かぼちゃあんどん
「なッ……っ!?」
突然裂かれたシャツからボタンが転がって床を這う。
あまりの驚きに、ヤツの表情を窺うより先に、転がる欠片を追いかけるように視線だけが泳いでいた。
「悪ィ、なんかお前のエロヅラ見てたらヘンな気分になってさ? もうちょい……乱暴にしてもい? それともこーゆーの、嫌(ヤ)?」
「や……別に……こーゆーのって言われても……」
「例えば、縛ったりとかさ? それかレイプ――みてえな無理矢理系?」
「……ッ……は!?」
「前から思ってたんだー、一度オマエを啼かせてみてえ……ってさ? や、泣かせるっつーより……めちゃくちゃにしてみてえ……とか」
今、コイツ何つった?
俺は咄嗟に耳を疑った。
一呼吸置いて、この野郎の言葉の意味を想像した途端に、今度は恥ずかしさで全身が茹でダコ状態――
頬も身体も、きっと耳の先まで真っ赤になってるに違いない。
鏡なんぞ見なくても分かるくらいに身体中が火照っていた。
どこにそんな大胆な発想を隠してやがった。
どのツラさげりゃ、そんな卑猥な台詞が出てくんだよ……!
俺は極度の羞恥心に面喰らいながらも、脳裏の隅でこいつにいやらしく嬲られている自分を想像しては、期待と歓喜にまみれて堕ちていくのを感じていた。
そうだ、こいつになら何されたっていい。むしろそれを望んでるだなんて。
けど、どうあがいたって俺には口が裂けても言えねえ台詞だろう――
「なあ、どうなのよ? やっぱマニアックなのは引く? 正直、勘弁?」
首筋をしっとりとした厚みのある唇で撫でられながら、欲情マックスみてえな訊き方で吐息攻め。こんなのは思いっきり反則だ。
ダメとか嫌とか勘弁とか、そういう以前の問題。フェイント、なんて台詞じゃ片付けられない突然の仕打ち。
返答に詰まる俺に焦れたのか、戸惑うヒマもないままに、逸った吐息で剥かれた肌を舐め上げられた。
破けた服が視界をよぎれば、すぐにまたうずき出す頬の熱が滅法恥ずかしかった。
俺、コイツに何されちまうの? なんて考え出したら、淫らな妄想で頭はいっぱい。おかしくなりそうだ――
軽く腕だけ捕りあげられて、拘束されて、乳輪を尖った舌先で撫でられただけで、
「……ッん、アッ……ッ!」
自分のものとは思えないような、思いっきりヘンな声が裏返っては、天井にまで響いた。
「バッカ、でけえ声だすなって……。お袋さん、階下(した)にいるんだろーが?」
ンなこたー分かってる!
「……ッ、だっ……てめえが、いきなしヘンなことすっから……ッ!」
「ヘンなこと? だってお前、溜まってんだろ?」
「は!? 誰が……ッ!」
「だってさっきそう言ってたじゃん。今日はすっげエッチな気分とか、何とかさ?」
「……や、言った……けど……ッ」
だからちょっと変わり種的なエロいことしてみようか、なんて、鼻先に憎たらしい笑みをたずさえて、たて続けに三回イカされた。
下着ごとアレをしごかれて一回。
その次はナマで尺られて一回。
で、ケツに指突っ込まれながらしつっこく弄られて一回。
文字通り腹の上には欲望の跡、痕、アト――
シーツにまでいっちゃってるだろ?
あとで内緒で洗うの面倒臭えー、なんてどうでもいいようなことが延々、脳裏を巡る。いっそお袋に内緒で次のゴミの日にでも捨てちまおう、ああそうだ、それがいい。
「なあ、今日、挿れていーっつったよな……?」
「ん……? あ、言った……っけ?」
バーカ、ンなこと、いちいち口に出して確認すんなっつの!
こいつって、外見だけはめちゃくちゃ男前で、見るからにクールなくせして、意外と繊細っつか――晩熟だったりする。よくよく考えてみると、今までにも一度だって俺が本気で嫌がるようなことは言ったこともねえし、したことも――無い。ちょっとしたすれ違いはおろか、不機嫌になることもなきゃ、喧嘩という雰囲気にすらなった試しがない。
出来過ぎなんだよ。心地好すぎるんだよ。たまにはもっとこう……どんなことでもいいから激しく絡み合ってみたい。魂と魂をぶつけ合うように、己を剥き出しにして鬩ぎ合いてえ――なんて思うのは欲張りな考えなんだろうか。例えばそれが喧嘩でもいい、詰り合いでもいい。もっと言えば、乱暴と思えるくらいめちゃくちゃに乱されてみてえんだよって、心のままに云ってしまえたら最高だろうにな――。
でもいい。
興奮気味に吐息を乱して、頬まで赤らめて、もうクールのかけらもないコイツのツラを見られただけで満足だ。俺の天邪鬼な悩みすら、一気に全てが叶ったように吹き飛んでく。
ふと、視界をよぎったテレビ画面に、かぼちゃのくり抜き行燈が映ってた。
――付き合って二度目のハロウィンが、もうすぐやってくる。
そんなことを思ったそばから硬い雄を押しつけられて、瞼の裏側で行燈の橙色が弾けて飛んだ。
ヘッドボードに手を伸ばし、何か紐のようなものはないかと手探りした。バンダナでもタオルでも、荷造り用のビニール紐とか何でもいい。
ふと、手に当たったガムテープを掴んでヤツへと差し出した。
何のつもりとばかりに整わない吐息を抑えてヤツが俺を見つめる――
「……ッ縛りてえんじゃねえの?」
「え――?」
「あ、犯してーんだっけ……?」
「……マジ? いーの?」
「ああ、いーぜ……」
そうつぶやいた俺の頬も、きっとかぼちゃ行燈みてえな色に染まってるんだろう。そんなことを考えながら、俺はテレビの音量を少しだけ高くした。