極道恋事情

25 幸せのクリスマス・ベル



◆1
「わぁ! 街はもうすっかりクリスマスですね!」
「だな! 今年のツリーもでかいなぁ」
 十二月の始め、華やかなイルミネーションに彩られた銀座の街を歩きながら感嘆の声を上げる。冰と紫月はお付きの源次郎と共に買い物へと繰り出していた。お目当ては周と鐘崎に贈るクリスマスプレゼントを選ぶ為だ。
 今日はその旦那衆二人が警視庁の丹羽に呼ばれて打ち合わせに出掛けて行ったので、サプライズの贈り物を探すのに打ってつけなのだ。
 もちろん旦那衆が嫁たちを二人だけで外出させるはずもなく、護衛役として鐘崎組番頭の源次郎が付いてきてくれたのである。
「すまねえな、源さん。付き合わせちまって」
「いつもお世話になります」
 二人から礼を述べられて、源次郎はとんでもないと恐縮した。
「私の方こそいい気分転換をさせていただいて! 仕事を離れてウィンドーショッピングというのもいいものですな」
 源次郎は言葉通りニコニコと楽しそうだが、実際にはこれも大事な仕事の内である。冰と紫月の二人に何かあれば一大事だからだ。正直なところ普通に任務に付いているよりも責任は重大だし、いつ何時なにがあってもすぐに対処できるようにと気を研ぎ澄ましてはいるわけだが、そこは精鋭の源次郎である。周囲にはきちんと目を光らせながらも柔和な空気を崩さないのもまたプロの成せる技なのだ。
「ところでお二人はもう何を贈られるか決まっておいでなのですか?」
「うん、一応は! 今年はさ、冰君と相談して遼と氷川にお揃いの小物を贈ろうかって思ってるんだよね」
「ほう、お揃いでございますか。若たちも喜ばれるでしょうな」
 して、いったいどんな物を贈られるので? と、興味ありげにしている。
「ん、シガーケースをさ」
 つまり煙草入れである。
「遼も氷川も煙草吸うべ? この前ちょっとレトロな映画を観てて思ったんだ。昔の紳士が洒落たシガーケースから葉巻を出して吸ってる場面がカッコ良くてさぁ。ああいうの、遼と氷川なら似合うんじゃねえかと思って冰君に相談したんだよ」
「俺も紫月さんから聞いて素敵だなって思いまして! そういえばいつもは買ったままの箱から出して吸ってるよなって。まあ家にいる時はそれでもいいんですけど、ちょっと出掛けた時とかにお洒落なケースから出したりしたら粋だなぁって思ったんですよ。きっと白龍や鐘崎さんがやったらすっごいサマになるんじゃないかって!」
 冰曰く、そんな姿を想像しただけでテンションが上がりまくったらしく、今年のプレゼントはそれにしようと即決したのだそうだ。
「ね、こういう街角とかでロングコートを着た白龍とか、ホテルのラウンジのような所でスーツをビシッとキメた鐘崎さんがシガーケースからタバコを出してる仕草なんて……ぜーったいカッコいいと思うんですよー!」
 まるで瞳の中からハートのエフェクトが飛び出してきそうな勢いで冰はワクワク顔だ。
「はは! まさに俺が観た映画の通りだなぁ」
 脳裏に旦那たちの姿を思い浮かべては紫月も嬉しそうにする。
 まあ確かに彼らなら似合う仕草だろうと源次郎も納得である。それ以前に、亭主のそういった姿を想像して萌えているこの姐様たちの愛情が、源次郎にとってはなにより嬉しいものであった。



◆2
「ではお店はもしかしていつもの宝飾店で?」
「そうそう! あそこは革小物とかも扱ってるしさ。好みに合わせてオーダーも受けてもらえるから、それこそオリジナルっつか、世界にたったひとつっていうデザインの物にもできるし」
 その宝飾店というのは、以前に新店舗がオープンした際に襲撃事件のあったところである。あの時は紫月らも周と鐘崎と一緒にオープニングレセプションへ呼ばれていたし、すぐに加勢する体制が敷けたわけだ。ちょうど昨年の今頃のことだった。
「そういやあれからもう一年かぁ。早えなぁ」
 去年のクリスマスはその事件の直後だったこともあり、共に解決に奔走してくれたクラブ・フォレストの里恵子らも交えて汐留の周邸でパーティを行ったものだ。その際に旦那衆二人から豪華なクリスマスプレートを贈られたわけだが、それも例の宝飾店で選んでくれた物だった。
「今日行くのは銀座にある本店の方な!」
 事件があったのは丸の内にオープンした店舗の方だったが、その時の支配人が本店へと栄転してきているらしい。当時、彼がすぐに鐘崎組に助力を依頼したお陰で、一人の負傷者も出さず解決に導いた功績を買われてのことだったそうだ。
 そうして店に着くと、すぐにその支配人が出てきて応対してくれた。
「鐘崎様、周様! その節はたいへんお世話になりました! あの後もご主人様方にもたいへんご贔屓にしていただいて」
 支配人もよく覚えていてくれて、手厚い対応で迎えてくれる。紫月も冰も既に入籍しているので、鐘崎様、周様と呼ばれて当然なのだが、冰などはすっかり頬を赤らめて恥ずかしそうにしている。しかも今日はその周とは別行動なので、こうして外で改めて『周様』と呼ばれることにドキドキしてしまうらしい。
「ん? どした冰君? 顔真っ赤にして」
 紫月が首を傾げると、冰はますます頬を朱に染めながら何とも可愛らしいことを口走ってみせた。
「ええ、その……俺も”周”なんだなって思ったら……すごく嬉しいというか、幸せで……。信じられないくらいだなぁって思って」
 モジモジと照れている仕草が微笑ましくて、紫月も源次郎も思わず破顔するほど笑みを誘われてしまった。
 思えばつい先日まで周の記憶喪失という一大事を懸命に支えてきたこの冰だ。無事に記憶も戻った今、改めて平穏な幸せを噛み締めているのだろう。周姓であることをこんなにも喜んでいる姿は本当に健気で可愛らしく、見ているだけで紫月らも心温まる思いに満たされるのだった。
 もしも周がここにいてこんな姿を見たら、それこそ大感激するだろう。今この場にいないのが残念に思えるほどだった。

(こりゃあ後で氷川へのいい土産話になりそうだな!)
 
 紫月はそんな想像をしながら心温めるのだった。



◆3
 今回は一点物のシガーケースをプレゼントしたいと思っている――そんな紫月らの要望に、支配人は早速サンプルを見繕ってくれた。革製のものや金属でできた煌びやかなタイプまで様々だ。
「シガーケースですからベースはどのタイプもかっちりとしたハードカバーのボックスですが、表が革ですと落ち着いた雰囲気になりますな。金属製の物は中世の貴族が使っているような華やかなものから、お若い方に人気のあるゴシック調のもの、飾りがあまり付いていないシンプルなものまでございます」
 買ったままの箱ごと入れられるタイプや一本一本詰め替えるタイプまで、それこそ種類が多く迷ってしまいそうだ。
「箱ごと入れられるのは便利ですけど、やっぱり一本一本詰め替えるタイプの方がお洒落かな。紫月さんはどう思われます?」
「そうだな。一本ずつビシッと並んでるのがカッコいいね! この薄いタイプのなんかどうだ?」
 紫月が手に取ったのは金属製で煙草が十本くらい並ぶ薄型のものだった。
「素敵ですね! 白龍たちは手も大きいからこのくらい幅があったらちょうどいい感じです」
 脇から見ていた源次郎も素敵だと言ってうなずくので、形はそれに決めることとした。
「あとはデザインだな。遼は貴族ふうとかゴシック系ってよかシンプルな方が似合うかなぁ」
「そうですねぇ。白龍もその方が使いやすいんじゃないかと思います」
「それですとアール・ヌーヴォーよりはアール・デコといった雰囲気の方でしょうかな」
 二人の会話を聞いて支配人がシンプルなデザインの物をまた幾つか取り出してくれた。
 その中の一つに目をとめた冰が、
「わ! これ素敵!」
 思わず瞳を輝かせた。
「どれどれ? おお、龍か!」
 それは金属製の表面に細かい龍図が彫られているものだった。しかも溝が浅いので、デコボコ感がなく、パッと見はシンプルで品も良い。周家の字の象徴でもあるし、打ってつけである。冰はすっかり一目惚れしてしまったらしく、もうそれで決まりのようだ。
 だが、今回は周と鐘崎にお揃いでと思っていたわけだから、他のものでも構わないと言う。こんなところの気遣いは冰ならではといえる。
「でもなぁ、氷川にはやっぱ龍を贈りたいべ? ぜってえ似合うと思うし」
 紫月も冰の気遣いを有り難く思っていて、シガーケースの形がお揃いであれば表面のデザインは違ってもいいんじゃないかと言った。
「それでしたらこちらなど如何でしょう。今、周様がお気に召された龍図のタイプと同じ掘り方で柄違いのものが幾つかございます」
 支配人がまたもや助け舟を提案してくれた。
「うはぁ……すっげ! カッコええ!」
 ビロード張りのトレーの上に並べられた数種類のデザインには四神を表す玄武や朱雀、白虎といった図柄の他に蛇や蝶などの生き物や様々な花などが彫り込まれていた。
 その中に目を惹くデザインを見つけて、紫月はすかさずそれを指した。
「これ! 遼にドンピシャじゃね!」
「うわ、ホントだ!」
「これはもう……決まりですな!」
 冰も源次郎もウキウキと声を揃える。それは椿の花を模った図柄のものだった。



◆4
 龍図に椿花といえば周と鐘崎の刺青である。しかも形はお揃いで柄違い、これ以上ない贈り物だ。迷うことなく二人はそれで決めることにした。
「やったな冰君! 最高に粋なのが選べた!」
「ですね!」
 二人手を合わせてはしゃぎ合う。
「あとはこれを一点物にしてもらう為にちょっと細工を付け足してもらうとかできますか?」
 支配人に訊くと、もちろんですと言って、今度は加工のサンプルを紹介してくれた。
「お好きな箇所に宝石を埋め込むことも可能ですし、留め口にチェーンなどを取り付けたり、イニシャルを刻むだけのシンプルな加工もできます」
 一般的にはイニシャルを入れるだけというのが多いそうだ。
「いや、もう……龍に椿とくればアレをはめ込むっきゃねえべ!」
「ですね、ですね!」
 盛り上がる二人を横目に、支配人には『アレ』の意味が分かったようである。
「もしかして宝石でございますか? 鐘崎様はブラックダイヤかアメジスト、周様はガーネットもしくはダイヤモンド……ですかな?」
「ビンゴ!」
「おっしゃる通りです!」
 紫月と冰が同時に歓喜の声をハモらせる。と同時になぜ分かったのかと不思議顔だ。
「ほほ、クリスマスプレートでございますよ。御二方のご主人様方が思い入れの石だと仰られまして」
 そういえば昨年のクリスマスにもらった純金製のプレートにはそれぞれの名にちなんだ宝石が埋め込まれていたものだ。支配人はそれを覚えていてくれたのだ。
 思い返せば周も鐘崎も毎年一枚ずつプレートを増やしていきたいと言っていた。実は今年も既に旦那二人からクリスマスプレートを頼まれていたので、支配人にしてみればすぐに思い至ったわけだが、そこはクリスマス当日までの秘密ということにしておく。
「では石をはめ込む位置などをご相談させてくださいませ」
 一旦奥へと下がっていった支配人が石のサンプルを手にやって来た。
「うっは! めっちゃキラキラ!」
「綺麗ですねぇ」
 紫月も冰も身を乗り出してワクワク顔だ。
「シガーケースが薄型でございますから、あまり大きな石よりは小さめの物の方がしっくりくるかと存じます。位置はお好きな箇所を選んでいただけますぞ」
 どうぞお手に取ってケースに当ててみてくださいと言われ、二人は白い手袋を借りて、恐る恐る宝石の粒を置く位置を考えていった。
「俺は龍の目の位置かなぁ。もう一つはどこにしよう」
「俺ン方は椿の花弁のトコかな」
 二色の宝石を配置するとなると、なかなかに難しいものである。
「でしたら宝石はおひとつで決められては如何でしょう」
「よろしいじゃないですか。姐さんはアメジスト、冰さんはダイヤモンド。きっとご主人様方はご自分のイメージの宝石よりも姐様方の宝石が入っている方が喜ばれると思いますし」
 支配人と源次郎のアドバイスで、
「ん、そうすっか!」
「いいですね!」
 宝石はそれぞれひとつずつを埋め込んでもらうことに決まった。



◆5
 きっとあの旦那衆のことだ。お返しにと、今度はガーネットとブラックダイヤをはめ込んだ何かを見繕うに違いない。そんな想像が浮かぶのもまた楽しい源次郎であった。
 こうして無事にプレゼントも決まり、三人はお茶をしてから帰ることにした。きっとまだ周らは帰宅してはいないだろうし、丹羽との打ち合わせが済んだら今日は鐘崎が汐留に寄って紫月を拾っていくことになっているので、ゆっくりしていても大丈夫なのだ。
「せっかく銀座にいるんだし、今日はいつものラウンジとは別の店にすっか」
「そうですね。紫月さん、どこかお薦めのお店あります?」
「んー、俺はケーキが食えればどこでもいいなぁ。つか、ここいらは正直あんまし詳しくねえのよね」
「そうですか。じゃあ俺にご案内させてもらってもいいですか? 実はこの前クライアントさんと打ち合わせで行ったティールームがとってもいい雰囲気だったんですよ」
 冰は公私共にこの界隈に来ることが多いので、紫月よりは多少なりと詳しいのだ。
「ケーキも種類がたくさんあったんで、今度紫月さんと来たいなって白龍とも話してたんですよ」
「マジ? そいつぁ楽しみだ!」
 紫月は早速に大喜びだ。ケーキの種類にも期待大だが、それより何より会っていない時にも冰がこんなふうに自分のことを考えてくれているということに心温まる思いがしていた。
「ここからだと歩いて五分くらいです。そのお店は珈琲も本格的でね。白龍が珈琲党の鐘崎さんも気にいるんじゃないかって言ってたんで、今度皆んなで来ましょう」
「おお、いいねー。遼は珈琲にゃ目がねえから喜ぶと思うわ!」
 和やかな会話をしながら店の前に着いたところで、驚く偶然に出くわすこととなった。なんとバッタリと旦那衆の二人と鉢合わせたからだ。彼らと一緒に運転手の花村も顔を揃えていた。花村は鐘崎組のベテラン運転手だが、今日は汐留で紫月を降ろすついでに周を拾っていったのだ。
「冰じゃねえか!」
「紫月も!」
 周と鐘崎も驚いたように目を丸くしている。
「あれぇ、白龍! どしたの、こんなところで!」
「うっは! すげえ偶然。つかお前ら、丹羽さんとの打ち合わせはもう済んだん?」
「ああ。丹羽の方に緊急の事件が入っちまってな。呼び出しが来たんで切り上げてきたわけだ。先に汐留に帰って待っていても良かったんだが、時間も余っちまったしカネにここの珈琲を飲ませてやりてえと寄ったんだ」
 どうせ冰と紫月の二人はまだ買い物の途中だろうと思い、一服がてら茶でもしていこうということになったらしい。このティールームは昨今では珍しく喫煙も可能な個室があるので、スモーカーにとっては有り難い場所だ。
 まさにサプライズともいえる偶然に冰らは喜びも倍増だった。
「そっかぁ、じゃあちょうど良かったね!」
 案内されたのは個室だった。六人という大人数だった為、ちょうど良かったらしい。これならよりゆっくりと寛げそうだ。
 大正浪漫を思わせるレトロな造りがなんとも言えずに趣がある。コツコツとシックに響く靴音も心地好い。全体的に焦茶色で設えられた部屋の中央に大きな置き時計があって、時を刻む振り子が耳心地の好い音を立てている。六人で腰掛けるには打ってつけの円卓に窓から差し込む午後の陽射しが小春日和を思わせて、より一層雰囲気を増していた。
「マジいい店な!」
「本当だ」
 初めて来る紫月も鐘崎も感激の眼差しで満足そうだ。



◆6
「見てください、紫月さん! ケーキ、どれも美味しそうでしょう」
「ホントだ! すっげ種類もいっぱいあって迷っちまう」
 嫁二人が仲睦まじくメニューを覗き込む傍らで、周と鐘崎の二人は早速に煙草を取り出して、まずは何を置いても一服が先のようだ。テーブルの上にマッチの束を見つけた鐘崎が、珍しくもワクワクとした表情で早速手に取っている。
「こいつぁ有り難え」
 鐘崎はライターよりもマッチ派だから、家では必ずマッチを使う。だが出先ではそうもいかない為、ライターで代用していることが多いのだ。喫煙自体のできる店が大幅に減った現在に、マッチまで設えてあるのだから鐘崎にとってはそれだけで奇跡の思いだった。
 置いてあったマッチは折りたたみ式の物で、昭和の頃にはどこの喫茶店でもよく見掛けたタイプだ。大概はマッチを一本切り離してから擦るのだが、鐘崎はそうせずに繋がったままの一本を折り曲げると蓋の部分で押さえつけては器用に擦って火を点けた。先に隣の周に火を分けてから自分の煙草にも灯すと、これまた粋な仕草でパチンと指で蓋を弾いて火を消した。
 二人共にまるで『美味い!』といった声が聞こえてきそうな表情で一服目を吸い込み、火を分けてもらったお返しにというわけか、今度は周が立ち上った紫煙を煙たそうに瞳を細めては、咥え煙草で灰皿を引き寄せて鐘崎の前へと差し出す。何気ないほんの一瞬の出来事なのだが、そんな仕草をメニュー越しに見つめていた冰はみるみると頬を赤らめた。ポカンと口を開いたまま、うっとりと視線は釘付けだ。
「ん? どうした冰?」
 じっと見つめられているのに気がついた周が首を傾げると、ハッと我に返ってますます頬を染めた。
「う、うん……何でもない……んだけど、なんていうか……男の人が煙草を扱う仕草ってカッコいいなって思ってさ」
 大真面目でそんなことを言った冰に、メニューにかじりついていた紫月も『え?』といったように目を丸めてしまった。
「い、今の白龍と鐘崎さんの……煙草を扱ってるちょっとした仕草っていうの? それがすごくカッコいいって思ったの……。なんだかドキドキしちゃった」
 周も鐘崎も特に格好良く見せようなどとはまったく意識してやっていない普段の仕草なのだろうが、冰にとってはそこがまた粋に映ってしまったようだ。
 周にしてみれば、モジモジと頬を赤らめるそんな仕草の方がよほど可愛く思えてか、
「冰、頼むモンを決めたらこっちへ来い」
 離れて座っていた位置を交換しろと呼び寄せる。すかさず源次郎と花村が立ち上がっては、ひとつずつ席をずらした。
「す、すみません皆さん……! お手間をお掛けしちゃって」
「いえいえ」
 源次郎も花村も微笑ましげにクスクスと笑っている。周もまた、快く席を譲ってくれた彼らに礼を述べた。
「源さん、花村さん、すみません。こいつがあんまりにも可愛いことを言うもんで我慢できなくなってしまいました」
 気恥ずかしそうにペコリと会釈をする。普段から嫌というほど一緒にいるというのに、どこででもくっ付いていたい二人を心温まる思いで見つめたシニア組であった。



◆7
 鐘崎と紫月は元々隣り合わせて座っていたので、周らに触発されてか負けじと鐘崎が紫月の肩を抱き寄せる。
「食いたいケーキは決まったのか?」
 どうせひとつに絞れないのだろうから、俺の分もお前の好きなのを選んでいいぞと言う。
「へへ、いっつも悪ィじゃん! 遼、お前にもひと口やるかんなぁ」
 紫月はご機嫌だ。こちらもまた仲睦まじい様子に、源次郎らは嬉しそうに瞳を細めるのだった。
 そうして珈琲とケーキが運ばれてくると、個室の中がパッと華やいだ声で浮き立った。
「うっはは! めっちゃ美味そう!」
「珈琲もいい香りだ」
 冰以外は全員がブラックのストレートだ。紫月はそれに砂糖をたっぷりと入れるのだが、他の男たちはブラックのまま香りと深い味わいを楽しんだ。
「見て白龍! 綺麗なアート」
 冰のはカフェオレで、表面にはアートが施してあるものだった。
「飲んじゃうのもったいない感じ」
 そう言いながらもアートを崩さないようにひと口をすする。すると、たっぷりのミルクの泡が冰の唇についた。本人は気がついていないようだ。
「冰、こっち向け」
「ん?」
 隣を振り返った途端に指で唇をなぞられて、そこで初めて泡が付いていたことに気付く。恥ずかしそうに頬を染めたのを横目に、周は拭ったその泡をペロリと舐めた。冰にとってはますます赤面だ。こんなふうに世話を焼いてもらえることにとてつもない幸せを感じて、
「あ、ありがと。白龍」
 えへへと肩をすくめて笑う。周にとってもまた、なかなかに忍耐を強いられるほど可愛い仕草であった。もしも二人だけならば、すぐにもチュッと口付けてしまったことだろう。
 クリスマス間近の真冬の午後、誰もが幸せに満ちたティータイムを満喫したのだった。



◇    ◇    ◇



 そうしてクリスマス当日がやってきた。
 今年は鐘崎の父親が珍しくも海外出張に出掛けていなかったので、源次郎と共に参加できることとなった。紫月の父親と綾乃木も誘って内々だけでのパーティである。場所は汐留の周邸で行われた。
 昨年のクリスマスに合わせて真田が取り寄せた大きなもみの木が今年は中庭で更に大きく育っている。社員たちにも楽しんでもらえるようにと、十二月に入ってからはイルミネーションも点灯していて、憩いのスポットになっているのだ。
 室内用には一昨年まで使っていたツリーが飾り付けてあり、こちらもまた華やかだ。ディナーも真田が心を込めて考えてくれた献立が並んで、和やかなひと時となった。
 今年は鐘崎がケーキを選び、周がシャンパンを用意した。去年は紫月と冰の手作りケーキで盛り上がったわけだが、そう毎年では大変だろうし、これまでもケーキを選ぶのが鐘崎の楽しみでもあった為、今回は好意に甘えることになったのだった。
「ほら、お待ちかねのケーキだ」
 真田が引いてきたワゴンの上にはいったい何が入っているのかというくらいに大きな箱。鐘崎が得意げにその蓋を開けると、中からは背の高い二種類のケーキが現れて、ダイニングは感嘆の声で湧いた。
 ケーキといえば丸型のホールが定番のイメージだが、今年はなんと四角だ。まるでこの汐留のツインタワーを思わせるような作りに驚きの声が絶えない。しかもひとつはチョコレートとブルーベリーの段々重ね、もうひとつはホワイトの生クリームとラズベリームースで彩られている。二組の夫婦のイメージにちなんだセレクトだった。



◆8
「うっはぁー、すげえ……!」
「まるでビルみたいなケーキ!」
 紫月も冰も目をまん丸くして、すげえすげえを繰り返している。
 しかもよくよく見ればタワーとタワーの間には中庭もあって、クリスマスツリーのオブジェにはイルミネーションまで煌めいている。
「これ、もしかして真田さんが取り寄せてくださったもみの木のミニチュアですか?」
「ってことは、このケーキはここのビルを模ってるのか?」
 冰と紫月が額をくっ付けるようにして覗き込んでいる。
「正解だ。今年は氷川と冰君にとって大変な年だったしな。それを乗り越えた二人の愛情を讃えてこのツインタワーをモチーフにしたんだ」
 鐘崎も得意げだ。そんな友の心遣いに、周もまた感慨深い思いで喜びをあらわにしたのだった。
 そして周の選んだシャンパンが開けられ乾杯の用意が整ったところで、旦那衆二人から昨年同様のクリスマスプレートが贈られた。
「うっはぁ……すげえ! 毎年一枚ずつ増やしていくとか言ってたけど、まさかホントに今年も揃えてくれるなんてさ」
「去年のとはまた彫ってある絵柄が違うんだね!」
 だが埋め込んである宝石は一緒だ。高価な物というのももちろんだが、紫月も冰もこうして心尽くしをしてくれる亭主たちに感激を通り越して感動というくらいに胸を震わせたのだった。
「そいじゃ乾杯の前に俺たちからも……!」
「ですね!」
 嫁二人が面映ゆい表情で頷き合い、テーブルの下に隠していた袋からプレゼントを取り出した。
「遼ぉー」
「白龍ー」

「メリークリスマス!」
 
 とびきりの笑顔と共に差し出されたのはキラキラと光る包装紙に包まれた同じ大きさのギフトボックス。鐘崎への贈り物には紫色のリボンが掛けられていて、アクセントにヒイラギの葉っぱとクリスマスベルが付いている。周の方には真っ白のリボンにトナカイとサンタクロースの小さなぬいぐるみが括り付けられてあった。
「まさか、俺たちに……か?」
「おいおい、いいのか?」
 鐘崎も周も驚き顔で瞳を見開いている。
「俺と冰君からの愛の証だ!」
「気に入ってもらえるといいなぁ」
 早く開けてみて! と、期待顔の嫁たちに、旦那二人は感激の面持ちで丁寧に包みを解いた。
 出てきたのは先日選んだお揃いのシガーケースだ。
「……! こいつぁ……」
「なんて粋な……!」
 互いの手にしている物を見比べながら、
「俺とカネとお揃いだな!」
「柄違いか! 石も付いてる。紫月と冰の色だな?」
 二人で顔を見合わせては声を震わせる。その表情を見ただけでも気に入ってくれたのが分かるようだ。鐘崎は破顔するほどに感激しているし、周などは今にも涙ぐみそうな勢いだ。
「気に入ってくれたみてえな?」
「煙草は俺が毎朝セットするからね!」
 紫月と冰も嬉しそうだ。この贈り物を決めるのに付き合った源次郎はもちろんのこと、僚一と飛燕の父親たちも微笑ましそうにカップルたちの様子を眺めていた。
「そんじゃ乾杯すっか! 発声は……氷川だな!」
 紫月がグラスを高々と掲げてとびきりの笑顔を見せる。ほんの少し前までは記憶を失うという難儀を乗り越えた周に華を持たせようという心意気に、満場一致で拍手が湧いた。
「それじゃ僭越ながら。思い起こせば今年は地下の三千世界での事件から始まって、カネも俺も薬物で記憶を失くしたりと苦難があった。冰が拉致されて九州に行ったのも今年だったな。そんな様々な苦難でも皆の惜しみない助力と厚情でなんとか無事に乗り越えることができた。改めてこの絆に感謝でいっぱいだ」
 周は深々と頭を下げると、天高くグラスを掲げて、強い意志を伴った美声を轟かせた。
「これからも皆の健康と更なる俺たちの絆を祈念して乾杯!」
「乾杯ー!」
「メリークリスマス!」
 賑やかな掛け声と同時に真田がクリスマスにぴったりのバックミュージックを流してくれた。
 食事は豪華なフレンチのフルコースだ。汐留の高楼から見下ろす街の灯りが宝石箱のように煌めいて見事である。朗らかなおしゃべりと笑い声の絶えない中、一同は暖かいクリスマスのひと時を堪能したのだった。
「それでは皆様、お待ちかねのデザートのお時間ですぞ!」
 メインディッシュが済む頃合いを見計らって真田がケーキを持ってやって来た。お披露目の後に一旦冷蔵庫に預っていたものである。



◆9
「鐘崎の坊っちゃま、紫月さん、焔の坊っちゃま、冰さん、どうぞこちらへ。クリスマスの儀式でございますぞ」
 そう言ってカップルたちにナイフを手渡す。恒例のクリスマスケーキ入刀である。元々は鐘崎がまだ紫月への想いを打ち明ける前にいつか結ばれることを夢見てクリスマスの時に行ったという入刀だが、今でもその時の想いを大事にして、すっかり儀式として定着しつつあるのだ。
 鐘崎夫婦にとってはむろんのこと、周と冰にとっても無事にこの瞬間を迎えられることは感慨深いものであった。
 二組のカップルたちがそれぞれ互いの伴侶を見つめながら照れ臭そうに笑顔を見せる。
「うー、カットしちまうのもったいねえなぁ」
 紫月が躊躇している傍らで、
「切らなきゃいつまで経っても食えんだろうが」
 いつぞやのクリスマスの時と同じ台詞を繰り出す鐘崎に、両親たちが当時を懐かしむ顔つきで穏やかな笑みを讃えている。
「よし、それじゃいくぞ」
 重ねられた手にグイと力が込められ無事に入刀が済むと、皆から拍手が湧き起こった。もちろん味の方も絶品だったのは言うまでもない。
「よーし、ケーキを食ったら皆んなで中庭のツリーの前で記念撮影だ」
「わぁーい、やったー!」
 外は真冬の寒さだが、熱々のカップルたちにとってはそれもまた醍醐味である。寒いからぴったりとくっ付いていられるし、ポケットの中で手を繋ぐのも新鮮といえる。
「羨ましいことだな。我々も若かりし頃を思い出す」
「本当にな。仲睦まじい姿を見ているだけで、こっちもいい老後が過ごせそうだ」
 父親たちも頼もしげに瞳を細めて笑う。
「よし、冰と一之宮。ここに来て二人でこの紐を引っ張ってみろ」
 周と鐘崎がツリーの真下で手招く。
「え、なになにー?」
「しっかしでっけえ木だなぁ。去年見た時より一回りデカく育ってる!」
 言われた通りに二人で紐を引っ張ると、ツリーのてっぺんに飾られた大きなベルが真冬の夜空でリンリンと心地の好い音を立てた。
「うわぁ! クリスマス・ベルだー!」
「すっげ! オシャレなぁ」
 皆でベルを見上げたと同時に、天高くそびえる社のツインタワーの壁面に巨大なイルミネーションで模った光のツリーが浮かび上がった。
「おわー! すげえ!」
「うわ……これ……」
 目をまん丸くして上を見上げる二人の肩を抱き寄せながら、周と鐘崎の旦那組が誇らしげな笑みを見せた。
「カネと相談してな」
「俺らも飾り付けを手伝ったんだ」
 いつの間にという表情ながら、光のツリーを見上げる冰と紫月の鼻が感激の涙を堪えてか真っ赤に染まった。
「綺麗……。こんなに大きいツリー……初めて見たよ。飾り付け大変だったでしょうに……!」
「ホントだな! ちょっ……感激し過ぎてやべえ……」
 真っ赤な鼻を白い吐息で隠すようにしながら、冰はハンカチで瞼を押さえ、紫月は袖口で照れ臭そうにグイと涙を拭った。
「喜んでもらえたようだな」
「二人共トナカイみてえだ。可愛いツラ見せてくれて……」
「俺たちの方が感激だ」
「本当にな」
 ここ半月の間、嫁たちに内緒でこっそりと飾り付けていたものだ。ビルの屋上からライトのコードを垂らしたり、外階段の踊り場で命綱を付けてツリーの形になるようにコードを括り付けたりと、工事を担当してくれる業者と共に周と鐘崎も真冬の寒空の下で目一杯汗をかいた甲斐があった。
「白龍……ありがとうね。こんな素敵なプレゼント……俺、こんなに幸せでいいのかなって思うよ」
「遼、サンキュな……! 俺、今日のこと一生忘れねえわ!」
 嫁たちの感激に旦那二人の心も熱くなる。抱き寄せていた彼らの肩をそれぞれ更に両の腕で抱き包んで、すっぽりと懐に抱え込んだ。
 そんなカップルたちを讃えるように父親たちや真田、源次郎らから大きな拍手喝采が巻き起こる。
 今年もまた、幸せなクリスマスの夜が賑やかに更けていったのだった。

幸せのクリスマス・ベル - FIN -



Guys 9love

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