RENEGADE LOVE
「そんなに俺のこと考えてくれてんだ? 倫ちゃん」
驚く倫周の髪にちゅっちゅっとくちづけを繰り返し、そのまま首筋へと移動する。
まるで切なそうに囁く声が耳元を掠めれば、早くも倫周の吐息は嬌声へと変化を告げた。
「こんなにしてもらってんのに俺は何も返せねえなんてな……。それがすげえ辛え……」
「い、いいのっ……! 紫月に傍にいてもらえるだけで俺は……すごくうれしいんだから……っ……あ……」
「傍にいるだけなんて。こんなことしかしてやれねえなんて、マジで辛いぜ」
そう言いながら耳たぶを軽く噛み、首筋への愛撫を繰り返し、紫月は抱き寄せていた倫周の身体を後方から覆いかぶさるように抱き直すと、そのままソファの上へと押し倒していった。
甘い流れに乗るようにいつのまにか上着が脱がされ、中のシャツのボタンを探るように指が滑り込み――
そうして軽い接触を繰り返されるだけで倫周の吐息は乱れ、次第に荒くなっていく。
「紫っ……月ぃー……ああっ……はっ……ぁあっ……」
探り当てたボタンを器用に外し、既に綻びきっている胸元の突起をクリクリと弄れば荒い嬌声が止め処なく、まるで全身が欲望の塊のように腰まで動き出してしまう始末だ。
すべてが待ちきれないというように倫周は与えられる欲に没頭し、響く嬌声は個室のドアの外を通り掛ったホスト連中にも僅かに届く程だった。
そんな様子に店のスタッフたちはクスリと鼻を鳴らし、互いの肩を突付き合ったりしていた。
「くはっ、始まったぜ。紫月さんも好きだよなぁ? あんな若い客捕まえてよくやるってーか」
「つーか見習わなきゃだろ? それにしても毎回すげえよな? どうやったらあんな声上げさせることが出来んだろ?」
「あの人テクニシャンだから。ちょっと触るだけでイカせちまうらしいぜ?」
「うっそ、マジでー? 今度テク教えてもらうかなー俺」
逸り調子のそんな会話の後はニヤケまじりで再び肩を突付き合い、それぞれの持ち分へと散っていく。そんな光景が珍しくもなかった。
当の紫月はそんな噂をされているのを知ってか知らずか、部屋の中で最高潮に高まった倫周を更なる高みへといざなうが如く欲情に没頭中だ。
「倫ちゃん、すげえぜ……こんなに濡れてる。ほら、倫ちゃんの可愛いトコが――さ。俺の指に絡み付いて離れねえぜ?」
「ああ……んっ……嫌ぁ……紫月……そんな意地悪なこと言う……ぅあっ……!」
「ん、ごめんな。意地悪してんじゃねえんだ。ただ倫ちゃんがすっげえ可愛いから、つい……さ?」
「あ……っ……紫っ……紫月ぃー……」
「どうした? もう欲しいの? 倫ちゃんの可愛いとこ、ヒクヒクいってるもんな?」
「んっ……んっ……欲しっ…………」
「そう? 欲しい? じゃあコレと俺の、どっちが欲しいか言って?」
逸った吐息が耳元を這いずり回る――
「待っ……紫月、待っ……!」
これでもかというくらいに、次から次へと流麗な指先が撫でていく――
倫周は思わず仰け反った。
紫月は大袈裟なくらいに興奮した仕草で自身のベルトを解くと、硬く欲情した雄を倫周の腰元へと押し付けてみせた。
「ほら、倫ちゃん……俺もこんな……なあ分かる? 倫ちゃん……倫ちゃんっ!」
もう我慢出来ないというように突如として激しく覆いかぶさり、背筋に乱暴なくらいなキスの嵐を落とせば倫周はもう昇天寸前だった。
こんなに激しく乱れた吐息――
紫月も高まっているのだ。
こんなに自分を求めているのだ。
そう思うだけで到達してしまいそうなくらい身体は反応(かん)じまくってどうしようもなかった。
早く解放してしまいたい。
でももう少し彼を感じていたい。
自分を抱いて欲情している彼の吐息や、触れられている指の感覚をもう少しだけ感じていたい――!
欲望も最高潮のそんな時だった。
コンコンと遠慮がちにドアを叩く音と共に、外からフロアマネージャーの氷川が呼ぶ声がした。
「ごめ……ん、倫ちゃん。ちょっといい?」
惜しそうにそう言って紫月は軽く身繕いをすると、不機嫌そのままの表情でドアを開けた。
「紫月、悪いな。指名入っちまったんだけど……ちょっとだけでも抜けられるか?」
部屋の奥では恥ずかしそうに上着に身を隠す倫周の姿があって、氷川は見て見ぬふりを装いながらも、何ともいえない表情で苦笑を浮かべる。そんな様子に倫周の方は高ぶっていた頬が更に真っ赤に染まった。
「しょうがねえな。倫ちゃん、ちょっとだけ顔出してくる」
申し訳なさそうに頭を垂れる紫月を気遣いながらも、倫周は僅か残念そうな表情で吐息を呑んだ。
「ごめんな。その代わり倫ちゃん、もしも時間あったらさ……今日最後まで待ってられるんだったら……っていうか待っててくれるんだったら、店ハネた後でいつものとこ行こうか?」
その誘(いざな)いに、倫周の頬は一瞬で上気を取り戻した。
「い、いつものって……いいの? 紫月、他のお客さんと約束とか入っちゃうんじゃ……」
「バッカ……そんなことしねえって。今日は何が何でも倫ちゃんと過ごしてえの、俺は! どう? 待っててくれるかな?」
「ん、うん!」
「ホント? すげえうれしいぜ! じゃあ俺、いつものホテルに予約入れとくから」
忙しそうに乱れた服を繕いながらも、心底嬉しそうな笑顔でそう言う。そんな彼を目の当たりにすれば、上気した頬は更に輝きを増す。
倫周は携帯電話を鞄から取り出すと、
「いいよ、俺が入れとく! ……予約、本当にしちゃってもいいんだね?」
期待と恥じらいに染まった頬の熱を隠すように紫月を見上げながら、甘い溜息を漏らすのだった。
ドアの外では氷川が次の客の部屋までの案内の為に待ち受けていて、紫月が出てくるなりヒソヒソ声で耳打ちをしてよこした。
「悪かったな紫月よー。大丈夫だったか? お取り込み中だったんだろ? あの子、怒ってねえか?」
未だに苦笑気味ながらそんなことを言っている。
紫月は氷川の肩をポンと叩くと、
「いいってことよ! その分後で思いっきり濡らしてやっから」
こちらも又、不適な笑みと共にそんな返事を返した。
「おいおい、後でって……お前、ひょっとしてもうアフター約束しちゃったわけ? っつーか、又あの子にホテル取らせたのかよ……」
「当然! 今夜も豪華にスイート洒落込む――ってな? それよか次の指名って誰? 部屋は何処よ?」
忙しそうにしながらもニヤリと笑った瞳は、ダダ漏れの色気を讃えている。淫らであり、不敵であり――だが抑えきれない胸の高鳴りや恋情を抱かせるには充分過ぎる程でもあり――そんな紫月の後ろ姿を見送りながら、氷川は少々呆れたように肩を竦めて見せた。
「あーあ、またスイートですか。高っいホテル取らせてアフターねぇ……何だか客のあの子が気の毒に思えるぜ。とんでもねえ野郎に入れ込んじまってってか? ま、俺らの商売そんなこと言ってりゃ上がったりなのは分かるんだけどよ……。それにしてもちょっと気の毒」
ドアの中に残された倫周を気に掛けながら、氷川は独特な癖のある歩き方で次の客の元へと急ぐ紫月の背中を見送った。