極道恋事情

37 封印せし宝物1



◆1
 雪吹冰。
 現在はこの世で唯一無二といえる伴侶・周焔の籍に入って周冰である。生まれ育った香港を後にしてもうすぐ三年になろうとしている。
 伴侶の周焔は十ばかり年の離れた頼れる亭主であり、彼を取り巻く周囲の人々とも本物の家族のようにしてあたたかで幸せな日々を送っていた。
 そんな冰の心を揺るがす出来事が起こったのは、何の変哲もない日常の中でのことだった。



◇    ◇    ◇



 それは商社の打ち合わせでクライアントを訪ねた帰り道のことだった。周と李と共に車までの短い距離を歩いていた時のことだ。
 この日は天気も良く、春麗らかな気候の中、そろそろ桜の開花宣言が聞かれる頃だねとたわいのない話をしていた。ちょうどその時だった。目の前を歩いていた十歳くらいの少年が石畳に足を取られた転んだのだ。
 目の前といっても五メートルほどは離れていただろうか。だが周はすぐに駆け寄ると、逞しいその腕で少年を抱き起こした。冰と李もすぐに後を追い、三人で子供の様子を窺う。
「ボウズ、怪我はねえか?」
 周は少年に向き合ってしゃがむと、彼のズボンを払ってやりながらそう訊いた。
「ん、へーき……」
「痛いところは?」
 もう一度周が訊くと、少年は今にも泣き出しそうになるのを堪えながらブンブンと大きく首を横に振った。
「そうか。偉いぞボウズ! 強え立派な男の子だ」
 とにかく怪我がなくて良かったと言って褒めた周に、気恥ずかしいわけか少年は小さな声で「ありがとうございます」と言った。すぐに母親らしき若い女性が飛んで来て、すみませんと礼を述べ、幾度も頭を下げてはこちらを振り返りながら去って行った。ただそれだけのことだった。
 普通に考えるならば、とても親切で心やさしい亭主の行動にほっこりと気持ちが温まる――それこそたわいのない日常の中の一コマだ。だがその瞬間、冰は何故だか心がザワザワと騒ぐような、言いようのない気持ちが過ぎるのを感じて胸が苦しくなる気がしていた。次第に心拍数が速くなり、理由もなく恐怖感が背筋を伝うような奇妙な感覚だった。
 そういえば以前にも今と同じような気持ちに陥ったことがあった。そう――あれはいつだったか。

(そうだ、あの時だ……。お盆の休暇で鐘崎さんや紫月さんたちと一緒に香港に行った時)

 星光大道近くのカフェで偶然にエージョントのメビィと出会った。その彼女の頼みで台湾からやって来たという一人の少年を預かることになった時だ。



◆2
 名は確か王子涵だったか――。
 その子涵少年に対して話し掛ける際にも周は今と同じように彼をこう呼んだ。『ボウズ』と――。
 最初に名乗る時も確かそうだった。『ボウズ、俺は周焔だ』と言った。
 部屋を決める時も同様だった。『ボウズ、お前の好きな部屋を選べ』そう話し掛けていた気がする。
 冰は亭主のその言い方が好きだった。彼が小さい子供に呼び掛ける際の『ボウズ』という言い回しは、一等最初彼に助けられた時に掛けられた言葉だからだ。親しみを感じさせ、安心させてくれるような独特の呼ばれ方が心地好く、何とも言えずに気持ちが高揚したのを覚えている。
 周と出会ったのは冰が九歳の時だった。たった今、目の前で転んだ少年とちょうど同じ年頃だ。王子涵もまた然り。その年頃の少年に対して『ボウズ』と呼び掛けるのは周の口癖なのだろう。冰にとっては思い入れの深い大切な呼ばれ方ゆえ、何かの折に周が『ボウズ』と口にする時、必ず出会った時のことのことを思い出すのだ。

 ボウズ、坊主、ぼうず――。

 これまでは大して気に掛からなかったことだ。彼がボウズと口にする時、出会った時のことを思い出して胸が温かくなった。とても心地の好い呼ばれ方、やさしくてあたたかい思い出――ただそれだけだった。
 だが何故だろう。その呼び方を耳にする度に、理由もなく身体が震えるような奇妙な感覚に苛まれるようになったのはいつの頃からだったろうか。
 例えていうならば、失ってはいけない大切な何かに繋がるような恐怖にも似た感覚なのだ。

(何だろう、この気持ち――。いつか遠い日に、ひどく大事な何かをどこかに置き忘れてきてしまったようなこの気持ち……)

 それがどんな物で、どこに置き忘れて来たのかが思い出せない。ただこの世で一等愛する亭主である周が『ボウズ』と口にする時、その何かが心の奥のずっと深いところから『探し出して欲しい』と訴え掛けてくるような気持ちにさせられるのだ。

(キミは誰なの? 俺に探し出して欲しいと訴え掛けてくるキミはどこの誰? それとも人ではないのだろうか……。物――? どんな物? 思い出せない――。すぐそこまで出掛かっているような気がするのに……思い出せない)

 この日の出来事を境に、冰は次第に塞ぎ込むようになっていった。



◆3
 川崎、鐘崎邸――。

「冰の様子がおかしいだと?」
 その日、平日の午後だというのに周が突然組を訪れたことに鐘崎も紫月も少々驚かされることとなった。彼と会うのは大抵週末の休日で、よほど緊急の用でもない限りはこうして平日に出向いて来るなど滅多にない。しかも李も一緒だ。本来ならば商社の業務に忙しく駆け回っている時間帯でもある。だが、その理由を聞いてなるほどと思わされた。ここ最近、冰の様子がどうにもおかしいというのだ。
「おかしいって――どんなふうにおかしいんだ」
 源次郎が淹れてきた茶を勧めながら鐘崎が訊く。紫月もまた心配そうに身を乗り出していた。
「特にどこがどうというんじゃねえが――何となく塞ぎ込んでいるというか……。元気がないように思えるんだが、理由を尋ねても『何でもない』と言って埒があかねえ」
 李もまた同じように感じるという。
「ふむ――塞ぎ込んでいるとな。何か悩み事でもあるんだろうか」
 鐘崎は腕組みをしながら首を傾げた。
 冰が汐留にやって来た当初ならともかく、今はそれこそ身も心も許し合った最愛の夫婦だ。数々の災難や事件に見舞われながらも一心同体という絆の強さで乗り切ってきた二人である。そんな周と冰の間で打ち明けられない悩みなど存在するのだろうかと思わされるわけだ。
「それで――冰の様子がおかしくなったのはいつからだ?」
 何かきっかけとなるようなことがあったのかと訊くも、ところが周にはこれといって思い当たらないようだった。――が、李には心当たりがあるようだ。
「これは私の思い込みかも知れませんが……冰さんのご様子が変わられたのは、あの日の直後くらいからだったかと」
「あの日というと?」
「実は先日、かれこれ十日ほど前になりますか。老板も覚えていらっしゃいませんか? クライアントとの打ち合わせの帰りに道端で十歳くらいの少年が転んだことがあったでしょう」
 それについては周も覚えがあるようだ。
「そういやそんなことがあったな。だがそれと冰とどう関係があるってんだ?」
 あの時の母子は全く見ず知らずの他人だったし、会釈を交わしたきりで互いの名も素性も知らない。母子が礼に訪ねて来たわけでもないし、それ以前に名も知らぬ者同士、彼らには周がどこの誰かも知り得ないはずである。李もまた、それは重々承知の上のようだ。



◆4
「ただ……あの直後だったと思います。車まで歩く短い間でしたが、冰さんは何だかお顔の色が優れないように見受けられて、私はご体調でも芳しくないのかと思ったのを覚えています。ですがその後は普通に老板にも笑顔を見せられていましたし、私の思い過ごしかと思っておりました」
 ところが次の日、また次の日と日を追うごとに段々元気がなくなっていくように思えたという。
「表面上は笑顔も見せてくださいますし、老板がおっしゃるように特に何がどうというわけではないのですが、やはりどことなくお元気がないように思えまして――」
 周や李のみならず劉もまた同様に感じているそうだ。
「ふむ、李さんや劉さんまでそう感じるってことは――真田さんはどうなんだ?」
 真田は年長者で人を見る目にも長けている。執事という立場で、仕える主人らの些細な変化でもすぐに気がつく完璧なまでのプロだ。だがその真田もやはり皆と同様、冰の様子を気に掛けているというのだ。周にはこっそりと「鄧先生に診せられては?」と囁いてきたらしい。
「なるほどな。皆がそう感じるならやはり何かが原因で元気をなくしているのやも知れんな」
 とはいえ当の本人が何でもないと言う以上、あまりしつこく問いただすのは逆効果だろう。
「だったら一度紫月と二人で食事にでも行かせてみるか。冰がお前に隠し事をするとも思えんが、亭主だからこそ言いづれえ悩みってのもあるのかも知れん」
 その点、同じ嫁同士という立場の紫月になら案外気負わずに話してくれるかも知れないと思うのだ。紫月もまた、喜んで力になりたいと言った。



◇    ◇    ◇



 そして週末――。鐘崎と周は仕事絡みの打ち合わせがあることにして、その間紫月と冰とでランチに向かわせることとなった。
 これまでも亭主たちがしのぎの件で出掛ける間に嫁同士で食事に行くことはよくあったので、特には怪しまれずに冰を連れ出すことができた。仮に何か悩みを抱えているならと思い、万が一体調の変化などが見られた際にはすぐに帰れるようにと汐留近くにある個室タイプの落ち着いたレストランをチョイス。紫月は持ち前の明るさを振り撒きながら、それとなく話を誘導せんと試みていた。
「どした、冰君? あんま食が進んでねえみてえけど、どっか具合でも悪いんか?」
 心配そうに顔を覗き込む。すると冰は「そうではない」と首を振りつつも、弱々しく微笑んでみせた。
「あの……紫月さん? 変なこと……聞いてもらってもいいですか?」
 やはり紫月には話しやすいのだろうか、冰の方からそう切り出してくれたのは有り難かった。
「ん? いいよ! 俺で良けりゃ何でも聞くぜ」
 そう言うと、冰は安心したように小さな溜め息をついてみせた。



◆5
「こんなこと白龍にも言えないんですが……。実は俺、最近ちょっとおかしくて」
「おかしいって? どっか体調面で不安があるとかか?」
「いえ……。でもまあ体調にも少し関係があるのかも知れません。俺、時々すごく怖くなるんです」
「……!? 怖いって、どんなふうに?」
 これは思っていたより深刻なのか――そう思った紫月はなるべく混乱させないように穏やかな表情で冰を見つめた。ところが直後に冰から飛び出したひと言にますます目を丸めさせられることとなった。

「ボウズ……」

「――え?」

「ボウズって、白龍が言うんです。その、小学生くらいの男の子に対して呼び掛ける時とかに」
「……? ボウズ?」
 思いもよらない話し向きに紫月は驚きつつも眉根を寄せさせられてしまった。
「前に皆んなで香港に行った時のこと覚えてますか? 台湾から来ていた王子涵君っていう男の子を預かってくれないかってメビィさんに言われた時のことです」
「ああ! うん、もち覚えてっけど」
「その時が初めてだったかな。白龍が子涵君に向かって『ボウズ』って呼び掛けたんです。俺、その時は何となく不思議な感覚でしかなかったんですけど……この前道を歩いてた時に目の前で男の子が転んだんです。白龍はすぐに駆け寄ってその子に手を差し伸べたんですが、その時も『ボウズ、怪我はないか?』って訊いたんです。そのすぐ後でした。俺、急にワケもなく怖くなって……身体が震え出しちゃって……」
「……つまり冰君は氷川が小学生くらいの兄ちゃんを『ボウズ』って呼ぶのを聞いて急に怖くなっちゃったってことか?」
 コクコクとうなずきながらも冰はギュッと苦しそうに瞳を瞑った。
「紫月さんは……『兄ちゃん』って呼ぶんですね。鐘崎さんはどうなのかな……? 小学生くらいの男の子に話し掛ける時……。やっぱり『ボウズ』でしょうか」
「うーん、そうだな。そう言う時もあるかもだし、遼なら『おい、ガキんちょ』とかも言いそうだな」
「……そっか。鐘崎さんらしいですね」
 冰は苦しそうにしながらも弱々しく笑った。
「その呼び方が――気になるんか? 冰君だったら『キミ』とか『坊や』とか言いそうだよな?」
「……そうかも……ですね。紫月さん、俺……初めて白龍に助けてもらった時、その時も白龍は俺のことをボウズって呼んだんです。その呼ばれ方はすごく印象に残ってて、そう呼ばれるのが好きだった……。とても大切な思い出だったんです。でもその大好きな思い出が……怖いと思うようになるなんて」
 ギュッと両の拳を握り締めカタカタと身を震わせ始めた様子に、紫月は「大丈夫だよ、怖くない」というようにそっと冰の肩を包み込んだ。



◆6
「白龍が誰かにボウズって呼び掛けるのを聞くと、何か……どこか遠いところに大事な物を置き忘れて来ちゃったような気になってすごく怖くなるんです。それがどこなのか、置き忘れたものが何なのかも思い出せなくて……。人なのか物なのかも分からない。でも頭の隅で誰かが叫ぶんです。思い出してって。置いてきた物を今すぐ取りに来てって言われているような気がして……」
 次第にガタガタと強まる震えを包み込むように紫月は即座に席を立って冰を抱き締めた。
「大丈夫。大丈夫だよ、冰君。俺が側にいる。怖くねえからな。大丈夫」
「ん……はい、すみません紫月さん。へ、変なこと言って……俺」
「ううん! 変なことなもんか! な、焦らねえでいい。一緒に考えよう。冰君が置き忘れてきたかもって思うそれが何なのか、俺がずーっと一緒に考えてやるさ! 氷川や遼だってもちろん一緒に探してくれるだろうぜ!」
 だから心配ない。怖くなんかない。皆んなで一緒にゆっくり探そう? そう言って肩をさすり続けていると、次第に冰は落ち着きを取り戻していった。

 その後、汐留へと戻る途中で紫月は密かに鐘崎へとメッセージを入れた。冰を不安にさせないように電話ではなく文字で伝えた。ひとまず鄧先生に言って睡眠導入剤で休ませるべきかと思う、その間に今あったことを報告すると伝えたのだ。
 メッセージを受け取った周と鐘崎の方でも事態は想像していたよりも重いと受け止めたのだろう。紫月らが汐留に着くと、普段通りたわいのない会話を交わしながら茶に混ぜた薬で冰を眠らせることにした。

「冰君は……? 眠ったか?」
「ああ。睡眠薬が効いたんだろう。ぐっすりだ」
「そっか、良かった……」
「一之宮、すまなかったな。世話をかけた」
 そう言う周の表情も心なしか重く映る。その後、医師の鄧にも来てもらい、紫月は周と鐘崎に今日あったことを詳しく話して聞かせた。
「ふむ、なるほどな。やはり冰には悩みがあったというわけだな?」
 鐘崎が茶を含みながら納得している。鄧もまた、その心理の分析を試みているようだった。
「どこかに大切な何かを置き忘れて来た気がする――ですか。ひょっとしてそれは記憶の一旦のようなものでしょうか?」
 単純に考えるならば思い当たるのはそれだろう。今は忘れてしまっている幼い頃の思い出のようなものが冰の心の深いところで沸々とし出している――話を聞いて思いつくのはそういった可能性が大きいのですがと鄧は言った。
「ただしそれがいい思い出なのか、それとは逆に思い出すことによって本人が辛くなるような酷な事柄だから自衛が働いて記憶を封じてしまっているという可能性もあります。どちらにせよ、話を聞く限りでは老板の『ボウズ』というワードが鍵になっているのかも知れません」
 周ならば心当たりがあるだろうか。
「老板は何か思い当たることが――」
 お有りですか? そう訊き掛け、周に視線をやると、ひどい驚きに揺れているようで三人はハタと互いをみやってしまった。



◆7
「氷川……? 何か思い当たることでもあるのか?」
 鐘崎が訊くと周は我に返ったようにして皆を見つめ、そして静かにうなずいた。
「……もしかしたら……あの時抜け落ちた記憶のことと関係があるってのか」
 普段余程のことがあっても動じない周にしては、珍しくも動揺したように硬直気味で蒼白となっている。事実これまでにももっと驚愕といえる、彼に子供がいたかも知れないという話を突き付けられた時でさえこれほどまでに驚いた様子は見受けられなかったほどの強靭な心の持ち主だ。
 その周が顔色を蒼くしてまで焦る様子に、鐘崎らの方が驚かされたくらいだった。
「抜け落ちた記憶だって? 誰の記憶だ。もしかして冰の――か?」
 鐘崎が問うと周は黙ってうなずいた。
「十五年前だ。俺はファミリーの末端が起こした繁華街での抗争事件を鎮圧する為、親父から命を受けて現場に出向いた。そこで拉致されそうになっていた幼い冰をヤツらから取り戻したんだ。それが冰との出会いだった」
 お前さんたちも知っての通りだと周は言った。
「その頃俺は大学に通う学生だった。冰は小学校の三年か四年だったと思う。その少し前の抗争が原因で両親を失ったあいつは隣家に住んでいた黄のじいさんに引き取られていたんだ」
 そこまでは誰もが知る周と冰の馴れ初めだ。もしかしたら当時のことで周しか知らない出来事があったのだろうか。
「実はあの頃――俺は幾度も冰に会いにあいつのアパートを訪れていたんだ」
「――? 幾度もだって? お前、冰とは初めてあいつを救った日以来、一度も顔を合わせていないんじゃなかったのか?」
「いや――」
「じゃあ――当時お前らは共に過ごした時期があったと?」
「そうだ。初めてのあの日以来、俺は時折冰の様子見がてらあいつに会いに行っていたんだ。その間、約一年ほどだった」
「もしかして抜け落ちた冰の記憶ってのは……」
「――そうだ。俺と過ごした一年間の間の記憶だ」
 ではなぜ、冰はその頃のことを覚えていないのだろう。周に助けられたこと自体はしっかり覚えているというのに、その後の記憶――しかも周と過ごした一年間だけの記憶を失くしてしまった理由は何なのか。鐘崎、紫月、鄧の三人は逸る気持ちを抑えつつ周の話の続きを待った。



◇    ◇    ◇



 十五年前、香港――。

「坊っちゃま、坊っちゃま! 今日もお出掛けでございますか? もしかして例の――?」
「ああ、そうだ。ちょいとあのボウズの所に様子見にな。夕飯はいらねえから」
「かしこまりました。お気をつけて」
 執事の真田に送り出されて、周は繁華街へと向かった。黄老人と幼き冰が住むアパートだ。そこへ出掛けることを真田が見抜いたのは周の服装を目にしたからだった。
 少し前に起きた抗争事件の際、チンピラ連中から冰を救い出したのはこの香港を仕切るファミリーのトップに君臨する次男坊の周焔だということはあのアパートの誰もが知っていた。当時周は大勢の側近たちを従えて鎮圧に乗り込んだからだ。
 その後も幼い少年のことが気に掛かって、周は度々アパートを訪れていた。しかしながらマフィアのトップが堅気の住むアパートにしょっちゅう出入りしていては何かと目立つ。黄老人や冰にも裏社会との繋がりがあるなどと、要らぬ噂が立ったりしたら気の毒であろう。そう思った周は、アパートを訪ねる際にはダークなスーツ姿ではなく、年相応の若者が着るような服装を心掛けるようになっていったのだ。



◆8
 これまでは頭領である父の隼や兄の風の側近たちにも示しがつくようにとのお達しから、ファミリーの拠点である高楼に出向く時はもちろんのこと極力普段から固いイメージのスーツを纏うように躾けられてきた。それは幼少の頃からの決まり事というくらいの、ファミリー内での掟のようなものだった。買い物に行く時も然り、大学へ通う際にも比較的カジュアルながらも基本はスーツと決められていた。
 そんな周がラフなTシャツに流行りのジャンパーとジーンズなどの軽装で、しかも足元は生まれてこの方、体育の授業以外ではほぼ履いたことがないようなスニーカーなどのスタイルで邸を抜け出す姿を見れば、真田とて行き先が何処なのかは聞かずとも察しがつくというものだ。
 周は黄老人の歳の離れた兄弟の甥っ子で、冰にとっては従兄弟に当たる青年ということにして彼らの元を訪れていたのだった。アパートまで向かう際も送り迎えの車は使用せず、電車やバスを乗り継いで、お付きの一人もつけずに徒歩で通った。当然父や兄にも内緒だった。それは月に二度程度だったが、当時まだ黄老人はカジノの現役ディーラーをしていた為、帰りが遅くなることもしばしば。周は幼い冰を連れてレストランへ行き、食事をさせたり、老人が帰宅するまでアパートで共に待っていたりしながら過ごしたのだった。
 冰もまた周にはよく懐いていて、『漆黒のお兄さん』が訪ねて来る日を心待ちにしていたそうだ。



◇    ◇    ◇



「ボウズ、腹が減っただろう。そろそろメシにするか」
「はい、お兄さん!」
 よく晴れた暖かい陽気の中、周は朝からアパートへと冰を迎えに行き、二人で近所の公園を散歩しながらブラブラとウィンドーショッピングなどを楽しんでいた。
「何が食いたい。中華のレストランでもいいし、パスタやハンバーグなんぞでもいいぞ。ボウズの好きな物を食いに行こう」
「うんとね、何がいいかなぁ」
 冰は少し考え込みながらも、「お兄さんは何がいいですか?」と訊いた。
「何でもいいぞ。ボウズの好きなモンを俺も食ってみたいしな」
 そう言ってひとまず木陰にあったベンチに腰掛けると、すぐ目の前にテイクアウトもできる軽食の店が目に入った。
「あ! お饅頭のお店!」
 冰はパァっと瞳を輝かせて立ち上がった。
「饅頭か。あれが食いたいのか?」
 冰は心躍るような表情でコクコクとうなずいた。
「お兄さんと一緒にこのベンチでお饅頭食べたい!」
「じゃあそれにするか。買って来るからちょっとここで待ってろ」
「うん!」
 冰はベンチの上で足をブラブラとさせながら嬉しそうに待っていた。
 本当はもっと豪華なレストランで美味しそうな料理を腹一杯食べさせてやりたいと思っていたが、小さい子供にとってはああいった軽食を青空の下で食べるのもまた楽しいのだろう。周はやれやれと思いつつも目の前の店で饅頭と飲み物を仕入れてベンチに戻った。その姿を待ち侘びていたように満面の笑みで迎えながら、ベンチの端にちょこんと座り直しては周の為にスペースを空ける仕草が可愛らしい。



◆9
「ほら、熱々だ。火傷しねえように気をつけて食えよ」
「わーい、美味しそう! お兄さんありがとう!」
 ドリンクのカップをベンチの上に置いて、熱々の饅頭を頬張る。ふうふうと可愛らしい小さな唇で冷ましながら齧る仕草に思わず笑みを誘われた。
「わぁ、お肉がぎっしり詰まってる! 肉饅頭だね、これ。すごく美味しいです!」
「そうか。良かったな」
「ね、お兄さんのもお肉?」
「ん? 俺のは――」
 齧った饅頭の中からチラリと覗いた橙色の色合いが気になったのか、冰は背伸びをするように見上げながらそう訊いた。
「肉饅頭ってよりは……こっちはピザ味じゃねえか?」
「ピザ!」
 またもやパァっと目を輝かせる様子に、周は思わず吹き出しそうにさせられてしまった。
「何だ、ピザの方が良かったか?」
「う、ううん。お肉もとっても美味しいです! でもピザも……」
 ちょっと味見してみたいのだと顔に書いてある。モジモジとしながら小さな手で肉饅頭を握り締める様が可愛らしくて、クスッと瞳を細めてしまった。
「だったら――交換するか?」
 互いに半分くらい齧ったところだから、今交換すればどちらの味も楽しめる。そう提案すると、冰はポっと頬を染めては嬉しそうにうなずいた。
「いいの?」
「もちろんだ。ついでにジュースも――いるか?」
 周のはジンジャーエールで冰のはメロンソーダだ。
「うん!」
 どちらも似たような炭酸ドリンクだが、こうした味比べもまた小さな子供にとっては楽しいのだろう。冰は心から嬉しそうにキラキラとした笑顔を見せながら、交換したピザ味の饅頭とジンジャーエールを頬張るのだった。
「美味しいー! どっちもとっても美味しいです!」
 言葉通り本当に美味しそうにする満面の笑顔が可愛らしい。周はなんとも言えずに癒される気がしていた。
 生まれてこの方、家族には本当に良くしてもらってきたが、その裏では周囲から妾の子だと冷ややかな視線を向けられてきたことも事実だ。常に気を張って生きることに慣れてしまい、それが当たり前だと思っていた人生の中で、純真無垢なこの少年との触れ合いは周に心からの安らぎを与えてくれるものだった。
「ボウズ、じいさんは今日何時ごろ帰って来るんだ?」
「んとね、夜の九時くらいだって言ってた。今日は早く上がれるって」
「そうか。じゃあじいさんが帰って来たらすぐに食べられるように、晩飯でも買っていくか。この近くに美味い飲茶の店があるんだ」
「ほんと? じいちゃん喜ぶ!」
 二人で飲茶を選ぶのもまた楽しい。
「ボウズ、お前も好きなのを選べ。さっきのメシは軽かったからな。夜はしっかり食って元気をつけねえとな!」
「お兄さんも一緒に食べていける?」
「ああ、構わんぞ。じいさんが帰って来るまでの間に宿題も見てやろう」
「やったぁ!」
 満面の笑みで両手を高く広げ、万歳をするとそのまま腰に抱きついてきた。



◆10
「お兄さん、大っきいねぇ! 僕も大人になったらお兄さんみたいに背が伸びるかな?」
「それにはたくさん食わなきゃな! ほら、何がいいんだ」
 ウィンドーに並ぶ数々の飲茶を二人肩を並べて覗き込みながら選んだ。
 冰は大きな瞳をクリクリと見開いては、
「んとね、シューマイでしょ。あ、これじいちゃんが好きな小籠包。あとこのお菓子も! じいちゃんすっごく好きなんだぁ」
 黄老人が好物だという飲茶や菓子を小さな指で指しながら選んでいった。
「月餅か。食後に茶を飲みながら食うか!」
「うん!」
 仲睦まじい二人に、店の主人は「ご兄弟かの? 楽しそうじゃな」と言って微笑む。
「ふふ、じゃあこれ。おじさんから坊やにオマケじゃよ!」
 二人の会話からおそらくこの幼い子供が言う『じいちゃん』という人と三人で食べると思ったのだろう、月餅を三つ余分に入れてくれた。
「すみません。遠慮なくご馳走になります」
 周が丁寧に頭を下げて受け取ると、冰もまたそれに倣うように頭を下げた。
「おじさん、ありがとうございます! お兄さんとじいちゃんと一緒に大事に食べます!」
「ほほ、偉いのぅ坊や」
 礼儀正しい坊やだことと言って店の主人はにこやかに手を振ってくれた。
 夕陽の中、二人手を繋いでアパートまで歩く見慣れた道のりも心躍るようで、街の雑踏も行き交う人の流れもすべてがキラキラと輝いて見えた。
「ボウズ! おい、ボウズ! そう急ぐな。走って転んだりしたらいけねえ」
「大丈夫だもーん! だってお兄さんが一緒なんだもん! もしも転んでもすぐにお兄さんが助けてくれるもん!」
「こいつぅ! じゃあ、そうだな。転ばぬ先の杖だ。こうして――」
 周は小さな手を取ると、大きな掌の中にしっかりと握り込んだ。
「こうやって繋いでいれば危なくねえからな」
「えへへ、そうだね。お兄さん、手も大っきいねぇ。これなら安心だね!」
 嬉しそうに顔をクシャクシャにして笑う様がまさに純真無垢だ。この幼子には満面の笑顔の裏にある腹黒さなど無縁――そんな少年と共にいることが驚くほど新鮮で、心休まるひと時であった。

 出会ってから丸一年、周はそうして幼い少年の元に通い続け、まるで本当の兄弟のように過ごした。一緒に散歩に出掛け、買い物をしたり食事をしたりという何の変哲もない日常が本当に楽しかった。
 時にはテーマパークで思う存分遊んだりもした。ピークトラムといわれる登山列車に乗って山頂まで行き、二人で香港の街並みを見下ろしたり、観光用のフェリーで湾を渡るのも楽しかった。生まれてこの方、マイフィアトップの息子として生きてきた周にとっては、一般人に混じって観光用の乗り物に乗る機会など皆無だった。いつ何時、どこから襲撃されるか分からないからだ。
 素性を隠し、人々に混ざって街中を歩く――そんな当たり前のことが周にとってはひどく新鮮でもあったのだ。しかも連れ立っている相手は自分を頼りにし、汚れや思惑などとは縁のない純粋な子供。そんな幼子とのひと時は、生まれて初めて味わうあたたかな感覚だったのは確かだった。
 出掛ける以外にも一日中アパートで宿題を見てやったこともあった。月に二、三度の限られた時間だったが、二人にとっては何ものにも変え難い充実した時間だったのだ。



◆11
 そんなある日のことだ。
 この日は香港の街が見渡せる観光地のひとつ、ビクトリアピークにやって来ていた。ケーブルカーに乗って山頂まで行き、観光客らに混ざって景色を満喫していた。普段、ファミリーの拠点が置かれている高楼からの見慣れた景色とは違い、自然の空気の中で眺望する街全体も生き生きと輝いて見える。冰もまた、高台からの絶景に感激の声を上げていた。
 二人肩を並べて景色を堪能しながら、ここでも互いのドリンクを交換して楽しんだりして過ごした。
「ねえ、お兄さん! お兄さんは学校を卒業したらどんなお仕事をするの?」
 ふと、冰が可愛らしい笑顔でそんなことを訊いてきた。
「仕事?」
「うん! 昨日ね、学校で将来は何になりたいかっていう授業があったんだぁ」
 なるほど――。そういえば自分も小学生の頃にそんな授業があったなと思いながら、懐かしさに瞳を細める。
「ほう? それでボウズは何と答えたんだ?」
「うん、僕はね。じいちゃんと同じディーラーになりたいって言ったの!」
「ディーラーか!」
「毎日ちょっとずつじいちゃんに技を教えてもらってるんだよー。でもね、じいちゃんすっごく厳しいんだぁ」
「はは、そうか。頑張ってるんだな。偉いぞボウズ!」
 そう言って頭を撫でてやると、冰は嬉しそうに可愛らしい顔をくちゃくちゃにしながら頬を染めて笑った。
「ね、ね、お兄さんは? どんなお仕事したいか決まってる?」
「ああ、決まってるぞ。俺は商社の仕事をするつもりだ」
「商社?」
 それはなぁに? といったふうに小首を傾げる仕草が可愛いらしい。
「商社ってのはな、貿易だ。この香港にないものを外国から仕入れたり、逆に外国にない物を届けたりする仕事だ」
「へえ、すごいんだね! 外国の人とお仕事するの?」
「そうだな。もうあと二年もしねえ内に卒業だからな。実は今からちょっとずつ仕事の方にも手をつけているんだ」
「もうお仕事してるの? 学校に行きながら?」
「今はまだ勉強を兼ねてだからな。卒業して本格的に働くまでの間の予行演習のようなものだ」
 お前だってディーラーの技を練習しながら予行演習しているだろう? と微笑んでやると、冰はそうだねと言って笑った。
「僕が大きくなってじいちゃんのような立派なディーラーになれたら、お兄さん僕のお店に来てくれる?」「もちろんだ。楽しみにしているぞ」
「わぁい! 嬉しいな! お兄さんに来てもらえるように僕頑張る!」
「そうか。偉いぞボウズ!」
 将来の話をしながら、周はわずか後ろ髪を引かれるような思いに瞳を細めた。卒業したらこの香港を離れて起業する心づもりでいるからだった。

 妾の自分に心から良くしてくれた継母と兄への恩に報いる為、生まれ育ったこの街を出て実母の故国である日本へ移住することを決めたのは、周囲が危惧する後継争いから身を引く為である。表向きは堅気となって海を隔てた日本で一から起業し、少しでもファミリーの役に立てるよう励まんと決めていた。冰に出会うずっと以前からの決心だった。
 自分がこの世に生を受けた意味があるとするなら、それは家族の恩に報いる為。ただそれだけだと心に決めていた。だが今――この少年と知り合って思う。ただひとつ心残りがあるとすれば、幼いこの子供を置いて香港を離れなければならないということだった。



◆12
「ボウズ――、俺は卒業したら少し遠い所へ行かねばならなくてな」
「――? 遠い所?」
「日本という国だ。そこで仕事に就くんだ」
「日本? それって僕のお父さんとお母さんの国……」
「そうだ。お前さんの故国でもある。そういう俺の母親も日本の生まれでな」
「お兄さんのお母さん? だから……日本に行くの?」
「ああ。俺にも半分はお前と同じ日本人の血が流れている。卒業したら――こうしてしょっちゅう会いに来ることもできなくなるが」

 達者でいるんだぜ――。

 そう言おうと思った矢先だった。急にうつむいて、今にも泣き出しそうに唇をギュッと結びながら小さな肩を震わせた。
「――ボウズ?」

「…………もう……お兄さんと会えなくなるの?」

「会えなくなるわけじゃねえ。今までのように頻繁には来られなくなるというだけだ。春節の頃には毎年この香港に戻って来る。お前さんにも必ず会いに来ると約束する」

「…………うん」

 冰は涙こそ見せなかったものの、大きな瞳を震わせながらギュッと唇を噛み締め――。それは懸命に寂しさを堪えているかのようだった。
 無言のまま腰に両手を回して抱き付いては、まるで『行かないで』とでも言うように、ただただしがみついてきた。
 堪らずに小さなその身体を抱き締め返して、そのまましばらく――どちらからとも言葉を交わさぬまま温もりを重ね合った。
「ボウズ、約束する――。春節には必ず会いに来る――! それにもしも――」

 もしも黄のじいさんに万一のことがあれば、俺は必ずお前を迎えに来る。一人ぼっちには絶対にさせない!

 だから安心して――元気でいてくれ!

 万感の想いを込めて周は両腕の中に幼い少年を抱き締めた。香港の街を見下ろす小高い丘の上で、夕陽に染まる空に包まれながら――その陽が沈んで宵闇が百万ドルの夜景を映し出すまでずっと、ずっと――ひしと抱き締め合いながらその景色を胸に刻みつけたのだった。



◇    ◇    ◇



 もう冷めてしまったコーヒーを見るともなしに見つめながら、周は伏し目がちで薄く笑った。
「それが――冰と出会ってから一年の間にあった出来事だった。俺たちは共に過ごし、本当に幸せで楽しい一年だった」
 そんな幸せな日々が暗転したのは、周が香港を離れることを告げて少ししたある晩のことだった。黄老人から冰が高熱を出して緊急入院したとの知らせを受けたのだ。聞けば非常に危険な状態だという。周は取るものもとりあえず、すぐに入院先の病院へと駆け付けたのだった。
「原因は分からなかった。初めはただの風邪だと思ったそうだ」
 ただ、次第に熱が上がり、あまりの高熱に驚いた黄老人が救急車を呼んだところ、このままでは命の危険に関わるかも知れないと言われたそうだ。



◆13
「それまで黄のじいさんから電話が来たことなどなかったんだが、じいさんは万が一のことを思って俺に連絡したと言っていた」
 運ばれた先の病院は繁華街の中ではそこそこ大きかったものの、医者の誰もが原因不明だと言って手を持て余していて、とにかくは解熱するしか方法が見当たらないということだった。
「俺は兄貴に事情を話してファミリーの専属医である最高峰の医師に診てもらえるように頼み込んだ。鄧の親父さんだ」
「――私の父に? そうでしたか……」
「当時、鄧はドイツに留学中だったからな。知らなくても無理はない」
 周の父も兄もその時初めて周がこの幼い少年の元に通い、いろいろと面倒を見ていたことを知ったそうだ。
「鄧の親父さんはすぐにあらゆる検査で出来得る限りの治療を試みてくれた。だが、やはり高熱以外に原因となる病は見当たらなかったそうだ。それでもひとつ思い当たる節があると言って、他の医師らがサジを投げた冰の病名を推測してくれた。おそらくは重度の精神的負担による発熱ではないかという診断だった」
 その精神的負担というのが何なのかは分からなかったが、つい数日前までは周も直に冰と会っていたし、それまでは普通に明るく元気だった。その後も特に変わったことはなく、学校にも普段通り通っていたというし、黄老人もこれといって思い当たる節はないと言った。ただし、ここ数日はどことなく気落ちしている様子で、いつものような元気はなかったそうだ。
「鄧の親父さんはとにかく熱を下げなければ身体的に危ないと言ってな。投薬で解熱自体は可能とのことだったが、幼い子供にとっては強い薬なので予期しない副作用が出る可能性が高いと言った」
「――副作用ですか。父はどのような症状が出ると申したのですか?」
「可能性が高いのは記憶に関することだと言われた」
「記憶――ですか」
「副作用が重ければ自分がどこの誰かもすっかり忘れてしまうという完全な記憶喪失、軽くて済んだとしてもところどころ断片的に記憶が抜け落ちて、最悪は黄のじいさんや俺のことも思い出せなくなるかも知れないと――」
 だが周も黄老人もとにかく冰の命が助かるならば自分たちのことを忘れてしまったとて構わないと思ったそうだ。
「結果、投与を決め、熱は下がり三日もする内には容態も落ち着いた。冰が意識を取り戻して、看病で付いていた黄のじいさんの顔を見て『じいちゃん』と呼んだ時は安堵させられた。しかも俺のことまでちゃんと覚えていてくれたのだ」
 ただ、それからしばらくして記憶が断片的に抜けてしまっていることが発覚したのだそうだ。



◆14
「冰は自分の両親が亡くなったことも、その原因もすべて覚えていた。黄のじいさんのことはもちろん、俺と会った日のことやクリスマスにケーキを贈ったことなども覚えていてくれたが、俺と過ごした一年間のことはすっかり忘れてしまっていたんだ。俺のことは――例の抗争事件の時に自分をチンピラ連中から助けた見知らぬお兄さんということしか覚えていなかったそうだ」
 つまり、周に助けられて以降、共に過ごした一年程の記憶がすべて抜け落ちてしまったということらしい。
 そこまで聞いて、鄧はなるほどと小さな溜め息をこぼした。
「やはり――自衛本能による記憶喪失ということだったのでしょうか」
「自衛――?」
 鐘崎と紫月がどういうことなのかと首を傾げる。
「人は酷く辛いことがあると、自分を守る為に自衛本能が働くことがあります。当時の冰さんの場合、分かりやすく言えば覚えていると辛過ぎることを忘れてしまったということになるかと思います。大人であればある程度気持ちの制御がきくかも知れませんが、当時まだ幼かった冰さんにとって、老板と離れ離れになることがそれ程に辛かったのでしょう。しかもご両親を亡くされたばかりで頼る者は数少ない。黄老人もご高齢だったということからして、無意識の中でも不安を感じていたというのもあるかも知れません」
 それが自衛による記憶喪失の正体というわけか――鐘崎も紫月も当時の冰の幼心を想像しながら、胸の痛む思いでいた。
「老板が日本に行ってしまえばおそらくは毎日のように泣いて暮らすだろう日々が続くのが分かっていた。そうなれば自分自身も辛いし、黄老人にも心配を掛けることになる。共に過ごした日々を忘れることで、そういった寂しさから自分を守ろうという本能が働いたと考えられます」
 ゆっくりとソファから立ち上がり、遠く香港の位置する方角を見つめながら鄧は続けた。
「それでも老板のことは決して忘れたくなかった。だから助けてもらった日のことだけは覚えていたのでしょうね。その後の楽しい思い出は覚えていると辛くなる。だから自衛本能が働いて忘れてしまった――というよりも、記憶そのものは冰さんの心のどこかに確かにあって、ただそれが見えないように閉じ込めて鍵を掛けてしまったという表現に近いと思われます」
 ひとつ不思議なのは、クリスマスのケーキの件だと鄧は言った。
「クリスマスに老板からケーキを貰ったことは、冰さんにとって心温まる嬉しい思い出のはずです。他のことは忘れているのに、何故それだけを覚えていたのかが少々不思議ですが……」
「クリスマスケーキか……。そういえばあれを届けた時、冰は近所の子供らと遊びに出掛けていたな。俺も用事があったし、冰には会わずに黄のじいさんに渡して帰って来ちまったんだが」
「そうでしたか」



◆15
 会わずにケーキだけが届けられていたことで、冰の中では捉え方が違ったのかも知れない。まあ何かひとつくらいは楽しかったことも覚えていたいと思ったとしても不思議はない。あるいはそのクリスマスケーキには格別な思い入れがあったのか、いずれにせよ周に対する思いは『自分を助けてくれたお兄さん』という、有り難い恩人でしかないというふうに自らの記憶を封じ込めてしまったのではないかというのが鄧の見解だった。
「クリスマスケーキって……もしかしてアレか? ほら、このリビングにも飾ってあるけど」
 紫月がハタと思い付いたようにソファから腰を浮かせては、とある一点を指差した。
「あのジュエリーボックス。去年のクリスマスに氷川が冰君に贈るっつって、俺と遼も付き合ってさ。例の丸の内の宝飾店で選んだべ?」
 鐘崎もまた、そのことはよく覚えていたようだ。透明なジュエリーボックスの中にはもう古くなった柊の葉のオーナメントと共に、当時冰から届いたというお礼のクリスマスカードが飾られている。
「氷川が昔贈ったケーキに付いてたオーナメントを冰君が未だに大事に持っててくれたっていうやつ! あのオーナメントってケーキに最初っからくっ付いてくるやつじゃなくて、氷川が特別にオーダーしたって言ってたべ?」
「だから冰はその時のケーキのことだけは覚えてたってわけか」
「ああ……。俺もまさか冰があんな物を未だに大事にしてくれていたとは知らなくてな。あいつ、この汐留に来てからも毎年クリスマスになると密かにあのオーナメントをツリーに飾ってくれていたらしい。去年偶然にも真田が気付いてくれてな。それであのジュエリーボックスを贈ろうと決めたんだ」
「こっちのカードはクリスマスケーキのお礼にっつって、冰君から届けられたんだべ?」
「ああ。それが届いた時には本当に嬉しくてな。俺もずっと大事に取っておいたんだが――」
 だからこうしてその時互いに贈り合ったオーナメントとカードを飾ってあるわけか。鐘崎も紫月も、酷く驚いてはしばらく上手くは言葉にならなかった。幼かった冰が当時からどれほど周を慕っていたかがよく分かるエピソードといえる。もちろんそれは今のような恋情や愛情とは別のものだったろうが、本当の兄のように思い、頼みに思っていたのだろうことが窺えるからだ。周もまた幼子からのカードを大切に取っておいたのだ。当時から二人が互いを大事に思っていたことがよくよく窺える。



◆16
 とかく冰にとってはそれほど慕っていた兄にも等しい相手がいずれは遠く離れた異国へ行ってしまう。頻繁には会うことが叶わなくなる。幼心には受け止めることができないほどに辛かったのかも知れない。だから無意識に記憶を封じてしまった。それが鄧の言うところの『自衛』ということなのだろう。
 だが当の周にはそれらの症状が分かっていたようだ。
「十五年前、鄧の親父さんにも同じことを言われてな。だから俺は――それ以後冰に会いに行くことをやめたんだ。あいつにとって俺は単なる恩人の一人で、時が経てば自然に忘れてしまう存在で構わない。あいつが――これからの長い人生を苦しまずに生きていけるならそれでいい。俺は間もなく香港を離れる身だ。側にいてずっと見守ってやれるわけじゃない。黄のじいさんと共に穏やかに暮らしてくれればそれが一番だと――そう思ったのだ」
 それ以降も時折は黄老人と冰の暮らしぶりを見に行ったものの、陰からそっと見守るだけに留め、直に顔を見て会ったり言葉を交わしたりすることはしなかったそうだ。
「香港を去る前日、俺は黄のじいさんに別れを告げに行った。冰が学校に行っている時間を見計らって、あいつには会わずに帰るつもりだった。だがあいつは――冰は俺に助けられたことをずっと覚えてていてくれて、常日頃俺はどうしているかと、あの時のお兄さんに会いたいと言ってくれていたそうだ。じいさんからそう聞かされて本当に嬉しかった」
 しかも周がアパートを後にする際に入れ違いで帰宅した彼は、慌ててその姿を捜しに階下の道路まで降りて来てくれたそうだ。
「たった一度会った時の記憶しかなくてもそんなふうに思ってくれていることが嬉しくて、心が揺れた……。何も日本へ行かずともこの香港で起業すればいいじゃないかと――幾度迷ったことか知れない。幼いあいつを置いて香港を離れる自分は薄情者だと、そうも思った」
 だが、香港に残れば周囲からはやはり父親の跡目を狙っているのだろうと疑われ、継母や兄にも迷惑を掛ける。日本での起業に当たっては前々から父の隼にも土台となる数多の援助を受けており、土壇場で香港に残りたいとは言い出せないのもまた現実だったのだ。
「結果的に俺は冰よりもてめえの人生を選んだようなものだ……。あの時、ファミリーへの恩も……何もかもを捨ててあいつと共に生きる道を選ぶこともできただろうに……俺はそうしなかったのだ」
 だが冰は十二年が過ぎても自分のことを覚えていてくれて、自らこの日本にまで訪ねて来てくれた。



◆17
「じいさんが亡くなった節目だったとはいえ――あいつが俺を忘れずにいてくれたこと、しかもたった一人で海を超えて訪ねて来てくれたことが本当に嬉しかった。記憶を封じ込めてまで慕ってくれた幼い日の――たった一度会っただけの俺のことを覚えていてくれた。俺は身体が震えるほど、自分が自分じゃねえと思えるほどに嬉しかったんだ……!」
 涙を堪えるようにうつむいて拳を握り締める周に、鐘崎も紫月も、そして鄧も切なそうに瞳を細めた。
「だが氷川。お前は――黄のじいさんに万一のことがあった時のことを思って、この日本へ来てからもいつでも冰を引き取れるようにと考えていたじゃねえか。冰が住む部屋を作って、香港の風さんに頼んで冰の様子を見に行ってもらっていただろう? 香港を離れても決して冰を忘れることはなかった。様々事情のあった中、じいさんと冰が少しでも楽に暮らせるようにと援助を続け、出来得る限り最善の手を尽くしてきたことを俺は知ってる。お前は冰よりも自分の人生を選んだわけじゃない。いつでもあいつのことを気に掛けていたじゃねえか」
 お前は決して薄情なんかじゃない! 鐘崎は必死にそう訴えた。紫月もまた然りだ。
「そうだよ氷川! 俺は……遼やおめえほど詳しいことを知ってるわけじゃねえが、おめえが冰君のことを話す時の嬉しそうなツラは本物だった! ああ、こいつにも大事に思ってる誰かがいるんだって……そう思ってた。だから俺、冰君に会えた時も初めての気がしねえほどに親しみを感じたんだ!」
 お前はずっと冰君を大事に思ってた! それは俺たちがよく知っている。鐘崎も紫月も力強くそう言っては真剣な表情で周を見つめた。
「けどさ、なぁ鄧先生。じゃあ……冰君は……氷川の『ボウズ』って言葉を聞いて、その封じ込めちまってる記憶を思い出そうとしてるってことでしょうか」
 紫月が逸ったようにして鄧に尋ねる。
「その可能性は大いに有り得ますね。どこかに大切なものを置き忘れて来てしまった気がするという冰さんの思いが――十五年前に封じ込めてしまった記憶と考えれば、ここ最近の不安定な感情にも説明がつきます」
 鐘崎もまた、同じことを言った。
「そうかも知れんな――。冰が氷川と暮らし始めてからかれこれ三年になろうとしている。二人は想い合って夫婦となり、今は幸せの中にある。そんな中で余裕が生まれるようになったのかもな。もう当時のように離れて暮らす不安はない。身も心も共にあるという確固たる安心感の中で、遠い日の楽しかった記憶を思い出したいという感情が働いたのかも知れん。『ボウズ』という――当時氷川にそう呼ばれていた思い出の言葉が鍵となって、冰の心の扉を開けようとしているのかもな」



◆18
「な、だったらさ。氷川が当時のことを冰君に話して聞かせれば……案外思い出すんじゃねえか?」
 そうすれば冰も苦しむことなく思い出せるのではないかと紫月は言う。
「そうですね。有効かも知れませんが、そんなにも大事な思い出を忘れてしまっていたということに対して冰さんが新たな罪悪感を抱かないとも限りません。ご本人が自然と思い出してこそ、本当の意味で鍵が開くのだとも言えます」
 冰が当時のことを思い出し掛けているのはほぼ間違いないだろう。だとすれば直接話して聞かせるよりも、本人に自ら思い出せるきっかけを与えてやることこそが望ましい。遠い昔にこんなことがあったんだぞと教えるよりも、もしかしたら一緒に過ごしたことがあったように思うんだけど――と、冰自身に気付かせる方がいいのではないかと言うのだ。とにかく今は無理に思い出させることはせず、極力不安にさせないようしっかりと側で見守ってやることが一番だと鄧は言った。

 窓の外には宵闇が降り、街の灯りが大都会・東京を彩り始める。
「氷川、どうせ明日も休みだ。良かったら――今夜はここに泊めてもらっても構わんか?」
 鐘崎が訊く。
「ああ、もちろんだ。おめえらがいてくれれば冰も気持ちが和むだろう」
 四人でワイワイ過ごす間は思い出せない何かに怯えることもなく、気持ちも和らぐかも知れない。――と、ちょうど冰が目を覚ましたようで、寝室からリビングへとやって来た。
「白龍……」
 昼間紫月に連れられて帰って来てから睡眠薬によって休ませてしまったので、服は着たままだった。上着だけを脱がせてとにかく休ませたからだ。
「冰! 起きたか」
 周は普段と何ら変わりのない笑顔を向けながらソファを立って、扉口まで迎えに行った。
「よく眠っていたようだな」
「うん……あの、俺……」
「一之宮とメシから帰って来たらソファでうつらうつらし始めたんでな」
 だからベッドへ運んで寝かせたのだと微笑みながら頭を撫でる。
「そうだった……んだ。紫月さん、鐘崎さんも……すみません」
 皆さんがいらしているのに俺ったら――そう言って冰はペコリと頭を下げた。
「冰、今日はな。カネたちもここへ泊まっていくことになったんだ。皆んなでゲームでもして遊ぶか」
「ほんと? 紫月さんたちが?」
 鐘崎らが泊まることを知って、冰は嬉しそうに笑みを誘われたようだ。比較的元気な声で『うん!』と言ってはこれまでのようなやわらかい表情が戻ってきたようだった。



◆19
 その夜、軽くゲームをしたりテレビを観たりしながら四人で和やかな時間を過ごした。鐘崎らが泊まる時はいつも客室なのだが、今日は自分たちの寝室で一緒に寝ないかと周が誘った。
「せっかくだから皆んなで雑魚寝も悪くねえ。ゲームしたりして、眠くなったらそのままここで寝りゃあいい」
 雑魚寝といっても周のベッドは広大だ。男四人が並んで寝ても充分な広さがあるのだ。
「そりゃあいい!」
 鐘崎も紫月も面白がって大賛成と相成った。
 つい最近も深夜までゲームにハマって、旦那二人が没頭している傍ら、紫月も周と冰の普段寝ているベッドで寝落ちしてしまったくらいだ。今日も眠くなった者から適当に雑魚寝すればいいという周に、修学旅行気分だといって嫁たち二人は嬉しそうにしていた。
「しかしいつ見てもでけえベッドだな」
 風呂から上がり、周から借りたカットソーに袖を通した鐘崎がしきじきと感心している。鐘崎邸のベッドもキングサイズよりは大きいものの、ここまでの広さはない。
「これなら痴話喧嘩した時も端と端で寝れば問題ねえな」
 ポロッとそんなことを口にした鐘崎に、すかさず周が口をへの字にしては反撃だ。
「俺たちは痴話喧嘩なぞしやせん」
 腕組みをしながら片目を閉じ、わざとらしくもムスッとした顔がコミカルだ。
「え、マジ? おめえら喧嘩したことねえの?」
 紫月は紫月で『マジでか?』と言ったように感心顔でいる。
「そういえば……俺、白龍と喧嘩したことないかも!」
 冰がクリクリと大きな瞳を見開きながら口走る。
「マジ? すっげえ! 俺と遼なんか結構つか、割としょっちゅうするよな?」
 そっちの方が驚きだといったふうに冰は首を傾げている。
「鐘崎さんと紫月さんでも喧嘩することあるんですか?」
 すごく仲良さそうなのに――いったいどんな理由で喧嘩になるのだと、半ば興味津々のようだ。
「まあ喧嘩っつっても大したことじゃねんだけどさぁ! 遼が聞き分けねえ時とかにな」
 あはは――と苦笑ながら紫月が頭を掻いている。
「ええー、例えばどんなことで?」
 冰が訊くと、
「主にはイエスノー枕の件だな」
 今度は鐘崎が口をへの字にしながらジトーッと拗ねた子供のような顔つきになったのを見て、ドッと笑いが湧き起こった。
「イエスノー枕って……。カネ、てめ……! 笑わせんじゃねえ」
 全くもってくだらんと言って周が腹を抱えている。



◆20
「笑うな! てめえだって似たようなもんだろうが」
「ふ――俺は紳士だからな。てめえと一緒にするな。しかしてめえもいい歳こいて張り切るなぁ。一之宮がよく野獣だなんだと騒いでるが、まさにその通りってか」
「いい歳とはご挨拶だな! 俺はまだまだ若いっての! それに――野獣ってのはある意味褒め言葉だろうが」
 いつまで経っても嫁にぞっこんというのは誇れることだと、鐘崎は鐘崎で鼻息を荒くしている。旦那たちのくだらない会話の側で、冰は頬を染めて恥ずかしそうにモジモジと視線を泳がせるばかりだ。
「ふむ、カネ! 今夜の寝る場所だが――」
 突如真顔になったかと思うと、周は広大なベッドを指差しながら、『ふふん!』と堂々胸を張ってみせた。
「いいか、こっちから冰、俺、おめえ、一之宮の順だからな!」
 つまり冰には触れさせんぞとばかりの勢いで、お返しとばかり鼻息を荒くして見せているのだ。
「おいおい……俺が冰に手を出すとでも思ってんのか?」
「なんせ野獣だからな。油断はできん」
「バカぬかせ! 俺ァそんな……」
 まさにくだらない言い合いに、紫月と冰は大爆笑させられてしまった。
 皆でワイワイ、たわいのないひと時が冰の心を癒す。こうして騒いでいる間は例の不安もすっかり忘れてしまうほどだった。

 次の日、四人でブランチを摂りながら周が言った。
「冰、そろそろ清明節も近い。黄のじいさんの墓参りがてら一度香港に帰るか」
「……え? でも……」
 清明節というのは日本でのお盆のようなものだ。先祖を思い、お参りして過ごす、香港に住む者にとっての大切な日である。墓参りに行こうと言ってくれる周の気持ちは有難いことこの上ないのだが、ただその頃はちょうど入社式の直後で、それなりに忙しいはずだ。そんな時期に社を空けてしまっていいのかと戸惑うような表情を見せた冰に、周はやわらかに微笑んだ。
「まあ確かにな。社の方もそう長く空けるわけにはいかんから、週末の連休を利用してほんの三日程度になると思うが――」
 とんぼ帰りで慌ただしいかも知れないがと言う周に、冰は嬉しそうに頬を染めては小さくうなずいた。
「ありがと、白龍。会社の方が大丈夫なら俺はすごく嬉しいよ」
「実はな、前々からいつかお前にプレゼントしたいと思っていたものがあってな」
「プレゼント……? 俺に?」
「そうだ。清明節はちょうど良い機会だ。香港に行ったら渡したい」
 それを聞いた鐘崎と紫月も、それだったら自分たちも是非同行したいと言い出した。
「じゃあ四人で行くか! 今回は仕事絡みじゃねえし、特にこれをしなきゃいけねえってな予定もない。ゆっくりできるだろう。時間的には忙しねえかも知れんが、水入らずで週末を過ごすのもたまにはいいじゃねえか」
「うん。鐘崎さんと紫月さんも一緒なら楽しいね!」
 冰は嬉しそうだ。
「よし、決まりだ!」
 こうして四人は急遽香港への小旅行に出掛けることとなったのだった。



◇    ◇    ◇






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