支配人が注文の品を開けると鐘崎と周の二人は嬉しそうに表情をほころばせた。
「おお、こいつぁすげえな! いいじゃねえか。冰と一之宮の驚く顔が拝めそうだな」
「ああ。明日あの二人に見せるのが楽しみだ」
 そうなのだ。今頃は鐘崎邸でケーキ作りに精を出している紫月と冰へのクリスマスプレゼントとして、旦那組の二人からもサプライズの贈り物を用意していたというわけである。
 店としても開店早々に災難な事件に遭ったばかりだし、このようにして独自の注文をもらえるのは非常に有り難いわけだろう。支配人に厚く礼を言われながら二人はサプライズプレゼントを手に店を後にしたのだった。

 そして翌日、クリスマスイブのパーティーは汐留の周の邸で行われた。
 夕方の四時頃からスタートということで、周邸では家令の真田を筆頭にシェフやメイドたちが朝から張り切って準備に追われていた。
 クリスマスといえばこれまでは毎年紫月の実家の道場で行うのが恒例だったので、今宵は紫月の父や道場に住み込みで手伝ってくれている綾乃木、鐘崎組からは源次郎、そして先日の約束通りクラブ・フォレストの里恵子ママとその恋人の森崎も呼ばれて賑やかなパーティーと相成った。
 室内の飾り付けは真田がいつも以上に張り切って本物のもみの木を取り寄せ、丸一日掛けてリースなどを飾り付けたらしい。さすがにメインダイニングには入り切らない大きさで、パーティーは一番広い応接室として用意されているボールルームで行われることとなった。



◆3
 まるで披露宴会場のような広々としたルームの真ん中に大きなもみの木が置かれ、その周囲を取り囲むようにクリスマスカラーの布地で彩られた円卓が並ぶ。演舞曲が心地の好いメロディーを奏でる中、高い天井からは幾千ものクリスタルガラスがキラキラと輝くシャンデリアが美しく卓上のカトラリーを照らしている。前菜からメインまで本格的なフレンチのフルコースが振る舞われ、料理のサーバーは黒の執事服をビシッと纏った真田たちが卒なくこなして、まるで夢と御伽の世界の如く豪華な宴に紫月の父や綾乃木などは目を剥いてしまったほどだった。
 大パノラマの窓の外には、暮れるのが早い師走の宵闇が眼下の大都会のネオンを包み込み、宝石箱のように煌めいて非常に美しい。まさに絶景の中で最高の仲間と家族と共に賑やかなクリスマスの食卓に花が咲いていった。
 そうして絶品のフルコース料理に舌鼓した後はいよいよデザートの登場である。昨日、鐘崎邸で紫月と冰が腕によりをかけたクリスマスケーキが大きな銀製の蓋で大切そうに包まれながらワゴンに乗って運ばれてきた。むろんのことワゴンを引いてやって来たのは真田である。
「では皆様、本日のメインでございます。紫月さんと冰さんが心を込めてお作りになられたクリスマスケーキです!」
 その掛け声と共に室内の照明が落とされて、スポットが当てられる。と同時にバックミュージックがクリスマスソングへと切り替わった。
 得意げな仕草で背筋をピンと伸ばした真田が銀の蓋を取ると、中からはチョコレートクリームとブルーベリーの実で飾られたムース仕様という二種類のケーキが華やかなスポットの中に浮かび上がった。
 チョコレートの方は冰である。丸い大きなスポンジ台をチョコ生クリームが覆っているシンプルなもので、それ以外には特に飾りなどはないが、台の上には白いパウダーで繊細な”白龍”の文様が見事に表現されている。冰が約半月ほどかけて毎晩切り抜いた型紙の龍である。
 大きなスポンジの上をうねるように雄々しい龍が舞い踊り、その鱗の部分にはスライスした旬の苺が所々に飾られていて非常に美しいそれは、周の名の焔をイメージして冰が赤い苺を添えたのだそうだ。
 そして、もうひとつは紫月が鐘崎の為にと試行錯誤したブルーベリームースのケーキである。甘いものが苦手な彼を思ってフルーツの酸味を効かせた台の上に生のブルーベリーが飾り付けてある。紫月曰く鐘崎のイメージであるブラックダイヤに見立てたのだという。それらを目にした瞬間、ボールルーム内は感嘆のどよめきに包まれた。



◆4
 その中の誰よりも感激の声を上げたのはむろんのこと周と鐘崎の旦那二人である。
「こいつはすげえ……!」
「ああ、本当にな……! ケーキというより芸術品だ」
 上手い褒め言葉も詰まってしまうくらいに感激の面持ちでじっとケーキを見つめている。
「食っちまうのがもったいねえな」
「同感だ……! 三十年生きてて……嬉しいことも確かにたくさんあったが、こんな感動は体験したことがねえっていうか……な」
「その通りだな。上手く言葉にならんが、とにかく格別な気分だ――!」
 想像以上に感激に浸る二人に、冰も紫月もくすぐったいような笑みを浮かべては、互いの肩を突き合いながら頬を染めている。
「喜んでくれるだろうなぁとは思ってたけどさ、まさか……ンなに感動してくれるとはさ」
「ホントですね! 俺、もっと軽ーいノリで即つまみ食いとかしそうっていう想像してたんで、何だかこっちが感動しちゃいました」
 ケーキを焼いた当人たちにとっても意外なくらいの反応だったようだ。
「ん! そんじゃ遼たちも感激してくれたことだし、早速食うか! 見た目もがんばったが、味の方もなかなかイケてると思うぜ!」
「ですよね! やっぱり味も肝心ですから」
 紫月と冰が切り分けようとナイフを手にすると、周と鐘崎が慌てたようにして割って入った。
「おわー! ちょい待った!」
「切る前に写真だ、写真!」
 こんなに素晴らしい芸術的なケーキだ。贔屓目を差し引いても本心からこのまま食べずに飾っておきたいと思ってしまうくらいのものを写真にだけでも残しておきたいのは男心である。
「俺はこれを待ち受けにするぞ! 香港の家族にも見せて自慢するんだ」
「待ち受けとはいいアイディアだな。俺もそうしよう! となると、角度が重要だな。接写でこのブルーベリーの部分を浮き上がらせてえな」
 周と鐘崎はケーキの周りで様々な角度から何枚もシャッターを切っては、子供のようにはしゃいでいる。長身で立派なナリとは裏腹に、まるで少年に戻ったかのような二人の様子に、真田をはじめ紫月の父親や綾乃木など周囲の大人たちは微笑ましく見つめるのだった。
「よーし、そんじゃ皆んなで記念撮影といくか!」
 ケーキ本体をしっかり写真に収めた後は全員でケーキを取り囲んでの記念撮影である。
「だったらクリスマスツリーのところで撮るべ!」
 紫月が皆を誘導して、真田ご自慢の本物のもみの木のツリーの下で賑やかな撮影大会と相成った。
「よし、それじゃ食おうぜ! 昨日スポンジの味見はしたけどちゃんとクリーム乗せたのは食ってねえからさぁ」
 紫月が再びナイフとフォークを手にしたその時だった。
「紫月、待て。入刀は一緒にやらねえと!」
 鐘崎が待ったをかけると、周も冰の肩を抱きながらそれぞれのケーキの前に立ち、愛しい伴侶の手に大きな掌を重ねた。
「まあ素敵! ウェディングケーキの入刀みたいだわ!」
 里恵子が胸前で手を組んで羨ましそうに頬を紅潮させる。
「ええ、そうなんでございます。数年前に鐘崎の坊ちゃまが始めて以来、クリスマスケーキを切り分ける際は夫婦で入刀するのが恒例となっておりましてな」
 真田が経緯を説明する。
「まあ、そうでしたの! 素敵な伝統だわ!」
 はしゃぐ里恵子を横目に、
「俺たちもなるべく早く本番を迎えてえな」
 森崎がそっと抱き寄せながら甘やかに耳打ったのだった。



◆5
 そうして皆に見守られる中、入刀よろしくケーキが切り分けられると、真田が手際良く皿へと盛り付けゲストたちに配っていく。二種類のケーキが乗った皿が全員に行き渡った頃、周と鐘崎がテーブルの下から華やかな包装紙に包まれたプレゼントを取り出して冰と紫月の前へと差し出した。
「おわ! 何なに? もしかサプライズってやつ?」
「綺麗な包みー! これ、俺たちに?」
 予期せぬギフトに紫月と冰は表情をほころばせる。
「これはケーキの礼だ」
「開けてみろ」
 二人それぞれにクイと顎でしゃくって包みを指されて、嫁たちは早速にリボンを解いた。
「うへぇ……! 何これ! すげえ……」
「お皿……? ですよね?」
 紫月と冰が手にしたギフトと互いの顔を見つめ合いながら目を丸くしている。それもそのはずだ。二人が開けた包みの中からは黄金と白金色に輝くケーキ用の皿が一枚ずつ出てきたからだ。
 皿の端にはクリスマスベルとヒイラギの葉の彫金が施されていて、中央には森の中に二頭のトナカイが睦まじく佇んでいるという風景が微細なタッチで彫り込まれている。そのトナカイの首の部分には、それぞれ一際輝く二色の宝石が施されており、紫月も冰もしばし絶句といったようにポカンと大口を開けたまま立ち尽くしてしまったほどだった。
「俺ンは黒と紫のクリスタル……? つか、まさか本物の宝石……だったりして」
「こっちは赤と透明だ……」
「……ってことは、マジでまさかと思うけどこれ……」
「紫月のはブラックダイヤとアメジストだ」
「冰のはガーネットとダイヤモンド」
 つまり、それぞれのカップルの名やイメージにちなんでの宝石というわけだ。
「ええーッ……!? マジでこれ、本物の宝石なのか? でもって……この皿の重さ! それこそまさかと思うけど、これって……」
「純金製だ。紫月のやつは見たままの金色だが――」
「冰のは色味を変えてもらってな。ホワイトゴールドというやつだそうだ」
 鐘崎と周がごく当たり前のようにサラリとそう言えば、紫月も冰も面食らったようにして瞳をパチパチとさせてしまった。
「じゅ、純金の皿って……」
 しかもダイヤだのアメジストだのと言っているが、当然の如く宝石までが本物というわけだろう。想像もしていなかったサプライズプレゼントに、喜ぶよりも先にいったい幾らくらいしたのだろうと邪な想像が湧いてしまいそうだ。
 あんぐり顔のまま瞬きさえ忘れたといった調子でいる嫁たちに、鐘崎と周の旦那衆も満足げでいる。二人して喜ぶ顔が見たいと思ってはいたが、まさかこんなに驚いてくれるとは贈った甲斐があるというものだ。
「いわゆるクリスマスプレートというやつだ」
「例の宝飾店の支配人がな、無理を聞いてくれて今日のパーティーに間に合わせてくれたんだ」



◆6
「はぁ……すっげえ。つか、凄すぎて現実感が湧かねえ……」
「……ですよね……クリスマスプレートっていうのは聞いたことあるけど、何だか中世の貴族が使っていそうな感じ……」
 未だ唖然状態の嫁たちに旦那衆二人からはもっと驚くような台詞が飛び出した。
「これを毎年一枚ずつ増やしていければと思ってな」
「いつかこいつが何枚も何十枚も揃ったところが見られるよう、それまで健康でお前らと睦まじく暮らせるようにという……いわば俺たちにとっての願いと糧を込めてな」
 あまりにも嬉しいことを聞かされて、紫月も冰も例えようのない感激に思わず目頭が熱くなってしまいそうだという表情で微笑んだ。
「えっとさ……その、サンキュな、遼! このプレートがたっくさん揃うように、それまでずっとお前ン側に置いてもらえるよう俺も頑張るぜ」
「俺もです! ずっと健康で白龍と、そして皆さんと末永く一緒に過ごせるよう精進します……!」
 それこそもっと軽いノリではしゃぎながら喜ぶだろうと思っていた旦那二人は、思いもかけなかった真剣な嫁たちの言葉を聞いてジワジワと胸に熱い感激が込み上げてしまったようだ。
 鐘崎は紫月を抱き寄せてコツンと額を合わせ、周は冰の髪をクシャクシャっと撫でては愛しさのままにそこはかとなくやさしい眼差しで互いの伴侶を見つめるのだった。
「それじゃお待ちかねのケーキをいただくとするか! その前に森崎と里恵子にも俺たちからクリスマスプレゼントだ」
 鐘崎と周がまた別の包みを取り出して里恵子らへと差し出した。
「まあ! アタシたちにまで? 何かしら?」
 里恵子が包みを解くと、小さな箱の中からはやはりゴールドに輝くペアのキーリングが出てきた。しかも彼らが乗っているバイクを模ったものだ。
「まあ……! これ、アタシと瑛二の……!」
「お前さん方にはこの前の事件の時に散々世話になったからな」
「気持ちばかりだが受け取ってくれたら嬉しい」
「鐘崎さん、周さん……本当に……こんなにまでお気に掛けていただけて……恐縮なのはもちろんですが、たいへん感激です!」
 森崎が九十度に腰を曲げて深々と礼を述べれば、里恵子も思わず潤みそうになった瞳をハンカチで覆いながら、とびきりの笑顔で感激に胸を震わせた。
「瑛二の言う通りだわ……。何より嬉しい宝物を戴いちゃって……! ありがとう遼二、周さん! 大切にするわ!」
「俺も一日も早く里恵子と一緒になれるよう精進して、そうしたら二人の家宝にして一生大事に致します!」
 裏の世界でいえば森崎にとって鐘崎や周は雲の上と崇めるような憧れの存在でもある。そんな彼らが自分たちの好きなバイクを模ったサプライズプレゼントを贈ってくれたのだ。感激もひとしおなのは言うまでもないが、ただのプレゼントではなくこうして趣味まで加味してくれた気持ちがなによりも嬉しく思えるのだった。



◆7
「よし! それじゃケーキだ!」
「メリークリスマス!」
 一斉の掛け声と共にコーヒーや紅茶が振る舞われ、極上のスイーツタイムとなった。
「しかし――この見事な龍の模様を腹に入れちまうのは勿体ねえな」
 周がなかなか手を付けられないまま、しきじきとケーキの紋様を眺めている。
「そんなこと言わずに食べてみてよ。味の方は紫月さんと鐘崎さんちのシェフさんたちにご指導いただきながら作ったから、折り紙付きで美味しいと思うんだぁ」
 冰が感想を待ち兼ねた顔付きでぴったりと脇に張り付いている。少し上目遣いの可愛らしい仕草が堪らずに愛しく思えて、周は思い切ってフォークを入れ、口に含んだ。
「美味い!」
「ホント? 良かったー!」
「お前もほら!」
 周が自分のフォークでもう一切れをすくい、冰の口元へと持っていく。まるで親鳥から餌をもらうようにパクっと口に含んだ仕草もこの上なく可愛らしくて、周はそんな伴侶を見ているだけで飽きないようだった。
「そうだ、お前が作ってくれた型紙を額に入れて飾ろう! そうすればずっと取っておけるし毎日見られるじゃねえか」
 いいことを思い付いたとばかりに周が瞳を輝かせる。
「ええー、額だなんてそんな……! それこそ勿体ない話だよ……! 恐縮しちゃう」
 冰は照れ臭そうにモジモジとしているが、そうまでして取っておきたいという周の気持ちは素直に嬉しかったようだ。側で話を聞いていた真田が『では早速明日にでも手配致しましょう』と言って頼もしげにウィンクを飛ばす。彼のこういった茶目っ気のあるところが冰は本当に好きで、嬉しく幸せに思うのだった。
 一方、鐘崎の方も普段は苦手なケーキだが、愛する紫月の手作りとあっては格別なようだ。
「美味いぜ、紫月! これならいくらでも入りそうだ。ケーキってのはこんなに美味いモンだったのか……」
 言葉だけではなく本当に箸が進んでいる様子に、紫月も嬉しそうだ。
「甘いの苦手なお前用にさ、今回は砂糖よりも果実の方の風味を強くしたんだ。気に入ってもらえて良かった! あ、けど……無理はすんなよ! 一口だけでも雰囲気だけでも味わってもらえりゃ、俺はそんだけで大満足だからさ!」
 まったくもって可愛いことを言ってくれる嫁である。
「無理なんざしてねえ。本当に美味い! 冗談抜きで俺もケーキが好物になりそうだ」
「はは! マジ?」
「ああ、大マジだ!」
 言葉通りにペロリと平らげてしまい、おかわりのケーキをもう一切れ皿に盛った鐘崎に、現金なヤツだといった調子で周からもヒューと冷やかしの口笛が飛ぶ。
 そうしてスイーツを楽しんだ後はカップル同士でのチークダンスなども始まって、愛と笑顔にあふれたクリスマスの夜は賑やかに更けていったのだった。



◇    ◇    ◇






◆8
 その夜のことだ。
 風呂から上がった周は、リビングにもベッドにも冰の姿が見えないことを怪訝に思い、ダイニングや冰自身の部屋まで捜して歩くこととなった。
 ふとドアの隙間から向かいのボールルームの灯りが漏れていることに気付き、そっと覗きに行くと、大きなもみの木を見上げるようにして冰が佇んでいた。
「ここにいたのか。部屋にいねえから心配したぞ」
「白龍! ごめんね。明日にはもうこの飾りを片付けちゃうんだと思ったらさ、もうちょっと見ておきたくて」
「それもいいが湯冷めしねえようにしろよ」
 周は羽織っていたガウンを脱ぐと、自分よりも一回り華奢な冰の肩へとそれをかけた。
「あったかい……! ありがとうね、白龍。あ……! でもこれじゃ白龍が風邪引いちゃう」
「俺は頑丈にできてるから心配はいらねえさ」
 クスッと笑みながらクシャクシャっと髪を撫でられて、冰は湯上がりの頬をポッと朱に染めた。さりげなく当たり前のようにいつもこうして気遣ってくれる。そんな亭主に心がキュンと摘まれる。冰は改めて今こうして彼と共にいられる幸せを噛み締めるのだった。
「楽しかったね、今日のパーティー。そういえばさ、初めて紫月さんと鐘崎さんに会ったのも去年のクリスマスの頃だったんだよね。真田さんがダイニングの方にツリーを飾ってくれて、皆んなでディナーを食べたのをよく覚えてる」
 だからよけいに今年もこうしてツリーをもう少し眺めていたい、冰の横顔からはそんな思いが滲み出ているようだった。
「そういやそうだったな。あれからもう一年か」
「うん。俺が一人で白龍に会いに来て、一緒に住まわせてもらうようになってから一年ちょっと。早かったなぁ。何だか昨日のことみたい」
「そうだな。思い返してみるといろんなことがあったからな。お前や一之宮が拉致られたりして危ねえ目にも遭わせちまったし、逆に俺とカネがピンチに陥ったりな。濃い一年だったが、俺にとってはお前がここを訪ねてくれた日のことは忘れられねえ思い出だ」
 周はそう言いながら、ここ日本で起業することを決め、まだ幼かった冰を置いて香港を離れる日のことを思い浮かべていた。
「あれから八年、いやもう九年になるのか」
 ポツリと呟かれた言葉に冰が首を傾げる。
「九年?」
「ん? ああ、俺が日本に来てからってことだ」
「そっか! 白龍が会社を立ち上げてからもうそんなになるんだね。ってことは来年で十周年だ!」
「そう考えると時の経つのは早えって思うな」
「十周年になったらお祝いしなきゃ!」
 ワクワクと瞳を輝かせる冰を見つめながら、周はまったく違うことを思い浮かべていたわけか、愛しそうに冰の肩を抱き寄せながら微笑んだ。



◆9
「――デカくなったな」
「だよね! 今から十年前っていうと、その頃の白龍は今の俺とほぼ同じくらいの歳だったんだもんね? 一人で一から立ち上げてこんなに大きな会社にしたんだもん! 本当にすごいよ」
 嬉しいことを言ってくれる冰には悪いが、周としては彼の言うような意味で言ったわけではなく、クスっと笑みを誘われてしまった。
「俺が言ったのはお前のことだ」
「え……? 俺?」
「確かに社もデカくなったには違いねえが、そうじゃなくてあの頃――まだガキだったお前が立派な青年になったと言ったんだ」
「白龍……」
「お前は知らねえだろうが、俺は香港を離れる前の日に黄のじいさんとお前が住んでいたアパートを訪ねたんだ。日本に来ちまったらそうそう会うことも叶わなくなると思ってな」
 あの日の少し切ない思いは、周にとって忘れられない記憶のひとつなのだ。確かにあの頃は冰に対して今のような恋愛感情があったかどうかは定かでない。ただ、幼い彼を置いて遠い地に向かうことがひどく切なかったことだけは強烈に印象に残っているのだ。
「できることなら香港を離れたくはねえ。何もわざわざ遠い異国に行かずとも、お前や黄のじいさんのいる香港の地で起業すりゃいいじゃねえかと何度自問自答したか知れねえ。だが、それじゃ自分を甘やかしちまうことになる。男としてそれじゃいけねえと気持ちを奮い立たせて香港を後にしたあの日の気持ちは未だに忘れられねえと思ってな」
 ゆるりと愛しげに冰の髪を漉きながら瞳を細める。
「白龍……」
「だがそれから八年経ってお前から俺を訪ねてくれた。言葉では言い表せねえくらい嬉しかった。心が躍るという言葉があるが、まさにそんな気分だったなと思ってな。それから一年、こうしてお前と共にいられることが夢のようだ」
 冰がツリーを眺めながら一年前のクリスマスのことを思い返して感慨に耽っていたように、周もまた、二人が出会ってからのことを走馬灯のように思い巡らせていたのだ。共に同じことを考え、同じように互いを想い、今の幸せを噛み締めているのだと知って、冰は思わず熱くなってしまった目頭を押さえた。
「白龍……俺、俺知ってる。白龍があの日、じいちゃんのアパートを訪ねてくれたこと。学校から帰って来てすぐにじいちゃんから聞いたんだ。漆黒のお兄さんが会いに来てくれたんだぞって。すぐにアパートの下まで降りて追い掛けたけど、その時はもう白龍はいなくなっててさ……。一目でいいから会いたかったって思って……すごく寂しくて……苦しくなったのをよく覚えてるよ」



◆10
「冰……お前……」
「そっか。あの時、白龍もそんなふうに思っててくれたんだね」
 堪え切れずにポロリと頬を伝わった涙がツリーを彩るイルミネーションに照らされて、宝石のようにこぼれて落ちた。それをそっと指で拭ってやりながら、周もまたあふれる愛しさのまま自らの腕の中に華奢な身体を引き寄せた。
「二度と……もう二度とそんな淋しい思いはさせやしねえ。ずっと……死ぬまでずっと離しゃしねえ! 俺の側にいろよ、冰……!」
「ん、うん! ずっと……ずっと一緒にいたい! もう絶対……離さないで……」
「ああ。ああ、約束する。神かけて誓うぜ」
「白龍……!」
 冰はほんのりと湯上がりの香りが漂う大きな胸に抱き締められながら、ふと思い出したように瞳を瞬かせた。
「そうだ! 俺、白龍に渡したいものがあるんだった!」
「渡したいものだ?」
 急に慌ただしげに腕の中でモゾモゾ動く冰を見つめながら、周は首を傾げた。
「部屋へ戻ろう、白龍! ちょっと待ってて!」
 冰は自室へと向かうと、しばらくしてパタパタとスリッパの音を立てながら戻って来た。その手には華やかな包装紙が目を引く箱を抱えている。一目でクリスマス用のギフトだと分かるような代物だった。
「あのね、これ……。何にしようかすごく迷ったんだけどさ。白龍、何でも持ってるからこんなのでいいのかなとも思ったんだけど。俺からのクリスマスプレゼント」
 遠慮がちに頬を染めながら包みを差し出してみせた。
「俺に――か?」
 思いもかけなかったサプライズに、周はひどく驚いたのだろう。普段は鋭い眼光をまん丸に見開きながら唖然としている。
「そ、そんなに大したものじゃないんだ。ただ、先月の白龍の誕生日もちゃんとお祝いできなかったし、本当に気持ちばかりなんだけど……」
 そうなのだ。ちょうど誕生日の頃は鉱山の視察に出掛けていて、たいへんな拉致事件に遭った頃である。忙しない中で祝い事どころではない内に過ぎてしまい、冰としては気になっていたわけだ。
 周はそれこそ言い表しようのないような感激の面持ちで、プレゼントの包みをじっと見つめてしまった。
「開けてもいいか?」
「うん、もちろん。でもあんまり期待しないでね……」
「あんなすげえケーキや型紙を作ってくれた他にも――こんな気を遣いやがって」
 そう言いながらも声がわずか感激に震えている。丁寧にリボンを解き、包装紙を破らないように広げると、中からは渋い色合いのマフラーが出てきて思わず瞳を見開いた。
「すげえ手触りがいいな。カシミアか」
「う、うん……そうだって。お店の人がそう言ってた。薄めだけど首に当てると暖かいんですよって」



◆11
 黒をベースに深い焦げ茶色の糸で端の方にだけ幾何学模様が織り込まれており、裾には長めのフリンジが美しい。
「白龍は移動は殆ど車だからさ、コートはそれこそすごくカッコイイのを持ってるし……。そういえばあんまりマフラーしてるのを見たことがないなって思ったんだ。車から降りてちょっとだけ外を歩く時とかにいいかなって」
 そうなのだ。訪問先の企業などで駐車場から建物内までの短い区間を歩く時など、コートを羽織るまでもないかなという場合にいいのではないかと思ったわけだ。
 周は早速首に巻き付けると、『どうだ?』と言って嬉しそうに口角を上げてみせた。
 一見にしてどこのブランドのものと分かるロゴのような模様は入っていないが、生地の風合いなどから高級感と品の良さは一目で分かるようなタイプのものである。マフラーそのものももちろん気に入ったが、使うシチュエーションや機能、それに見た目など、いろいろなことを考えながら選んでくれた冰の気持ちを思えば、周にとってそれは何よりも嬉しいものだった。
「うん……! やっぱり白龍は何でも似合うね! 元がカッコイイから当たり前か」
 冰が嬉しそうにそんな感想を言う。
「本当にすげえあったけえぞ! 今ちょっと首に巻いただけなのに、室温が上がったのかってくらいだ」
「うん、何かそうみたいね。店員さんがさ、襟元に一枚あるとないのじゃ感じる寒さが全然違うんですよって言ってた」
「なるほどな。首をあっためるだけでこんなに違うものか。それに何と言っても肌触りが抜群だ! 軽いしあったけえし、それにデザインも言うことなしだ」
「ホント?」
「ああ、本当のホントだ!」
「良かったー! 最初ね、白龍だから名前にちなんで白か――それとも”焔”のイメージのワイン色でもいいかなって思ってたんだけど、俺にとって白龍は一番最初に会った時の印象が強くてさ。”漆黒の人”にはやっぱり黒かなって」
 そうだ。初めて出会ったその時、幼い冰が周に抱いた印象を黄老人が”まさに漆黒が似合うお人だ”と教えたというエピソードである。今でもその頃の思いを大切に覚えていてくれる愛しき伴侶に、周はこれ以上ないというくらい瞳を細めては感激の気持ちを噛み締めたのだった。
「ありがとうな、冰――。一生大事に使わせてもらう」
「そんな……一生だなんて……古くなったらいつでも交換していいよ」
「いいや、一生だ! こういうものは大事に使えば一生もつものだからな。こんなに嬉しいことはねえ」
「白龍ったらさ、大袈裟なんだから」
「大袈裟でも何でもねえさ。なんて言ったってお前が俺の為に選んでくれたんだから、その気持ちだけでも感無量だ」



◆12
 周の嬉しそうな表情からは、言葉だけではなく本当に喜んでくれているのがよくよく伝わってくるようだ。そんな彼に、冰もまた幸せな気持ちに包まれるのだった。
「よし、冰――。こいつの礼も込めてお前には”愛”を贈らなきゃな?」
 周はニッと悪戯そうに瞳を瞬かせると、ちらりとベッドの方を視線で示してみせた。つまり、もう抱きたいという意味だ。
「ん、うん……! いっぱい愛をもらわなきゃね?」
 照れながらも素直に”貴男が欲しい”という意に変えてペロリと小さくて赤い舌を出す。そんな”嫁”を心の底から愛しく思う周であった。



◇    ◇    ◇



 一方、鐘崎と紫月の二人もまた、同じように夫婦水入らずのクリスマスの夜を共にしていた。
「お! もうちょいで零時を回るな。クリスマス本チャンだ! ってことで遼、これ貰って!」
 紫月がソファの裏にこっそりと忍ばせていた包みを差し出してみせる。
「何だ。まさか俺にか?」
「ん! お前がくれたプレートからしたら月とスッポンだけどさぁ、俺からの日頃の感謝の気持ち!」
「開けていいか?」
「もち! 似合うと思うぜ?」
 鐘崎は驚きながらも渡された包みをじっと見つめている。黒地をベースにして玉虫色に輝くラッピングペーパーがブラックダイヤを連想させるようだ。リボンの色はむろんのこと紫で、包みにまで二人のことを連想して選んでくれたのが一目で分かるものだった。
「解いちまうのが勿体ねえな……」
「何言って! 包みなんか解くもんなんだからよぉ」
「だがこいつは俺とお前をイメージしてくれたものだろうが」
「あ、分かった?」
「当たり前だ」
 紫月は照れ臭そうにしながらも、二人の色合いで選んだラッピングに気付いてくれたことを嬉しそうにしている。
「じゃ、破らねえように開けねえと!」
 丁寧にシールを剥がし、言葉通り破かないように包みを開ける仕草を、紫月は愛しそうに見つめていた。
「おお、こいつはすげえ! 名刺入れだな」
 小さな箱の中から出てきたのは黒い革が滑らかな名刺入れだった。
「今使ってるのがだいぶくたびれてきたって、ちょっと前にそんなこと言ってたのを思い出してさ」
「そうか。そういや替え時だと思っていたが、こういうのはつい後回しになっちまって自分じゃなかなか買いに行く機会がなくてな。いや、まさに絶好のプレゼントだぜ!」
「痒いところに手が届くって感じだろ? さすが俺! なんちって」
 紫月が自慢する素振りで胸を張ってみせる。そんな仕草が堪らなく愛しくて、鐘崎は珍しくも破顔するほどクシャクシャな笑顔で紫月を抱き締めてしまった。



◆13
「お前……ここんところいろいろあって忙しかったってのに……こんなことまで覚えていてくれたんだな。その気持ちだけでも感無量だが、革もやわらかくて手に馴染む。そのくせ傷もつきにくそうで最高だ!」
「気に入った?」
「ああ。ああ……! もちろんだ! 肌身離さず大事に使わせてもらうぜ」
「あっはは! 肌身離さずとは大袈裟なんだからよぉ。けど喜んでもらえてよかった。なんせ亭主の持ち物っていえば嫁のセンスの見せ所じゃね?」
 軽口で照れ隠ししつつも気に入ってもらえたことが嬉しいと顔に書いてある。鐘崎はコツリと額と額を合わせると、グイと頭を抱き寄せて今度は唇を重ねた。
「ありがとうな。大事にする。それにこの包みも記念に部屋に飾っておこう!」
 鐘崎はラッピングを元の形に戻すと、名刺入れと並べては嬉しそうにそれを眺めるのだった。
「さてと! こんな嬉しいプレゼントを貰っちまったことだし、俺も何か返さなきゃな?」
 鐘崎の瞳が明らかに企みを含んで悪戯そうに弧を描いている。すぐに何を返そうとしているのかが分かってしまった紫月は、嬉々として亭主の鼻の頭をコツンと指で突いた。
「このエロ亭主!」
「ふ、今夜はとびきりエロいことしてやる」
「出たよ猛獣!」
「嬉しいだろ?」
「あー、いや、その……まぁ……」
 照れて視線を泳がせる仕草ごと奪うように抱き寄せて、とびきり濃厚な口付けを見舞った。
「メリークリスマス紫月。一生猛獣でいてやるから安心しろ」
「や、フツーの獣でも有り余るっつか……充分ですから!」
「そう遠慮することはねえ。こういうことは濃い方が有り難みがあるってもんだろ?」
「や、有り難みっつか、濃過ぎるのもちょっと……」
「照れるな」
「て、照れてねええええ……!」
 既に押し倒され馬乗りになられて、紫月はますます頬を紅潮させた。
 外は真冬の北風が時折カタカタと窓ガラスに吹き付けていく。凍えるような寒さとは裏腹に、これから紡がれる激しいひと時を想像すると身体の芯からじわじわと熱いものが込み上げるようだ。鐘崎の言葉通りの濃く滾った熱情を心ゆくまで迸らせ合う二人だった。



◇    ◇    ◇



 その三日後、周の社にとっても鐘崎組にとっても一年の仕事納めの日である。街が年末年始の賑わいに湧く中、それぞれ午前中で仕事を切り上げると、午後からは正月飾りの門松や餅花を抱えて鐘崎と紫月が汐留へとやって来た。
 香港育ちの冰には二度目となる日本での正月である。
「うわぁ、すごい立派なお飾りだー! 去年とはまたちょっと違う感じ」
 思えば昨年の暮れのこの時期に初めて本物の門松などを見たことを思い出し、感慨深い思いが蘇る。
「門松の本体は一緒だけどさ、飾りの水引きやなんかを毎年ちょっとずつ変えてるんだ。今年は去年の紅白に墨色と紫も入れてみたんだぜ!」
 社の玄関前で鐘崎組の若い衆たちと共に大きな門松を下ろしながら、紫月が得意げにウィンクを飛ばす。
「わぁ! それってもしかして俺と白龍の色に今年は鐘崎さんと紫月さんのイメージカラーも加えてくださったってことですね?」
 冰がワクワクとしながら瞳を輝かせる。



◆14
「当ったりー! 俺ら四人の色を一緒に飾ったら縁起がいいんじゃねえかと思ってさ。勝手にデザイン考えさせてもらった! ウチの組の玄関にも同じのを飾ったんだぜ」
「わぁ! 素敵ですね! 紫月さんたちのお宅の方のも見てみたいです!」
「ん! 是非見に来てくれよ! 松の内の間はずっと飾ってあっから」
「はい、是非! 楽しみだなぁ」
 嫁二人が盛り上がっていると、旦那組の周と鐘崎が揃ってやって来た。
「紫月、そっちは若い衆に任せてちょっとこっちを手伝ってくれ」
「冰も来い。いいものを見せてやるぞ」
 手招きされて、紫月と冰は期待顔で亭主たちの元へと駆けて行った。連れて行かれたのはツインタワーの間に位置する広大な中庭である。
「真田がクリスマスツリー用に取り寄せた例のもみの木をな、社の中庭に植樹することにしたんだ」
 周からそう聞かされて、冰は大感激といったように飛び跳ねて喜んだ。
「ホント? じゃあこれからは毎日あの木が見られるんだね!」
「お前が名残惜しそうにしてただろ?」
 そうなのだ。クリスマスパーティーの夜、冰が一人部屋を抜け出してこのツリーを見上げていたのが印象に残っていたのだろう。
「俺の為……?」
「ああ。もちろんそれが第一だが、ウチ用にはもう一つ別のツリーもあることだし、こっちのでけえ木はしっかり手入れして、来年は社の皆んなで楽しめるようにすりゃいいと思ってな」
「わぁ、それ最高! ここなら社の皆んなが見られるし、春とか秋にはこの木の下でお昼ご飯食べたりもできそうだよね」
 ランチタイムには近隣のカフェやレストランに出向く者もいるが、弁当持参で来る社員たちも多い。そんな彼らにとっても憩いの場になったらいいと冰が嬉しそうに話す。
「それじゃベンチやテーブルなんかも置いて、ちょっとした青空カフェみてえにするか。社食から中庭にも出られるし、外でも食えるようにすれば皆の気分転換にもなるだろう」
「それはすごいね! 社員さんたちもきっと喜んでくださるね!」
 周にとってはこんなふうに社員たちのことを気遣って、まるで我が事のように喜ぶ冰の笑顔が何よりも眩しく思えるのだった。
「来年も再来年も……そのまた来年も、ずっとずっとこの木が少しずつ大きくなっていくのを見ていたいな」
 植樹の様子を見上げながらそう呟く冰の脳裏には、きっと周と二人で見守っていきたいという想いが込められているのだろう。紅潮する彼の頬と穏やかで幸せそうな笑みがそう物語っている。
「俺の側で、ずっと――な?」
「あ、分かった?」
「お前の考えてることは俺の思いと一緒だからな」
「うん! うん、そうだね!」
 まるで『白龍大好き!』と言わんばかりに何度もうなずいて頬を染める仕草が本当に可愛らしかった。
 そんな二人を側で見守る鐘崎と紫月もまた幸せそうに肩を並べている。年の瀬の午後の陽射しがそんなカップルたちをやわらかに包み込んだのだった。

極道たちのクリスマスパーティー - FIN -



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