春朧

春雷 1



 春雷

 事態が急展開を迎えたのは、翌日の午後になってからのことだった。
 ビジネスホテルのチェックアウトタイムといえば、シティホテルに比べると平均して早い方だろうか。時間ギリギリまでねばってそこを出た遼平と紫苑の尾行を続けていた倫周は、彼らが入って行ったインターネットカフェの入り口が窺えるコーヒーショップで腹ごしらえに精を出していた。
 かれこれもう四時間以上こうしているだろうか。何度も飲み物を買い足し、昼を挟んだので軽食まで二人分もお代わりして長居になっていることが申し訳ないと思いつつも、たまに席を移動したりして過ごす。裏口の方は帝斗がよこしてくれた運転手に見張ってもらっている。一先ず『巻かれる』という心配は無さそうだが、それにしてもそろそろ陽も傾き出してきた。今宵はどうするのだろうと思っていた矢先だ。
 ようやくと姿を現した彼らを確認して、すっかり湿ってやわらかくなってしまった紙コップのドリンクをゴミ箱へと放り込んだ。
 次に彼らが向かった先はどうやら不動産店のようだった。ガラス張りの店先に物件らしき広告が貼ってあるし、『賃貸』と大きく書かれた旗も出ているので間違いないだろう。ついに部屋を契約するつもりなのかと少々焦りながら目をこらして様子を窺うも、その直後に思わぬ方向へと事態が動き出してしまった。
 ちょうど下校の時間帯なのか、街の至る所が学生たちで賑わい始めていた。その中には見覚えのあるグレーのブレザーにからし色のタイといった出で立ちの男子学生も比較的多かった。
「あれって桃稜学園の制服だよね。懐かしいなあ」
 二十年前に氷川が通っていた頃から殆どデザインが変わっていないようなその制服を見て、暢気な思いで倫周が懐かしんでいた時だった。その高校生の一団が、不動産屋の店先で物件案内に張り付いている二人に気付いた途端、彼らを取り囲むように近付いたのだ。
 多勢に無勢といった状況は一目瞭然で、そのせいでか随分とイキがったふうな態度に不穏な感を煽られる。倫周は少々焦りを覚えて、額を引きつらせた。
「桃稜の子たちって四天学園とは未だに因縁関係だとかって言ってたけど……まさかね」
 一昨日、自分が遼平と紫苑に冗談まじりで口走ったことが現実となって目前にある。といっても彼らは揃って大通りを挟んだ向こう側だ。何かあってからでは遅いので、とにかく話の内容が聞き取れるくらいまでの場所に移動した方がよさそうだと、倫周は急いで席を立ち上がった。確かにこの場所は対面を見張るには付かず離れずの距離で好都合に違いないが、中央分離帯のある通りを渡るには、少し遠目に見える歩道橋まで回らなければならない。一先ず運転手にもその旨を伝えながら、小走りで歩道橋へと向かった。



◇    ◇    ◇



「よー、織田ー。久し振りじゃねーか。てめえら、こんなトコで何やってんだ?」
 遼平と紫苑を取り囲んだ一団の中の一人がふてぶてしく顎を突き出し、からかい半分にそう言えば、
「ホーント! 売れっ子ミュージシャン様がこーんなローカルな場所で何してんだか!」
 もう一人の仲間が相槌を打つようにそう付け加える。
「ここって不動産屋じゃん。何? てめえら、もしかして”何たら”って有名事務所をクビになったとか!?」
「マジかよッ!? そーいや、歌も売れてんだか売れてねーんだか、あんましチャートとかでも見掛けねえもんなー!」
「で、見限られてポイ捨てされたってか?」
 ギャハハハ、とその場にいた全員から高笑いが湧き起こり、遼平も紫苑も苦虫を潰したような表情で黙り込んでしまった。そんな様に勢い付いたわけか、ますますもって冷やかしがとまらなくなる。
「何とか言えよー、黙ってるってことはビンゴってこと?」
「どーなんだっての!」
 最初にからかった男が、ドン、と遼平に体当たりするような形で軽く度突きを食らわせてきた。それにカッとなったわけか、
「何すんだてめえ……さっきから聞いてりゃ調子コキやがって! 誰がポイ捨てなんかされっかよ!」
 黙っていられない性質の紫苑は、思わずそう吐き捨てた。
 そうだ。如何に氷川が冷淡だろうと、売れないヤツはいらないといった調子で捨てられるなど有り得ないだろうと思う。実際、自分たち以外にも大してヒットしていないミュージシャンが同じ事務所にわんさといたが、彼らをポイ捨てにするようなマネをしているところなど見たことがないのだ。それどころか親身になって曲を提供し、小さな規模からでもライブ活動などが行えるように、懸命になってくれていた印象が強い。氷川に限らず社長の粟津帝斗も、そして倫周も、無論スタッフたちも含めて皆一様だった。
 そんなところは情に厚いというか、今更ながらに氷川らのあたたかさが身に沁みるようで、なんだか酷く懐かしくもあり、同時に後悔の念もがこみ上げてくる気がしていた。たった一日離れただけだというのに、すべてが遠い日のことのように感じられ、居たたまれなくなる。自分の短気と我が侭さ加減にも嫌気がさす。そんな思いに駆られてか、紫苑は咄嗟に声を荒げてしまった。
「事務所を悪く言うんじゃねえよ! つーか、てめえらなんかに言われたくねえ!」
 そんな彼を抑えるように遼平が横から『よせ』と制止する。桃稜の一団は待ってましたとばかりに、ニヤニヤと顔をほころばせた。
 このままお決まりのパターンで小競り合いが始まりそうな雰囲気に、特に遼平の方は面倒事はご免だといわんばかりに眉間の皺を深くして警戒の感情を色濃く映し出す。
 だが、どういわけか仲間たちを抑えるかのように、最初に因縁を付けてきた男が意外なことを口走ったのはその直後だった。
「なあ織田よー、さっきのはほんの冗談だって! ホントは地元から有名人が出たって、これでもお前らのこと自慢に思ってんだぜー?」
 嘘か真か、九割方が冷やかしとも取れる口調で息巻いている。ニヤけまじりというには似合わない真剣な、ともすれば苦い思いの混じったような表情で口元をひん曲げているその男に、遼平も紫苑も怪訝そうに眉をしかめた。
 これには桃稜の他の連中も同様で、いきなり何を言い出すんだと、誰もが唖然としながらその男を見やっている。何とも奇妙な雰囲気が立ち込めたのも束の間、男がもっと意外なことを言ってのけた。
「でさ、お前ら売れっ子ミュージシャン様にちょっと頼みてえことがあんだけどさー……」
 相変わらずに苦々しく口元を歪めながら上目使いの男に、より一層怪訝そうな顔つきで、遼平らは彼を見やった。
「お前ら、結構稼いでんだろ? だったらさ、ほんのちょっとでいーからカンパしてくんねー?」
「はあ?」
「だからカンパ! つか、ちょっと銭を融通してくんねえかっつってんだよ」
 その申し出に、さすがに黙っていられずに紫苑が舌打ちを返した。
「何ふざけたこと抜かしてやがる。いきなりカンパって、意味分かんねえよ」
 第一、大した付き合いも有るような無いような、単に隣校に通い、街中で顔を見掛ける程度の間柄であるこの男に、貢ぐ理由など毛頭無い。そういった感情をあらわに、紫苑もそして遼平も同様にくだらねえとばかりの薄ら笑いをたずさえてみせた。
 ところが、少々小馬鹿にしたような二人の態度にも係わらず、怒るどころかもっと下手に出るような調子で、男は先を続けた。
「ンな冷てえこと言わねえでさー、カンパがだめなら貸してくれるだけでもいーんだよなー。実は俺さ、ちょっとヤバい所のオンナに嵌められちゃってさー……まとまった金が要り用なんだよね?」
 ますますもってワケの分からない言い草に、遼平、紫苑のみならず、桃稜の連中までもが唖然状態だ。
 仲間内の誰かが逸ったように口を挟んだ。
「……って、お前! もしか、こないだ言ってたクラブで知り合ったとかっつー例の女かよ!?」
「クラブって、何処の?」
「ほら、半年くらい前に潰れた前の店を改装して、この前新しくオープンしたっつークラブ?」
「あれ、クラブってよりはレストランバーみてえのだろ? 駅裏の雑居(ビル)にできたパッと見ファミレスみてえな店」
「そーいやこいつ、イイ女と知り合ったとかっつって、結構頻繁に通ってたじゃん」
 多少は事情を知っているらしい仲間から次々とそんな雑談が湧き上がる。もはや遼平と紫苑の存在を忘れたようにして、一同は勝手に盛り上がりをみせていた。
「で、ヤバいことになったって、その女絡みで?」
 誰かがそう訊いたのをきっかけに、男は苦笑まじりでコクリと首を縦に振ってみせた。
「まあな……その彼女がちょっとさ……こっちの人の関係だったみてえでよ……」
 頬の傷を示すように指先で斜を描いた男の仕草に、皆は一斉に言葉少なになって蒼ざめた。こっちの人、とはいわばヤクザのことを言っているのだと分かったからだ。
 遼平も紫苑も他人事ながら厄介な話だと言わんばかりに、無言のまま視線だけで互いを見合う。
「なあ織田ー。如月もさ、お前らだったらちっとは自由になる金あんだろ? 俺ら一般人と違ってメジャーデビューまで果たしたミュージシャンなんだしさ。冗談抜きで『くれ』とは言わねえから……ちょっとの間、貸してくんねえかな? 隣校のよしみってヤツで頼むよ」
 次第に真顔になりながらこちらを見据えてくる男に、何と返答してよいやら惑わさせられる。
 無論、貸してやる義理などない。それ以前に、実のところ大して余裕のある状態でもないといった方が正しいか。
 これからアパートでも借りて、一先ずは住まう所を何とかしなければと、互いの財布の中身を相談し合っていた矢先だ。まあ、そんな事情がなかったにせよ、如何にメジャーデビューしたからといって一年足らずの期間だ。その上、一応高校生の身では、大した金額など貯まりようもない。
 面倒臭えとばかりにそっぽを向き気味の紫苑に代わって、遼平が丁寧に断り文句を口にしようとした。その時だ。
「おい、てめえら。こんなトコで何してる――」
 少し低めの重みを伴った声音で後方からそう声を掛けられたのに驚いて、皆は一斉にそちらを振り返った。するとそこには同じグレーのブレザーにからし色のタイをした、見知った顔の男が眉をしかめ気味で立っていた。
「……おわ―ッ、春日野(かすがの)……!」
 ギョッとしたように皆が同時に仰け反る勢いで、紫苑らを取り囲んでいた円陣が瞬時に崩れてなくなった。まるで『春日野』と呼ばれたその男の為に道を開けるかのように、誰からともなく左右にパッと分かれて整列した様子に、遼平も紫苑も一瞬唖然とさせられてしまった程だ。だが、そんなことをして場所を譲らないでも、既に頭半分以上が飛び抜けているような長身のこの男の顔には見覚えがあった。
 彼は名を春日野菫(かすがの すみれ)といい、桃稜学園に通う三年の、いわば不良連中の頭とされている人物だ。四天学園にもその名前は轟いており、やはり自称不良を名乗る連中の間では頻繁に噂に上がっていたので聞き覚えがあった。
 無造作で若干長めだが真っ黒で艶のある髪は、カラーリングなどでいじっていない自然な感じが特に不良を思わせるというふうではない。だが、眼光の鋭そうな視線とそれに似合いの整った顔立ちは、いわばケチの付けようがないといった感じで、一見にして女にモテそうな男前だといえる。そんな風貌を裏切らない度量の大きさと腕っ節の強そうな印象のせいでか、学園の不良連中から一目置かれているのは確かなようだった。事実、遼平も紫苑もこの男の噂は知っていた。
 そんな男のいきなりの登場に、誰もが気まずいといったふうに視線をそらし合う。他校の連中を取り囲んで絡んでいたなどという事実を知られれば厄介だといったように言葉少なでいる。
 春日野という男は、同じように黙ったままの遼平と紫苑の二人に一瞥くれると、
「四天の織田に如月――か」
 短くそれだけ言って、自らの仲間内をじろりと見渡しながら小さな舌打ちをしてみせた。
「たった二人をこんな大勢で取り囲んで、目立つ通り沿いなんかでイキがってんじゃねえよ。みっともねえったらありゃしねえ」
 案の定、瞬時に現状を見破ったこの男から蔑みに近い小言を食らって、一同は更にうつむき加減でショボくれてしまった。そして言い訳するかのようにブツブツと消極的な呟きがあちこちで上がり始める。
「けど、別になぁ、絡んでたってわけじゃねえし……」
「そうだよ。第一、アレじゃん。俺らが四天の織田と如月相手に勝てるわけねえって!」
「そりゃそうだよな。こいつら一応、四天の頭って言われてんじゃん? わざわざこっちから因縁付けるなんてバカはしねえよなあ」
「つーか! 因縁付けるっつーよりは、単に頼み事してたってのが正解だしよ」
「そうそう、隣校のよしみってやつでさ。要は交流深めてたって方が正しいっての?」
 紫苑らに金をせびっていた男をチラ見しては、そんな言い訳を繰り返す。別段、悪巧みをしていたわけではないということを口々に強調してみせるわけだ。
 つまりそれ程にこの春日野という男の前では頭が上がらないというところなのだろうか。春日野自身は自ら進んで他人に絡んだり、くだらない冷やかしなどをするようなタイプには到底見えないし、どちらかといえばそういった行為を軽蔑している感が強そうだ。一匹狼ふうの彼は、強いが故に曲がったことや卑怯なことが嫌いなのだろう。遼平と紫苑にしても、聞かずとも彼の雰囲気を見れば、何となくそんな人間性が窺い知れる気がしていたのは確かだ。
 そんな彼から「済まなかったな」と丁寧に頭を下げられれば、実際のところ悪い気はしなかった。これ以上面倒事に関わりたくもなかったし、逆に助かったのは事実だ。二人は難なくその場を後にしようとした。
 と、その時だ。
「おい、てめえら!」
 先刻の春日野の時とはまるで違うドスのきいたような声に呼び止められて、遼平も紫苑も、そして春日野を含めた桃稜の連中が全員でそちらを振り返った。
 声の主を確認したと同時に蒼白となったのは、紫苑らに金を都合してくれとほざいていた男だ。どうやら相手に見覚えがあるらしい。
「よう、捜したぜ。てめえ、桃稜の生徒(ガキ)だったんだな? ナメたマネしやがって!」
 体格はそこそこ長身といえるだろうか、がっしりとした肩幅と腕に隆々とついた筋肉のせいで、実際よりも大男に見える。ふてぶてしい歩き方は誰にも文句は言わせねえぞとばかりに威圧感を伴ってもいる。後方に手下のような若い男を三人ほど従えながら凄んできたのは、一見にして堅気ではないと分かる風貌のいかつい男だった。
 歳の頃は三十代半ばくらいだろう、或いは四十そこそこか。前髪をツンと立たせた感じのショートカットに、手入れの行き届いていないような髭面が、より一層凄みを際立たせている。
 春日野を除いた全員が、この男が近付いて来た理由が分かったのか、少なからず誰しもがうつむき加減で硬直気味になった。当事者の男などは、もう唇の色も褪せ、血の気が引いたような顔色でガタガタと震え始めている。
 ヤクザふうの男たちは、遼平と紫苑を合わせて十人以上いた桃稜の連中らをかき分けるように、わざと肩をぶつけながら目当ての男の前へと歩み寄ると、通行人ら周囲の視線に遠慮するでもなく怒号を飛ばしながら、いきなり胸倉を掴み上げた。
 夕刻とはいえ、まだ陽のある時分の、しかも結構な人通りのある繁華街でだ。
 当然のことながらそれを怪訝に思った春日野が、仲間を庇うようにして素早く男の前へと歩み出た。
「いきなり何すんだ、あんた。こいつが何したのか知らねえけど、暴力は勘弁してもらいてえな」
 他の連中とは違って、割合落ち着いたふうなその態度と言い草が気に入らなかったのだろう。男は掴んでいたひょろっこい胸倉を離すと、今度は春日野に向かって威嚇するように、顎を突き出しながら肩を揺さぶってみせた。
「……ンだ、てめえは? ヤんのか、この野郎!」
「誰もそんなこと言ってねえよ。それよりこいつに何か用なのか?」
「あ……ンだ、こらっ! ナメてんじゃねえぞ、このクソガキがっ!」
 後ろに従えた手下三人も加わって凄みをきかせども、全く動じないふうの春日野の様子に、今度はそちらの方が癪に障るといったように、男たちの興味の矛先がズレ始めたようだ。最初に胸倉を掴んでいた本来のターゲットである男をこれ見よがしに春日野の目の前に引き摺り出すと、大声で怒鳴り上げた。
「このバカガキがよー、俺の女に手ェ出しやがったんだ! 大したツラもしてねえくせにチャラチャラとナンパなんかしやがってよー。挙句、傷モンにしてくれたってわけだ! そのツケを払ってもらおうってのの、どこが悪りィってんだ!」
 わざと被害者ぶりを強調するかのように、ドでかい声でそう怒鳴りまくる。それを聞いた春日野は、若干眉をしかめて自らの仲間を振り返った。
「おい、今の話、ホントなのか?」
「……ッ、ホントっつーか……俺は知らなかったんだよッ! 彼女とはクラブで知り合って意気投合しただけだ……」
 それがたまたまこの髭面の男の『オンナ』だったというわけか。どうやらヤクザの女に手を出してしまったというのは本当らしい。春日野は厄介そうに瞳をしかめると、分が悪いこの状況に溜息を抑え切れないといった顔付きをした。
「ま、そーゆうことなんでよ。コイツは借りてくぜ」
 春日野に付け入る隙がないと感じたのか、ヤクザふうの男たちは自分のオンナに手を出したというターゲットの男だけを羽交い締めにすると、もう用はないとばかりにその場を後にしようとした。
「おら、どけっ! てめえらも邪魔だ!」
 いちいち大袈裟な振る舞いで、その場にいた者たちを蹴散らさんばかりにがなり立てる。片や桃陵の連中たちは、切羽詰まった現状を前にしながらも呆然としているのみだ。仲間が連れて行かれそうになっているというのに、とばっちりが自分たちに及ばないならラッキーだとばかりに安堵した表情の者もいる。そんな中で、春日野だけがそれを止めんとすかさず彼らの前に歩み出た。
「ちょっと待ってくれ」
 男たちの肩に手を掛け引き留めようとした瞬間だった。それと同時に、連れて行かれそうになった男が決死の勢いで皆に助けを求めて、わめき始めた。
「ちょっ……! 助けてくれよお前ら! なあ、春日野ッ! 俺は知らなかったんだって! 放してくれよっ!」
 道行く人々も含めて誰かれ構わず巻き込むかのように大声でわめき散らす。彼も必死だったわけだ。
 このまま連れて行かれれば、何をされるか分かったものじゃない。というよりも想像することさえ恐怖でならない。もしかしたら殺されてしまうかも知れないと思えば、当然必死にもなろうというものだ。
 案の定、野次馬がチラホラと足を停め始めた街中で、チンピラたちは分が悪そうに大きく舌打ちを鳴らした。
 これ以上騒がれては面倒だ。警察沙汰になれば不味いのは言うまでもない。慌てた男たちは、胸元に忍ばせていた短刀のような代物をチラつかせると、その場にいた桃稜の一団に向かって脅しをかました。今度はさすがに周囲の野次馬たちに気遣ってか、小声だ。
「てめえら全員、ツラ貸しやがれ! じゃねえとこのガキをブッ殺すかんな!」
「いいか、てめえ一人逃げようなんて野郎がいたら、そいつもただじゃ済まねえと思えよ!」
 羽交い締めにされている仲間の腰元には、着衣で隠しながらもしっかりと刃物がつき付けられている。ここでむやみに抵抗すれば、無関係な周囲の通行人を巻き込む事態になりかねない。
 冷静にそんなことを巡らせていたのは春日野くらいだろうか。既に他人事に巻き込まれ掛けている状態の遼平と紫苑はともかく、桃稜の一団の殆どは肝が冷えてしまって言いなりになるしかないような状態でいる。やむなく一同は言われるままに従わざるを得なかった。



◇    ◇    ◇



 連れて行かれたのは、昼間は閑散としている歓楽街の裏通りだった。殆どの者がいつこの状況から解放してもらえるのだろうかと、ビクつきながら視線を泳がせ歩く。だが、祈るようなそんな思惑とは裏腹に、一人、また一人とガラの悪い男たちが合流し、あれよという間にヤクザふうの男たちが六人くらいに増えていった。少々面白いことが起こりそうだと舎弟らしき男たちが携帯で呼び寄せたのだろう、こうなっては逃げるどころの騒ぎではなくなってきた。
 夕闇も迫ってきた上に、天候までもが不穏な厚い雲間に覆われて、気付けば薄暗くなり掛けている。しかも歩を進めれば進める程、何だかヤバそうな雰囲気の路地へと向かわされているようだ。
 高校生の彼らにはしてみればあまり縁のないというか、殆ど足を運んだことのない、いわば夜の店が点在していることで知れた地区だった。
 その一角にある廃墟に近い倉庫のような建物が見え始めたところで、男たちの表情に薄ら笑いを伴った余裕が垣間見えるようになった。古い町工場の後か、あるいは運送会社か何かの持ち物だったのだろう、見るからにがらんどうの建物はトタンで出来た壁のあちこちが錆びて朽ちかけている。
 おそらくあそこへ連れ込まれるということで当たりだろう。誰もが心臓をバクつかせながら、同じ想像を描いては肩をすくめ、ただただ棒のように硬直した足を引きずって歩く。

「――おい、如月」

 遼平のすぐ後ろを歩かされていた春日野が、隙を窺ってそう耳打ちをしてよこした。
「なんだ」
 遼平の方も彼の意向を感じ取ったのか、チンピラたちに気付かれないよう気を配りながらそう返した。
 頭のキレそうなこの男のことだ。何か算段があるのかも知れないという思いで神経を集中させる。会話をしているのがバレないように、極力平静を装いながらその提案を待っていた遼平の耳に、意外な言葉が飛び込んできたのはその直後だった。
「あの倉庫に連れ込まれる前に隙を見てお前らは逃げろ――」
 遼平は驚いたように後ろを振り返った。
「バカッ! こっち向くんじゃねえよ。いいか、俺が奴らの気をそらすから……その隙にお前は織田を連れて逃げるんだ」
 春日野の真剣な口調に、遼平は前を向いたままで視線だけを彼へとやった。



Guys 9love

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