Wild Passion
「――は、こりゃ又なんともご立派なお住まいで! 確か財閥だったな、お前の家」
自宅マンションに着き、エレベーターで自室のある最上階《ペントハウス》へと向かう途中で、ニヤリと横目に視線をくれながら氷川がそんなことを訊いてくる。こうして並んで立つとやはり彼の方が上背があるようだ。思っていたよりも長身なのか、十センチ程は違う感じがする。
ああ、記憶は確かというか変わっていないというか、不思議な懐かしさがこみ上げる気がしていた。
「ふん、よくまあそんな細けえこと覚えてんよなー? そーゆーお前んちは香港マフィアだっけ?」
「――?」
何を言っているんだといった表情で、氷川がこちらに視線をよこす。
「だってそういう噂だったぜ? あの頃、お前らんトコと小競り合いンなる度にそんな話が持ち上がってよー? けど、桃稜の氷川んちはヤクザだかマフィアだからっつって、いっつも苦水すすらされてた。桃稜の奴らに手ぇ出すと終いにゃ氷川が出てきて殺されちまうーとかさ、そんな噂で持ちきりだったのよぉ」
まだ呂律の回らない口ぶりで大きなゼスチャーまで付けながらそういう冰に、氷川は呆れたように眉をしかめてみせた。
「確かに香港にも社はあるけどよ。俺ん家の稼業はホテル経営だ」
「えっ、マジっ!?」
「ああ、”マジ”だ。お前ん家とも顔見知りなんじゃねえか? よくそうやって親父に釘刺されてた。高坊ん時は俺も結構好き勝手やってたからな。けど隣の楼蘭学園の雪吹君とは問題起こすんじゃねえって親父がな、口酸っぱく言ってたのを思い出す。要は親父らは懇意にしてたってことなんだろうが――。だが俺とお前は隣校で番張り合っていがみ合いの仲だのって噂だったからな。青春もいいが大人の世界に悪影響及ぼすなってさ、よく嫌味を言われたもんだ」
そんなことは知らなかった。
自分には正反対な性質の優等生の兄がいたせいか、それとも父親自身が大らかな性質だったのか、そんな話は聞いたことがない。
自身の素行が悪くて担任から苦言を申し立てられたこともあったようだが、その時でさえ説教を食らった覚えがない。
今にして思えば大雑把で雄大な父であったということだろうか。ともかく氷川のせいで懐かしいことが一気に思い出されて、何となく微笑ましい気分にさせられていた。
つい半日前に恋人に三行半を突きつけられた苦い事実でさえ、今は遠い昔の出来事のようにさえ思えて、酷く不思議な心地がしていた。
◇ ◇ ◇
「あーあ、酷え汚れ……! さっきは暗くて気が付かなかったけど……一張羅が台無しじゃねえかよ……。この服、結構気に入ってたのによー」
蛍光灯の下でよくよく見れば、白い麻のスーツのどこそこが泥やら沁みやらで真っ黒に擦れている。
「氷川、お前の車も汚しちまったんじゃねえか? 悪かったな……」
「そんなことは気にするな」
「ああ……うん。済まねえ……。つかさ、ちっとシャワー浴びてきてい? その間、お前ビールでも飲んでてくれよ。すぐだから!」
リビングの一画に設えられたミニバーのようなスペースを指差して、そのまま風呂場へと急ぐ。いろいろと親切にしてくれた氷川を待たせてはさすがに申し訳ない、そう思ってザッと身体を洗い流すと、冰は早々と彼の待つリビングへと戻った。
「おう、お待たせ! 酒、好きなの見つかったか?」
濡れた髪をワサワサとタオルで掻き上げながら、身体もよく拭かず状態で冰は微笑んだ。
「ああ、冷蔵庫に入ってたのを勝手に貰ってる。それよりお前、何つーカッコしてんだ……」
そう言われてふと足下を見やれば、歩く側からボタボタと滴が床に跡を付けていることに気付いて冰は苦笑した。
「あー、お前待たせちゃ悪りィと思って急いで出てきたもんで!」
「は、そりゃどうも。それにしてもお前、身体くらい拭けっての。さっきっから水が落ちまくってんぜ?」
「あー、いーのいーの。これ着てりゃ勝手に吸うからよ」
バスローブの襟元をクイクイと引っ張りながらソファへと腰を下ろす。
「そういや思い出した。前にそーゆーの信じられねえとかって、女に引かれたことあったな」
ふと、思い出したように氷川がそう言って瞳をゆるめた。
「そーゆーの?」
「風呂上がってロクに身体拭かねえで部屋ン中歩き回ってたんだ。そうしたら、床が濡れるとかってうるせーこと言うからよ。ちょっと面倒臭そうなツラしたら怒っちまってな」
「マジかよ? 付き合ってる女に?」
「ああ。それがきっかけで別れ話まで持ち出しやがった。だらしねえ男は趣味じゃねえとか抜かしやがってな。今考えりゃ、何だったんだって思うぜ」
「は、マジで? お前が? 女にー? ははは、そいつぁー愉快!」
濡れた髪の滴を拭いながら、冰は冷やかしたっぷりといった調子で、腹を抱えて大笑いをしてみせた。そんな様子に、氷川の方はかなりバツの悪い思いだったのだろうか、
「……てめっ、久し振りにバラすぞ!」
そう言って少々大袈裟に片眉をしかめる。
「お! いーぜ? 何ならやっちゃう?」
クイクイと手招きで挑発をするような仕草をし合い、そんなお互いがやはり懐かしく思えて、二人は同時に噴出すと、ゲラゲラと可笑しそうに笑い声を上げ合った。
「はは、うそウソ、冗談よ! もう高坊じゃねんだから、そーゆーの勘弁してー!」
「――は、バカか、てめえは」
突如タイムスリップをしたような再会に、何だか気分が若返ったようで新鮮だ。氷川も冰も胸中は一緒だといったふうにして、どちらからともなくニヤッと口角を上げて微笑み合った。
「しっかし、てめえも変わってねえなぁ? いい歳こいて相変わらずに血の気が多いっつーか、冗談抜きで俺が偶然居合わせなかったら危なかったぜ? 一体何やらかしたんだ。相当酔っ払ってたみてえだが、ヤケ酒でも食らってたわけか?」
氷川がリビングの広いソファでどっかりとくつろぎながらそんなことを言っている。まるで違和感のなく、ピッタリとそこに馴染んでいるのが不思議に思える程だ。
その上、なんだかもう長いこと一緒に住んでいるかのような錯覚さえ起こさせる。自らも反対側のソファに寝そべりながら、冰はバツの悪そうに苦笑いを返してみせた。
「ヤケ酒ねー……ま、カッコ悪りィけど、実際その通りっての? 実は俺、今日コイビトに捨てられちまってさー」
「捨てられた? なんだ、てめえも女がらみかよ。さっきは人のことさんざ笑ったくせしやがって」
「違えーよ」
「女に逃げられたんじゃねえのかよ? 今、てめえでそう言ったじゃねえか。まだ酔いが醒めねえか?」
「だーかーらー、違えっての。逃げたのは女じゃなくってオ・ト・コ!」
「――?」
「あー、俺ね。野郎にしか興味ねえっつーか、つまり……あれよ、ゲイなわけよ」
「ゲイ――だ?」
「そ! 女には興味湧かねえってこと」
やはりまだ酔いが醒めていないのだろうか、如何に懐かしいとはいえ、学生時代に番を張り合った相手――しかもそれほど親しい友人だったというわけでもないこの男にこんなことを平気でカミングアウトしてしまうだなんて、素面《しらふ》なら考えられないことだ。
まるでヤケクソといった調子でおどけながら冰はソファにダイブし、寝転んだ。
「驚れーた? 気色悪りィとか思う、やっぱ?」
しばしポカンとした様子でこちらを眺めている氷川を見上げながら、そう尋ねた。
――が、
「別に。それ自体にゃ大して驚かねえよ、俺んちも兄貴がそうだからな」
案外平然とそんなことを言ってのけられて、こちらの方が驚かされてしまった。
「俺の兄貴な、今は香港の社の方を任されてんだけど、そこの秘書とイイ仲だ。二人共堂々たるもんで、たまに帰国した時だって四六時中ベッタリ。あんまり開けっ広げなんで、親父やお袋も周知の仲だ。俺も最近は違和感すら感じなくなってきたってのか、今じゃかえって兄貴が女連れてる方が想像できねえくれえだよ」
だから偏見の感はまるでない、といったふうに薄く微笑《わら》う。
その笑顔が酷く懐っこくもあり、はたまた新鮮にも思えて、一瞬ドキリとさせられる。
形容し難い安堵感とでもいおうか、不思議といい心地になって、けれども何だか酷く切ないような気分にさせられたのも確かだった。
氷川が同性愛に理解がある、あるいは免疫があるということがうれしかったというのも事実だが、彼の兄たちの話を聞いたことで、しばし忘れ掛けていた昼間の出来事を思い出してしまったのだ。
そう、割合うまくいっていると思っていた恋人に別れ話を切り出されたのは、ほんの半日前のことなのだ。昨日の今頃には、夢にも想像し得なかった話だった。
「はは……なんかすげえ羨ましー。そーゆーの、すげえ理想ー」
少々情けない声で口走ってしまった。そんな様子が意外に思えたわけか、氷川が怪訝そうな表情でチラりとこちらに視線を向けたのを感じた。
「情けねえ声出してんじゃねえよ。たかだか振られたくれえ、何だってんだよ」
失敬な物言いをする男だ。が、完全には否定できないのも事実で、故に苦笑させられる。
「っるせーな……」
「らしくねえぜ。昔のてめえからは想像も付かねえわ」
久し振りのせいか学生時代の頃の印象とは掛け離れて思える、そう言いたいのだろう。だがしかし、それも当然といえばそうか。あれからもう十年も経っているのだから変わりもするだろうが、こんなふうに無防備にソファに転がり、安心しきったように腹を見せているだなんて、やはりあの頃では考えられなかったことだ――と、おおよそ、そんなふうにでも思っているのだろうことは、氷川の顔を見れば一目瞭然だった。
「は、てめえはいいよな。暢気で気楽で」
氷川の兄たちの幸せそうな話を聞いたせいでか、一気に気持ちが萎むようで、突如孤独感が襲い来る。あれだけ酷い言葉で別れを告げられたからには、もう撚りを戻すことなど不可能なのだろうが、仲良くやっていた頃のことを思えば何だか急激に寂しさが募るようで、堪らない気分にさせられた。
ふと、頭上から顔を覗き込まれるような感覚に、冰はおぼろげに氷川を見やった。
「何……?」
「いや別に……。もしかしてお前、泣いてんのかと思ってよ」
「は……まさかだろ? 何で俺が泣かなきゃなんねーのー? 眩しいだけよ、そこのライトがさー」
相変わらずに呂律の回らないような口ぶりでそんなことを言いながら、眩しそうに瞳を細める。
「ライトだ?」
「なあ、おい氷川。使っちまって悪りィけどそこのライト消してくんねえ? マジ眩しい……」
気だるそうに額に腕をかざしながら、冰はそう言った。
カチッ――と頭上でスイッチを摘まむ音がする。言われた通りに氷川がメインライトを消したのだろう、強烈だった眩しさが和らいだと同時に、薄暗がりが瞳を癒やすようだった。
廊下から漏れる明かりだけで仄暗くなった部屋に急な静寂が立ち込める。
大パノラマの窓から拝む見事な程の夜景がより一層クッキリと映し出されて思わず息を呑む。
だがそれも束の間、暗闇の静寂の中に二人きりというのが何とも居心地の悪く思えたのだろうか、氷川がすぐ脇へと腰掛けてきた気配で冰はおぼろげに瞳を見開いた。
「おい、眠いのか?」
初めて訪ねた他人の部屋で、その部屋主に寝入られてしまっては手持ち無沙汰この上ないのだろう、悪いことをしてしまったかと苦笑する。
「悪りィ、やっぱちょっと飲み過ぎたかな。一瞬寝そうになった」
笑いながらそう言うも、何だか氷川の様子が変だ。酷く仏頂面で、機嫌の悪そうに眉根を寄せている。
「ごめ! お前、どーする? 帰るんなら階下《した》まで送ろうか? それとも泊まってくか?」
軽い気持ちでそう訊いた。だが、氷川が機嫌の悪そうにしていたのは、そこではないらしい。どうやら恋人との経緯が気に掛かるのか、
「てめえが泣く程落ち込むなんてよ。らしくねえぜ? そんなにショックだったわけか?」
そう訊かれ、今度は冰の方が眉根を寄せて氷川を振り返った。
「しつけーよ。だから泣いてなんかねーってば。俺、今日結構飲んだしちょっとノビてえ気分なのー」
「は、どうだか!」
呆れた調子で苦笑気味の氷川に、
「ま、仕方ねえだろ。俺、コイビトに振られたのつい昼間のことなんだから。そりゃちっとは落ち込みもするっしょ? なんせ酷え台詞でバッサリ捨てられたわけだしよー……」
別れた経緯など話すつもりでもなかったが、何となく口を滑らせてしまいたくなったのも不思議だ。学生時代を同じような環境で過ごしたこの男になら、開けっ広げにこんな話をするのも悪くない、そんな思いが過ぎったのは確かだった。
それをうっとうしがるわけでもなく、どちらかといったら話の続きを聞きたげな表情でこちらをチラ見している氷川の様子にも、ヘンな依頼心ともいうべき感情が湧き上がる。
格別相談に乗って欲しいわけではないが、何となく事の成り行きを聞き流してもらうだけでも心が軽くなる、そんな気がしていた。
やはり酔っていたせいもあるだろう。普段なら他人に弱みを見せることなど滅多にないというのに、自ら進んで誰かに頼りたい、寄り掛かりたいだなんて随分と可笑しな夜だ。冰はそんな自分に半ば呆れながらも、
「俺ね、ケモノなんだ――」
自分でも無意識に、思わず『どういう意味だ』と訊き返したくなるような言葉をぶつけていた。
「……獣だ?」
案の定、ワケが分からないと言わんばかりの表情で興味有りげに見つめてくる氷川の視線に満足げな気分にさせられて、ツラツラと続きを話したくなる。この際、この男にすべてをさらけ出してみるのも悪くはない、そんな積極的な気分になって先を続けた。
「なんか俺ね、しつけーんだと!」
「しつけえ? 性格がか?」
「さあ、それも有りかもだけど。セックスが動物的で嫌なんだとよ」
「何だ、それ――」
「そんでもって自分勝手で傲慢で、だから嫌いになったってさ。そこまで堂々言われりゃ、悲しーなんて気も失せちまう。挙げ句は他に好きな男ができたからそっちに鞍替えするってよ。あんまし見事過ぎて、泣きたくたって涙も出ねーわ」
わざと深い溜息をつき、おどけながらも苦笑いを隠せない。そんな仕草が氷川の感情の何に何をどう焚き付けたというわけか、
「だからってそんな堂々……俺の前で腹見せるなんて、あの頃じゃ考えらんねえな」
少々不機嫌そうにソッポを向きながら、舌打ちをしてよこす。
そんな様子を可笑しそうに見つめながら、
「今はあの頃とは違うだろ? てめえの前で腹見せてたってどうってもんでもねえじゃん」
全面的に安心しきった調子でそんなことを口走ってしまい、――が、それを氷川がどう受け取るかなど、冰にはまるで想像外だった。彼の口から飛び出した意外な台詞、
「そりゃどうかな? そんな隙だらけのてめえ見てっと――」
「久し振りに血が騒ぐってか?」
あっけらかんと暢気な返事をしてしまったことを後悔すべきか――
「別の意味でならな……」
スッと伸ばされた形のいい指先に、クイと顎先を摘ままれて、冰はキョトンとしたように目の前の男を凝視した。
◇ ◇ ◇
――そんなことをするつもりでも、言うつもりでもなかったかも知れない。
こんなことをされるワケも、求められるワケも想像すらしていなかった――。
「なあ、知ってっか? 失恋に効く一番の方法ってよ――」
「あ……?」
「昔からよく言うじゃねえ? 失恋にゃ新しい恋とか何とか……」
頬に添えられた大きな掌、
じっと見つめてくる彫りの深い大きな瞳、
鼻梁の高い鼻筋に掛かる濡羽色のストレートの髪、
自分と氷川との間に急に立ち込めた妖しげな雰囲気に、冰はしばし唖然とさせられてしまった。
やはり酔いのせいで咄嗟には思考が回らないのか、呆然とする自身を他所に、頬を包み込むように添えられた掌がゆるりゆるりと髪を掻き上げるように耳裏までをも撫で上げる。突如、互いの間に立ち上った何とも艶めかしい雰囲気に焦る暇もなく――長く形のいい指先でツイと唇を撫でられ、まるでキスをされるかのようにいきなり顔を近付けられて、さすがに驚き、冰はビクリとソファの上で半身を起こした。
「ちょい待ちっ! 何考げーてんだてめえ……ッ!」
そう言うが早いか唇を奪われそうになって、慌てふためいた。
冰は飛び起きるように腰を引くと、今にも自分を抱き締める勢いの氷川の肩をガッと掴んで、思い切り眉根を寄せた。
「戯けてんじゃねーよ! 悪ふざけにも程があるっ……って……!」
余程ビックリしてか、そう怒鳴りながらソファの上で体勢を立て直すように身を捩る。その瞬間にローブの合間からチラりと太腿《ふともも》が露《あらわ》になり、ガラにもなくカッと頬が染まった。
そういえばまだ下着もつけていなかったことに気が付いて、冰は声を上ずらせた。
氷川にしてみればそんな様子も酷く意外だったのだろう。頬を赤らめて恥じらいを隠そうと、しどろもどろに視線を反らす様子など学生時代からは想像さえ付かない、別人そのものだ――何も言わずとも彼の視線がそう語っているのが分かる。
まるで急激に湧き上がった欲情を抑えられないとでもいうように、目の前の漆黒の瞳の中には焔の赤が獲物を狙う獣のように揺れていた。
「……んだよ、急にッ! おい、氷川ッ! てめ、聞いてる!?」
「ああ、聞いてる」
「……とにかくてめえのソファに戻れって……。んな、これじゃまるで……」
「――まるで、何だ」
「や、その……有り得ねえっしょ? これって、その……すっげやべえ……雰囲気」
何でもいいから会話を繰り出し、この淫猥な雰囲気を壊さなければと焦燥感が止め処ない。冰は大袈裟におどけてみせた。
だが、氷川の方はまるで聞いているのかいないのか、ますますもって距離を縮めながら瞳を細めてくる。まるで押し倒さん勢いで体重を掛けられそうになって、咄嗟に膝蹴りを繰り出すかのように両脚で彼の身体を押しやった。が、それと同時に、幸か不幸か、焦って動いたせいでローブが開けて太腿が丸出しになってしまい、更に焦る。それをピンポイントで逃さず捉える目の前の男の視線は既に餌を前にした雄の野獣のようだ。
片や熱気を帯びた視線、
片や焦る視線、
互いに呆然と見つめ合いながら、しばしの間、沈黙が二人を押し包んだ。