RENEGADE LOVE

1 一途な男



「いらっしゃい、今日は誰をご指名かな? なんてね、訊くまでもないっか……」
 大きな荷物を大事そうに抱えて頬を染め、恥ずかしそうにうつむく常連客の倫周を前にして、フロアマネージャーの氷川はそう声を掛けた。
「あ……はい、あの……指名は……もしも塞がってなかったら……あの……」
 モジモジとして、なかなか指名したいホストの名を言い出せずにいる倫周の肩を後方から、すっぽりとその全身を包み込むように現れたのはエスコート役の紫月であった。

「久しぶり! 倫ちゃん、今日も俺に逢いに来てくれたの?」

 ここは男性客専門のホストクラブだ。
 業界の中では少々値が張る方なので、まだ宵の口にはさすがに客の姿も少ないが、月が高くなり始める時分にはチラホラと人目を忍ぶようにして訪れる客の風潮も又、業界では珍しい光景といったところか。
 表面上は酒と会話を楽しむ処、などと掲げているが、クラブ形式の店内の奥には個室なども用意されていて、いわば客の要望いかんによっては更に深い楽しみごとも可能な高級クラブであった。
 又、エスコートするもされるも客の好み次第で、この店にはそんな要望に合わせたホストたちが常時三十人は詰めているといった規模だ。
 今しがた客の肩を覆うように現れた紫月はエスコート役の方で、自分に逢いに来てくれた常連を歓迎する仕草も又、板についているこの男は勤続十年のベテランの類だ。
 長けた仕草にのっけからの甘い会話、一瞬で心を掴む彼の素質はやはりベテランというにふさわしいのだろうか、ぎゅっと抱き締められ上気していた頬を更に染めると、常連客の倫周は瞬時にとるけるように甘く瞳を翳らせた。

「紫……月……!」

 目の前で揺れている開(はだ)けた胸元の先に、以前自身が贈ったペンダントがはっきりと目に入った。
 今日此処へ来ることは言っていないし、予約もしていない。
 他の客からの指名だってあるだろうに、自分の贈ったものを身に着けてくれていたなんて――
 それだけで至福というように、倫周は甘い溜息を漏らした。
「あの、こんばんは。今日はちょっと……紫月に用があって……寄ってみたんだけど」
 それ以上は言葉にならずに、染まった頬は熟れて落ちそうな程真っ赤にしながら、うれしさの余りなのか見上げた瞳も潤んでいるようだ。
 紫月はマネージャーの氷川に軽く目配せをすると、華奢な肩を抱きかかえながら店の奥へと歩を進めた。

「倫ちゃん、今日は特別。マネージャーに言って個室にしたぜ?」
「え……っ!? い、いいの? そんなの……個室なんて大事なお客さん用なんでしょ……?」
「倫ちゃんより大事なヤツなんていねえだろ?」
 そんな言葉に更に頬は染まった。
 うつむき、瞳を潤ませ、心臓を抑えるように胸前で手を組み、その様はまるで恋する乙女にたがわない。
 個室に着けばそんな感情は更に輪をかけ、大きくなっていった。

「ねえ紫月……コレ……」

 先程から大事そうに抱えていた大きな袋をガサガサといじりながら、倫周は手にしていたものを紫月へと差し出した。
「何……?」
 くいと軽く首を傾げて、差し出された袋には視線もくれずに、紫月は倫周の瞳をとろけるような感じで見つめてみせた。
 無論、袋の存在は気づいているし、それが恐らく自分宛のプレゼントだということは聞かずとも承知の上だ。
 だがそれ以前に、客の言葉や意向を汲み取りたいというように見つめる仕草が高鳴る心拍数を更に鷲掴みにするという、一見バカバカしいと思えるような仕草も一対一で甘く真剣そうな視線を前にすればそう思えないのも又、この商売の魅惑といったところなのか。
 とにかくそんな彼を前にして図らずも恋するドキドキ心を激しく揺さぶれらながら、倫周は懸命に袋を差し出していた。
「あのね、コレ……気に入ってもらえるか分かんないんだけど……紫月に似合うかなと思って……」
 その段階で初めて差し出された袋を気に留める、そんな仕草が商売の要なのだと分かっていても、やはり揺れる心に歯止めを掛けられない倫周も又、既にこの世界の住人なのだ。
「俺に? 何だろう? 倫ちゃんが選んでくれたのか?」
「うん……そう、スーツ……なんだけど……」
「わっ! すげえ! 素敵な柄だな。それに手触りも気持ちいい」
「ホントッ!? 好みと外れてたりしない……?」
「ああすげえ格好いい! コレ、俺が着せてもらってもいいの?」
「ん、うん! 紫月に似合うと思ったから……俺……! よろこんでもらえたならすごくうれしい……安心しちゃった……」
 再びモジモジとうつむき加減で頬を染めている倫周を横目にクスリと微笑みながら、紫月は手元の携帯を拾い上げ、少々気張った値段のシャンパンをフロントへと注文した。
「今日は俺のおごり! コイツの御礼……には全然足りねえけど、気持ちだけな?」
 にっこりと微笑みながらそう言うのに対して、倫周は驚いたように声をあげた。
「そんなっ……! そんなのダメだよ……これは俺が勝手に持って来たんだもん! おごってもらったりなんかしたら紫月、お店に怒られちゃうよ……!」
 懸命にそんなことを言ってのけた。
「いいの、いいの、気にしない! ホントにマジでそんなことくれえしか出来ねえし俺。っつーか、超うれしかったしさ? だから遠慮なく受けてくれよ。乾杯しようぜ? な、倫ちゃん!」
 軽くウィンクを飛ばされれば、心臓は更に高鳴る。
 けれども運ばれてきたシャンパンを目にするなり、倫周は部屋を出て行くウェイターを慌てた様子で引き止めた。
「あのっ……待って! 待ってくださいっ! これ、俺にちゃんとお勘定つけてくださいっ……!」
 その言葉に先程の電話でフロントから指示を受けていたウェイターは、チラリと紫月の意向を窺うように目をやった。
「倫ちゃん、何言ってんだ! これは俺からだって、さっきそう言ったじゃない」
 更に輪を掛ける慌てようで紫月が身を乗り出せば、倫周はもうすかさずに自身の鞄から財布を取り出して、半ば強引に現金をウェイターへと押し付けた。
「早く行って! お願いだ」
 そうして追い出すように金を握らせたままウェイターをフロントへと帰すと、ほうっと深く溜息をついた。
「倫ちゃん、それじゃなんにもならねえじゃねえ? 俺、こんなにしてもらって何も返せねえなんてさ……」
 少々切なげな感じで紫月は倫周の傍へと座ると、やわらかな髪を包み込むようにそっと抱き寄せた。
「どうして? 俺には礼もさせてもらえねえの?」
 耳元をくすぐるように甘く切ない声でそう撫でる。それだけで倫周は耐え切れないといったようにギュッと瞳をつむった。
「ん、ごめんね紫月……でも俺、紫月に余分な負担を掛けたくないんだ……俺は客なんだしお金払うのは当たり前だよ。でも紫月が俺に気を使ったりしたら……お店の為にもよくないし……俺、来づらくなっちゃうよ……」
「倫ちゃん……」
「ただでさえ俺、ナンバーワンの紫月をいつも独り占めにして指名して……こうして一緒にいてくれるだけだって信じられないくらいなのに……そんなおごってもらったりなんかして……もしもお店の人たちに迷惑な客だって思われたら嫌だ……。紫月のお荷物になりたくないんだ。だから……」
 紫月は必死でそう訴える倫周の、言葉の最後までを聞くのも辛いといったように瞳をゆがめると、勢いよく彼を腕の中へと引き寄せた。



Guys 9love

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