極道恋事情

24 謀反4



◆61
「白龍ー、お風呂先行っててー。着替えを用意したら俺もすぐ行くー」
 冰がのんびりとした口調ながら、相変わらずに甲斐甲斐しく世話を焼いている。今夜からはまた二人一緒に周の部屋での生活に戻ったわけだ。風呂も一緒、寝るのも一緒――当たり前の日常がこれほど嬉しく思えたことはない。つい先日までは戸籍を確かめるべきかなどと悩んでいたのが遠い昔のことのようだ。湯を浴びながら、周は戻ってきた幸せをしみじみと感じるのだった。
 身体を洗っていると冰が支度を終えて入ってきた。
「ちょうど良かった。背中流すねー」
 手にしていたウォッシャブルタオルをヒョイと取り上げて、せっせと背中を洗ってくれる。かれこれもうひと月以上、冰は同じように風呂での世話もしてくれていたわけだが、今宵は格別の思いでこの瞬間を味わう。これまでは着衣のまま手伝ってくれていた冰が、今は当たり前のように生まれたままの姿で背中を流してくれる。無事に記憶が戻った今、ここしばらくの間のことが夢まぼろしのようだ。
「よし、次はお前の番だ」
 周は交代して冰を座らせると、色白の背中を慈しむように丁寧になぞった。そうして二人一緒に大きな湯船に浸かると、周は背後から抱き包むように華奢な身体を腕の中へと抱え込んだ。
 肩先にはつい最近いれたばかりの白蘭の刺青。そこに唇を押し当てる。
「ここ、痛くねえか?」
 色香を含んだローボイスがバスルームに反射する。
「うん、もうすっかり。綺麗に入れてもらって、その後も痛みとか殆どなくてさ。さすがは鄧先生のお父様だよね!」
 そうなのだ。刺青を彫ってもらう為に二人して香港を訪れたこともつい昨日のことのようだ。
「すまなかったな、冰。長い間心配を掛けちまった――」
「ううん、そんなの……! 大変だったのは白龍の方なんだからさ」
「俺が今こうしていられるのはお前のお陰だ。あの鉱山で……お前が見つけてくれなかったら、俺は今頃あの世だったろう」
「……そんなことさせないよ。でも間に合って良かった。坑道の中で白龍を見つけた時のことを思い出したらさ、今でもドキドキしちゃうもん」
「ああ。さっき兄貴から聞いたが、俺は殆ど水に埋もれていて、服も水浸しだったとな。そんな俺をお前はこの華奢な身体で背負って助け出してくれたと。体格もデカくて重い、その上……服は水を含んでめちゃくちゃ重かったろうに……」
 それだけでも大変なのに、鉱山という厳しい環境下で、細い身体ながら懸命におぶって救い出してくれたのだ。
「お前は命の恩人だ」
「白龍ってば、そんな恩人だなんて大袈裟な……」
「それだけじゃねえ……。ここへ帰ってきてからもお前はずっと……ただひたすらに俺の面倒を見てくれた。俺は記憶のないのを理由に……仕事もせず、身の回りのことすら満足にできないでいた。こんな俺を見捨てずに、お前は一生懸命世話をしてくれた。普通だったらもうこんな役に立たねえ旦那なんざ愛想を尽かされて当然の状況だったにもかかわらず、お前はいつでもあたたかい気持ちをかけてくれた。本当に……嬉しかった……! どう礼を言っても足りねえ」



◆62
 まるで甘えるように肩先の白蘭に頬擦りを繰り返す。バスルームに反響するその声音が涙に滲んでいるようで、冰もまた熱くなった目頭を擦ったのだった。
「白龍ったら……。それを言うのは俺の方だよ。大変な目に遭って、でも生きててくれた。ちゃんと俺の元に戻ってきてくれた。俺もうそれだけで他には何もいらないって思ったよ」
「冰……」
「ありがとうね、白龍。帰って来てくれて……ありがとう……!」
「当たり前……だ。俺が帰る場所はお前の側以外にねえ。今までも、これからも……頼りないところだらけのこんな亭主だが……ずっと迎え入れて欲しいと……ずっと側にいさせて欲しいと……それだけが俺の願いだ」
 湯気で湿ったものとはまた別の、温かい雫が周の頬から冰の首筋へと伝う。時折鼻をすするような呼吸と共に発せられるその言葉に、冰もまたポロポロと熱い雫を湯に溶かした。
「白龍ったら……俺だって同じだよ。あなたがいてくれさえすれば何もいらない。例え俺のことを忘れてしまっても、あなたが生きていてくれればいい。側にいて……毎日顔を見られるだけでこんな幸せはないもん」
「冰……お前ってヤツは……」
 先程、鐘崎から密かに聞いた話によれば、この冰は事件勃発直後からそう言っていたということだった。羅辰らにDAという危険薬物を盛られたことが分かった時も、焦れる鐘崎とは裏腹に、例え記憶を失くしても生きてさえいてくれればいい、冰はそう言って懸命に捜索を続けてくれたそうだ。そしてそれは言葉の通り、救出されてここへ帰って来てからも全く変わらなかった。
 何も思い出せないことを詰るでもなく、焦ることはないと、ゆったりと構えていてくれと言ってくれた。常に心穏やかに過ごせるように甲斐甲斐しく世話をしてくれて、ただただ側で見守ってくれていた。
 その間、彼の与えてくれる愛情に対して何も返してやれなかった。まるで介護同然に何から何まで世話を掛け、その上に社の存続の為と働き詰めに働いて、それこそ身も心も休まる暇などなかったはずだ。楽しいこともなければ、好きな音楽を聴いたり気晴らしに買い物へ出掛けたりなどは以ての外で、ホッとひと息をつくティータイムすら皆無だったはずだ。
 それなのに最後まで見捨てずに、これ以上ないあたたかい気持ちで寄り添ってくれた。周にはその大らかな愛情がどれほど癒しになったことか知れない。記憶が戻った以上今更かも知れないが、周は冰に打ち明けてみようと思っていたことを話すことにした。



◆63
 風呂を上がってリビングで肩を並べ、紹興酒を傾けながら、周は記憶が戻る直前に思っていたことを打ち明けた。
「実は俺もお前に話そうと思っていたことがあってな。あのまま記憶が戻らずともお前に聞いて欲しいと思っていたことだ」
「俺に?」
「ああ。俺に結婚している相手がいるというのは皆に聞いていたが、その相手が誰かということは知らされていなかっただろう?」
 もちろんその理由は理解できていると付け加えながら周は続けた。
「俺は自分の嫁が誰かということよりもお前のことが気になって仕方なくてな。いっそのことお前に気持ちを打ち明けようかと迷っていたんだ」
「白龍……」
 冰は驚いたように瞳を見開いて周を見上げた。
「もしも嫁がお前じゃなく別の誰かだったとしたら、お前ならば気持ちを受け入れてはくれないだろうと思ってもいた。『あなたには嫁がいるんだから』と諌めてくれるだろうとな。だが、そうだとしても俺はお前に惹かれ始めているし、どうしていいか分からない。皆に黙って戸籍を調べようとも思ったが、もしもお前以外の誰かの名前が書かれていたらと思うと踏み切れなかった。そんな思いを洗いざらいお前にぶつけちまおうかと思ってたんだ」
 今になって考えれば大の男が情けないと思うのだが、その時は正直思い詰めていて冰に頼りたかったのだと言った。
「そうだったの……。ごめんね白龍……。白龍がそんなふうに悩んでいるなんて……気が付いてあげられなかった」
 こんなことなら早く本当のことを打ち明ければ苦しませずに済んだよねと、冰は切なげに瞳を揺らした。
「お前が謝ることはない。思えば以前お前が記憶喪失になった時も、俺自身お前に本当のことを全てを話さなかった。お前と共に暮らしていることまでは告げたが、結婚していることは伏せていただろう?」
「そうだけど……でもあの時は俺が子供の時の記憶しかなかったから」
「お前たちの判断は間違っていない。例え本当のことを教えられたとしても俺がそれを信じられなければ意味がねえしな。だが俺は何も分からない状況でもお前に惹かれた。思っていること感じていることをお前に全て打ち明けて頼りたいと思った。そう思えたことがすごく嬉しくてな」
「白龍……」
「俺たちは何度巡り逢っても惹かれ合う。例えこれまでのことを覚えていようがいまいが出逢った時点で惹かれ合うってことが分かったんだ。きっと来世でもそのまた来世でも、俺は出逢う度にお前に惚れるだろう」
「白龍……うん! そうだね。俺も! 俺もそうだよ。何度出逢ってもあなたを好きになる……!」
「ああ。俺たちは夫婦だからな」
「うん……! うん!」
「お前と再会してから、そう長くはねえといえる間にいろんなことがあったな……。だが俺たちは本当に魂が繋がってると思えてならない。四六時中共に居られずとも俺の傍にはいつもお前の魂が寄り添ってる。逆も然りだ」
「うん! 俺もいつでも白龍の傍にいるよ! ずーっと離れない!」
「ああ、そうだな。ずっと未来永劫、俺たちは一緒だ」
「一心同体の夫婦だもんね!」
 コツンと額と額を合わせて微笑み合う。



◆64
「そんじゃ夫婦するか」
 視界に入りきらないくらいの近い位置で不敵な笑みが色香を讃えている。もう抱きたいという意味だ。
「うん、うん! いっぱい夫婦しなきゃ!」
 約ひと月余りを経て戻ってきた幸せを噛み締めるように、二人は甘く熱く互いの温もりを確かめ合うべく逸るようにベッドへと潜り込んだ。
 
 愛撫の隙間を縫って湧き上がる気持ちに再び胸が熱くなる。
 
 きっとこの心やさしい嫁は、仮に礼の気持ちを込めた品物を贈りたいと言ったところで、そんなものはまったく望まないだろう。だが周は、思いつく限りのことを何でもしたいという気持ちでいっぱいだった。旅行でもいい、彼の欲しい物があるなら出来得る限りすべて買ってやりたい、食べたいものでもいい。もういらない、もううっとうしいと言われるくらい側にいて、とことん甘やかせてやりたい。
 愛している、そんな言葉では到底表し切れないこの想いを伝えるには、例えこの世に存在する金銀財宝のすべてをかき集めて贈ったとて足りないだろう。
「本当に――俺は無力なんだな」
「え……?」
 ふと、無意識に声に出てしまった言葉に冰が不思議そうに首を傾げる。
「ん、お前に対する気持ちを――どう表せば全部伝え切れるのかも分からねえ。金でも物でも言葉でも、どんなものをどれだけ贈ったとしても足りねえくらい愛している――。伝え切れねえのが歯痒いくらいお前のことを好きで好きで仕方ねえって思ってな」
「白龍……」
「情けねえ亭主だ。お前のお陰で記憶も戻ったんだ。これからはもっともっと精進しねえとな」
「……白龍ったらさ。俺はもう充分過ぎるくらいたくさんのものを貰ってるよ。なによりこうして側に置いてもらえることが奇跡っていうくらいなんだから」
「そんなふうに言ってくれることこそが俺にとっては奇跡だ。だからこそこの気持ちを――俺にはお前しかいない、世界中の誰よりも、てめえ自身よりもお前が大事で仕方ねえってことを、どう言や伝わるのかと思って歯痒いんだ」
「大丈夫。ちゃんと伝わってるよ。白龍には俺しかいないってこと」
 冰は少し恥ずかしそうに言っては頬を真っ赤に染めた。
「冰……」
 これまでもこの冰がこちらのことを想ってくれているという言葉はたくさん聞いてきたが、逆は聞いたことがなかった。もちろん、『白龍は世界で一番俺のことが好きだよね』などという言い方には遠慮があるのか、心では分かっていても口に出して言うことはなかったわけだ。だが、今は照れながらもはっきりと言葉にして表してくれた。



◆65
「冰……」
 それは本当か? といったように瞳をパチクリと見開いては、穴が開くほど真剣に見つめてしまう。
「ホントだよ。白龍がこの世の誰よりも俺を愛してくれてるって……ちゃんと分かってる。それに……俺も同じ。俺にも白龍しかいない。何があっても、仮に白龍の気持ちが俺から離れちゃったとしても……俺の好きな人は白龍しかいない……。あなたの幸せが俺の幸せだもの」
「冰……」
 そういえば鐘崎が言っていたっけ。もしもお前が嫁以外の――別の誰かに心を寄せたとして、お前の幸せがそこにあるならヤツは黙って身を引く。お前の嫁はそういうヤツだ――と。
 自分自身の幸せよりも愛する者の幸せを願うなど、話の上では美しいが、実際には想像し難いくらい辛いことだろう。だが、この冰ならば本当にそれを体現してしまうかも知れない。それほどまでに想われていることがまさに奇跡だ。
 周は誠、この冰という変え難い存在に出逢えたことを幸せに感じていた。身体中が震えるほどに有り難くて幸せで、堪えきれず声に出して泣いてしまいたいくらいの高揚感が行きどころを失ってしまいそうだ。
「俺も同じだ……。お前のことを心底……どうやっても伝えきれねえくらい愛している……! だが俺は……お前よりも人間ができてねえんだな……」

 お前が……俺以外の誰かに心を寄せたりしたら、お前の幸せを願って身を引くなんて芸当はおそらくできないだろう。なりふり構わず相手に挑んで退けてしまうかも知れない……。
 こんな身勝手な俺だ……。てめえ自身よりもお前が大事だなどと言いながら、結局はてめえの自我を押し通してお前を手に入れようとするだろう。

「こんな亭主だ。独占欲が強くて、ガキで……どうしょうもねえ」
「白龍ったら。そんなことない、白龍は俺にとって世界で一番の、最高の旦那様だよ!」
「冰……冰……!」

 愛している。
 愛していて欲しい。何があっても絶対に離れないと云って欲しい。何度でも云って欲しい……!

「大丈夫。白龍の考えてること、俺を想ってくれる気持ち、全部分かってる。だって俺はあなたの、この世で唯一無二の奥さんだもん」

 あなたの元を離れない……! 生涯、永遠に!

「そうか……。そうか。ありがとうな、冰……!」

 お前の側を離れない! こんな亭主だが、お前を想う気持ちだけは嘘じゃない。神かけて誓う。この命ある限り、全身全霊でお前だけを――

 あなただけを――

 愛し抜くと――!

 重ねた肌の温もりを甘く激しく擦り合わせ、絡み合せて、それでも足りないこの熱い想いを涙に溶かして、二人は気が遠くなるほどに求め合い、睦み合い、そして溶け合ったのだった。



◇    ◇    ◇






◆66
 半月後、溜まっていた社の仕事をひと段落つけて、周と冰はロンたちへの挨拶の為、鉱山へと向かった。鐘崎と紫月も一緒に行ってくれるとのことだったので、周所有のプライベートジェットで久々の旅である。帰りにはマカオの張敏のところと香港へも立ち寄るので、執事の真田に鐘崎組からは源次郎も同行してくれるという。容態に何かあった時の為にと医師の鄧も一緒に行くこととなり、和やかな道中となった。
 周と鐘崎の旦那組は持参してきた仕事の事務処理かたがた世情などの難しい話に興じていて、紫月と冰はティータイム三昧だ。嫁組と源次郎に鄧も交えて真田が世話を焼きながら楽しいおしゃべりに花を咲かせていた。
「遼たちは相変わらず仕事の話かぁ。そろそろ茶でも持って行ってやっか」
「そうですね!」
 真田が熱々の珈琲を淹れてくれたので、それを届けに向かう。ところが談話スペースに行くと、なんとパソコンやらタブレットを広げたまま、二人共にうたた寝の最中であった。
「ありゃりゃ、寝ちまってるぜ」
「ホントだ。このところずっと仕事詰めでしたから。きっと疲れが出たんでしょう」
 特に周は記憶を失っていた間の業務を取り戻さねばと夜遅くまで頑張っていたらしい。鐘崎の方もこの旅で数日留守にするからと、いろいろと仕事の都合をやり繰りしていたようだ。
「到着までまだ二時間以上はあるしな。寝かせといてやっか」
「ですね!」
 それにしても鐘崎はスーツを着込んだままソファに寝そべっていて、靴も履きっ放しだ。周の方は上着は脱いでソファに置いてあり、靴も機内のスリッパに履き替えてはいたものの、二人共何も掛けずにうたた寝では風邪を引きかねない。
「あーあ、相変わらずなんだからよぉ」
 紫月がまた、せっせとクローゼットから掛け布団を引っ張り出してきて冰に手渡している。
「おい、遼。ンな格好じゃ寝づれえべ?」
 先ずは靴を脱がせ、次には上着を脱がさんと身体を右に左にと動かしては、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「ったく、毎度のことながらこーゆー時にでっけえと苦労するぜ」
 そう言いながらも顔は嬉しそうだ。その様子を横目に、冰は思わず破顔するほど嬉しそうに瞳を細めてしまった。
「そうそう、それですよ!」
「あ?」
「前にもこうして白龍と鐘崎さんが寝ちゃってた時あったじゃないですか」
「あー、そういやそうだったなぁ。あれは確か香港に行った帰りだったっけ? やっぱ氷川のプライベートジェットでさ」
「ええ。あの時も紫月さんが掛け布団を出してくれて、今と同じように鐘崎さんの上着を脱がしてあげてたんですよ。それでね、俺……鉱山で白龍を担いで出口に向かいながら、紫月さんのその言葉を思い出したんです」
 また皆で和気藹々とそんな旅ができたらいい。皆で心の底から笑い合えたらいい。紫月の言葉や行動を思い浮かべて、どれほど勇気が湧いたことか。
 紫月さんの顔を思い浮かべながら歩いたんですよという冰に、まるで仔犬のように瞳を潤ませては感激をあらわにする。
「冰君……なんちゅー嬉しいことを……! 俺、俺なんかあの鉱山で後から追っ掛けることしかできなかったってーのに。そんなふうに思ってくれたなんて……」
 うるうると瞳に涙をいっぱいに溜めながら、口をへの字にして目一杯鼻をすする。
「ん、うん! 冰君にとっちゃめちゃめちゃ辛いこの一ヶ月だったと思うけど、ホントよくがんばったよな。鉱山で氷川を見つけられたのも愛の力だって、つくづくそう思うぜ」
 紫月は涙を拭いながらも、またこうして一緒に笑い合える時がきて本当に良かったと言っては忙しなく泣き笑いを繰り返した。



◆67
「よっしゃ! 着脱完了!」
 上着と靴下を脱がせて布団を掛けてやる。
「そんじゃあっち行ってこの珈琲でもいただくか」
「そうですね」
 起こさないようにと小声で微笑み合いながら二人が亭主たちの側を離れようとした時だった。同時にそれぞれ腕を掴まれて、布団の中に引っ張り込まれ、紫月も冰も驚いたように大きな声を上げてしまった。
「わっ……ったーっと!」
「うわわわッ!」
 見ればニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた旦那組が頼もしげにしながらムクリと起き上がる。
「わっ……遼! ンだよ、狸寝入りかよー!」
「バ、バ、白龍! 起きてたの?」
 目を白黒させているそれぞれの嫁をギュウギュウと抱き締める。
「こんなに可愛いことをされてはな」
「寝ているわけにはいくまい」
 抱え込んだまま、これまたそれぞれに濃いめのキスを見舞う。
「バ、ババババ白龍……! こんなところでー……」
 焦る冰の対面では紫月が鐘崎にデコピンをくれている。
「遼! この野獣がー」
 どう言われようが旦那組の二人にとっては屁でもないらしい。そのままソファに押し倒されそうな勢いに冰はますます頬を染めて焦りまくり、紫月の方は肘鉄を繰り出す。ドッと笑いが巻き起こり、しばらくその幸せな喧騒が止むことはなかった。
「お! 珈琲か! 美味そうだ」
「早速いただくとするか!」
 淹れたての珈琲を口に運ぶ様子を見遣りながら、
「……ったく、ゲンキンなんだからよぉ」
 少し寝癖ではねた鐘崎の髪をクシャクシャと弄りながら紫月が笑う。
「でも良かった。せっかく真田さんが淹れてくれたんだもん。美味しい内に飲めてさ!」
 冰はちょこんと可愛らしい仕草で亭主の隣へと腰掛けて、その横顔を愛しげに見つめる。それぞれ言い方は違うものの、そこには愛があふれている。
「冰、ひと口飲むか?」
 周はグイと冰の華奢な肩を抱き寄せて懐に抱え込む。
「白龍……こぼれる! 珈琲こぼれるってー!」
 一方の鐘崎もまた、
「紫月、ほらお前も飲め。なんなら口移ししてやるぞ?」
 大きな掌で紫月の頭を抱き寄せてはニュッと唇を尖らせて、もう一度キスを見舞う素振りでいる。
「何が口移しだよー。そうだなぁ、砂糖五個くれえ入れてくれんなら口移しされてやってもいいけどな!」
 またもやデコピンの形にした指を突き出すと、
「隙あり!」
 鐘崎も負けじとその指先にキスをした。
「わッ! バカ! 珈琲こぼれっだろが!」
 またもやドッと笑いが巻き起こる。二組のカップルたちはそれぞれ肩を寄せ合って、何だかんだと言いつつ同じカップから珈琲を飲んで朗らかな笑顔を咲かせた。
 こんなふうに笑い合えるこの瞬間と、それを共有できる仲間たちに包まれて過ごせる幸せを胸の内で噛み締める四人であった。

 俺たちは何度巡り会っても惹かれ合う。そんな周の言葉の如く、例え過去の記憶を失くそうが、生まれ変わろうが、互いを求めずにはいられない。
 恋人として、夫婦としてはもちろんのこと、立場や年代を超え、こうして笑い合える仲間たちについてもそれは同じであろう。例えば今とは全く違う環境下で出会ったとしても、互いに惹かれ合い共に過ごすことを選ぶだろう。
 そう、もしも出会い方が違ったとしても、周は冰を愛し、冰は周を慕う。鐘崎は紫月を宝とし、紫月は鐘崎を一途に想う。そして互いの肉親にファミリーのメンバー、組の面々。真田や源次郎、側近の李に劉、医師の鄧に運転手の宋らとも同じように絆を持てたらいい。モデルのレイ・ヒイラギに倫周、クラブ・フォレストの里恵子と森崎。友の粟津帝斗や紫月の実家を手伝ってくれている綾乃木もそうだし、マカオの張や鉱山のロンも然りだ。
 今生でも来世でも、そのまた来世でも、もしくは同じ時の流れの中に平行線で進むパラレルワールドな世界があったとしても、この仲間たちとずっと一緒に過ごしたい。そんな思いを胸に、誰もが今この時の幸せをしみじみと噛み締めるのだった。

謀反 - FIN -



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