春朧
それから十日が経つ頃には、遼平の怪我もだいぶ癒えて、順調に快方へと向かっていた。すっかり自力でベッドからも起き上がれるようになって、ここ数日は新曲の譜面を肌身離さずといった調子で、紫苑と共に曲の解釈などを話し合ったりと忙しい。氷川から提供された例のバラードだ。
早く歌いたくて仕方がない、そんなふうに逸る気持ちが怪我の快復を手助けしているかのようだった。また、紫苑の方も遼平に同じく意欲的で、編曲はこうしたらどうだろうかとか、このフレーズの場面ではこの楽器を使ってみたいといったように、二人共に譜面と向き合いながら、いつになく張り切って過ごしていた。
その間、遼平に輸血をした経緯からか、桃稜学園の春日野が度々二人を訪ねては、顔を出すようになっていた。高校三年の卒業間近のこの時期、残すところの授業もあまりないのか、午後になるとひょっこりとやって来ては、遼平、紫苑と共にたわいもない会話に明け暮れる。時には一緒に譜面を覗いたりしながら、至極楽しげだ。そんな様子を傍目に、帝斗と倫周はうれしそうに頷き合うのだった。
遼平と紫苑は無論のこと、この二人に春日野が加わって和気藹々している様を見ていると、何故だか昔の遼二と紫月、そして氷川を交えた三人の姿とイメージが重なるような気がするのだ。確かに春日野は氷川とほぼ同じくらいの長身の上に、何をおいても桃稜生だ。放課後に学園から直行で訪ねて来ることもあり、その制服を見ただけでも懐かしさがこみ上げる。彼の寡黙で硬派そうな雰囲気をはじめ、端正だが無表情な顔付きと、また、漆黒という程に印象的な髪色ひとつをとってみても、よくよく氷川とイメージが似ていると思えるのだ。まるで二十年前の遼二と紫月、氷川らが時を超えて蘇ったかのように思えて、帝斗と倫周は格別な思いで今の彼らに過ぎし日を重ねていた。
そして、そんな思いは当の本人たちにとっても同じだったといえる。
医師の鄧から、まだ日中の半分をベッド上の背もたれに寄り掛かって過ごす程度の安静を言い渡されている遼平を取り囲みながら、たわいもない会話で盛り上がっている自分たちが、ふとした瞬間に懐かしく思えたりしていた。特に、輸血という絆で結ばれたこともあってか、遼平と春日野の間には、まるで同じ青春を過ごしてきた仲間のような雰囲気が通っているのだ。そんな二人を横目に、紫苑は三人でいるこの瞬間が、何とも言いようのない安堵感をもたらしてくれるように思えていた。
そもそも、少し前までは因縁関係と言われた隣校の敵同士の間柄だ。かくいう、この春日野とは直接やり合ったこともなければ、街中で偶然見掛けることはあっても、取り立てて勘に障るわけでもなかったというのが本当のところだった。
だがまあ、互いに桃稜と四天の不良連中から頭的存在と謳われていたのは事実で、表面上は何となく敵のような気はすれども、心のどこかで互いを認め合っていたというか、春日野に対して、他の不良連中とは違う器の大きさを感じていたのも確かだった。
その思いが現実となって、今こうして共に笑い合って過ごせることが嬉しくもあり、心が躍るような気持ちになっていることに紫苑は気付いていた。目の前の二人の様子を眺めながら、ふと、自らの脳裏に懐かしいような、切ないような残像が思い浮かぶのを感じてもいた。
こんな時にいつも過る思いがある。
そうだ、もしかしたら二十年前の彼らもこんなふうだったのではないだろうか。
自分たちに瓜二つな鐘崎遼二と一之宮紫月、そして彼らと番を張り合ったという氷川――
頭の中で何かが急激に湧き上がり、乾いていた大地を満たすかのようにみるみると湧き出る泉の如く、映像が巡り――巡る。二十年という時を超えて、今まさにあの頃の彼らの楽しげな思いがシンクロするような感覚に陥っていく。
理由もなく泣いてしまいたいような、だが決して悲しいわけではなく、淋しいわけでもなく、それは言いようのない感動にも似ている不思議な感覚だ。そう、まさに心の旋律を震わせるような感覚だった。
目の前では相も変わらずに親しげな二人のやり取りが続いている。
氷川から渡された新曲の譜面を片手に、頬を紅潮させては熱く何かを語るような遼平の姿。そして、その遼平の手にある譜面を覗き込みながら楽しげな相槌を返している春日野。互いを見やり、上半身をよじっては顔を近付け合って盛り上がるその様は、何の違和感もない親友そのものだ。二人の間には固い絆で互いを信頼し合う、そんな雰囲気が満ち満ちている。そして、その様子を傍で眺めながら、時折適度な相槌ちを入れている自身がとてつもなく幸せに思えてならない。紫苑には、何気ないこんなひと時が、何ものにも代え難い幸福と思えていた。
彼らもそうだったのではないだろうか――二十年前を共に過ごした彼らも。
そんな思いのままに、紫苑は無意識に、
「なぁ、プロモ作りたくねえ?」
気付くとそう呟いていた。
え――?
突然の紫苑のひと言に、遼平と春日野がハタと会話をとめて、二人同時に顔を上げた。
「プロモって、この曲の?」
譜面を掴んだままの手をクイっと持ち上げて、遼平が訊いて寄こす。
「ああ、うん。何ていうか……こう、今のまんまの俺たちを映像って形で残しておきてえっていうか……できれば学ランのままで」
「はぁ? 学ランってお前、高坊のシチュで撮りてえってこと?」
「ん、俺らは学ラン。そんでもって……できたら春日野も……その制服のまんまで参戦してもらえたら……とか」
照れ臭いのか、僅かに視線を泳がせ、と同時に頬を薄紅色に染めながらそんなことを言い出した紫苑の様子に、遼平はとびきり穏やかな笑みを浮かべると、すぐに同調するように頷いてみせた。
「分かった――もしかしてアレだろ? お前が本当に撮りてえのって、俺らじゃなくて『二十年前の俺ら』なんじゃね? 違う?」
(ああ、ああ! そう、そうなんだよ!)
頷くより早く、言葉を発するより先に、『その通りだ』と言った視線が真っ直ぐに遼平を見つめた。高揚感をそのままに、縋るような、逸るような視線に代えて肯定を口にする。
そうなのだ。今現在のこの幸福感は、きっと二十年前の彼らの間にも存在していたのだろうと思えて仕方がないのだ。どうにかしてそれを形として残したい。
突き上げてくるこの高揚は上手く言葉では表せないけれど――
そんなふうに言いたげな紫苑の気持ちを察し、そして自身もまた同じ思いを重ねると、遼平はそっと紫苑の手を取り、引き寄せ、そしてガッシリと互いの思いを固めるかのように握り、包んだ。
かの友人たちが生きたあの頃を形にして残したい。
今の俺たちと何ら変わらなかっただろう思いを、個々の記憶という形のみではなく、手に取って皆で分かち合えるような何か――そう、形にして残したい。そんな思いを『曲』という形にして刻んでくれた氷川に対して、今度は自分たちの作り上げた『何か』として氷川に渡したい。
あの頃をそのままに映し出す映像、プロモーションビデオという形にして、氷川に自分たちの思いを伝えたいと、そう思ったのだ。
紫苑の考えに同調した遼平は、倫周から伝え聞いた二十年前の話を春日野に打ち明けると、改めて協力をしてもらえないかと申し出た。
「できれば氷川さんには内緒で……っつーか」
「うん、そだな。ちゃんと出来上がってから見せてえよな」
真剣な顔付きでそんなことを言う二人に、
「つまり、サプライズでってことか?」
最初は驚いていた春日野も、既にプロモ作りに意気込みを見せるかのように身を乗り出していた。
「けど、制服で撮影って……許可が下りっかな」
「確かに……そうだな。商品としてメジャーで発売するにはいろいろと制限もあるかも知れねえ」
頭を抱える遼平と春日野に、
「ん、別にメジャー用じゃなくていいんだ。氷川のオッサンにだけ見てもらえて……持っててもらえればそれでいいかなってさ」
照れ臭そうに紫苑は笑った。
「おお、なるほど! だったら細かいシチュもいろいろ自由にできるしな」
「だろ? 撮影場所は……そうだな、やっぱ例の埠頭の倉庫街がいんじゃね?」
「ああ、氷川さんと『昔の俺ら』がタイマン張ったっていう場所?」
「そうそ! 氷川のオッサンが一番大事に思ってるだろう場所だって、倫周さんもそう言ってたし」
「なぁ、お前ら……それって二十年前の話なんだろ? その倉庫って今もまだあんのかよ?」
「さぁ、どうだろな……」
遼平と紫苑のやり取りを聞きながら、春日野もまじって具体的な話に花が咲き始めた、そんな折だ。
コンコンと部屋の扉がノックされる音と同時に、こちらからの返事を待つ間もなくといった調子で倫周がひょっこりと顔を見せた。
「ごめん、ノックしようとしたんだけど……部屋の前まで来たらキミたちの話してるのが聞こえちゃって……さ」
少々バツの悪そうにしながらも、逸った気持ちを抑えられずといった感じなのがありありと分かる。素晴らしい案だね、僕も是非仲間に入れて欲しいな、まるでそう言いたげなのが彼の表情から滲み出ていた。そんな思いを後押しするかのように、後方から続いて帝斗も顔を見せた。
「事務所としても精一杯バックアップさせてもらうよ。遼平の容態が完全になったら、早速制作に入ろう」
力強い帝斗の言葉に、遼平、紫苑と春日野の三人をはじめ、倫周も合わせて、誰もが表情を輝かせた。
◇ ◇ ◇
それからは日が過ぎるのが早かった。
プロモーションビデオの作成に向けて、カメラマンや撮影場所の手配など、実務的なことは帝斗と倫周が引き受けてくれた。対して、映像のイメージや編曲といった方面は遼平、紫苑が春日野にも意見をもらいながら作り込む日々が続く。あっという間に半月が過ぎて、卒業式がもう間近に迫っていた。
まだ傷口こそ完治してはいないものの、既にベッドから離れておおかた通常の生活ができるようになった遼平は、紫苑と共に無事に式に出られるまでに快復していた。桃稜生の春日野たちも先日の小競り合いの件に関して特には警察沙汰になることもなかったので、誰一人欠けることなく、無事に卒業を迎えられそうだった。まあ、あの後、氷川が密かに手を回したお陰で、大事の表沙汰にはならなかったというのは内密の話である。
相変わらずに忙しない日々の中、卒業式を三日後に控えて、遼平は感慨深そうに部屋の隅に吊るされた学ランを見つめていた。
「プロモ、やっぱ卒業までには間に合わなかったな」
自分が怪我さえしていなければ――と、残念そうに言う遼平に、紫苑は瞳を細めた。
「そりゃお前のせいじゃねえじゃんよ。俺を庇って怪我しちまったわけだし、それを言うなら俺ンせいだ」
すぐ隣に腰掛けた遼平の手にそっと掌を重ねて、その温かみを実感する。
「ほんと……大事に至らなくてよかった……お前がこうして元気で傍にいてくれんのが、俺にとっては何よりっつか……」
お前を失くさなくてよかった。生きていてくれてよかった。それ以上、何も望むことなどない――そんな気持ちを代弁するかのように、紫苑は大事そうに重ねた掌の温もりを離そうとはしなかった。
「ん、そだな。俺もお前がいれば他にはナンもいらね……とか言うと、そーゆーのはクールじゃねえって突っ込まれっかも知んねえけどよ。とにかく俺は……」
重ねられた手をもう片方の掌で包み込むようにしながら、遼平も紫苑を見つめる。
「……好きだぜ、紫苑。お前ンこと、この世の誰よりも、何よりも……」
「バッカ……」
既に視界に入り切らない程の近い位置で、額と額をくっ付けながらそう囁いてくる遼平を前にして、紫苑は照れ臭そうに頬を染めた。
「なぁ、紫苑」
「ん?」
「今……する? それとも……夜?」
「する……って、まだ完治してねんだし、無理すんなっての」
「別に最後までするなんて言ってねえよ。ちょっとだけ……一緒にほら、これ」
「ん、バッカやろ……そんなんしたら……つか、だったらやっぱ夜のが無難?」
「ンだよ、夜までお預けかよー」
かなり残念そうに、少々ふてくされた遼平であったが――実際、『夜までお預け』を選択で正解だった。その直後にドアがノックされる音がして、倫周がひょっこり顔を出したのだ。
「遼平君、紫苑君、いるかい? お客様だよー」
相変わらず暢気な調子で部屋へと入って来た倫周を目の前にして、紫苑は可笑しそうに遼平へと耳打ちをした。
「な、夜にして良かったろ? あのまんま、おっ始めてたらヤバかった」
確かにその通りだと認めつつも、夜に後回しされたことにやや不満気味なのだろう、
「ちぇ、その分、夜は覚悟しとけよ」
少々怨めしそうに口を尖らせながらスネる様子を横目に、紫苑は他愛のない瞬間をこうして遼平と過ごしていられることを何よりの幸せに感じていた。
◇ ◇ ◇
倫周に連れられてやって来たのは春日野だった。相変わらず下校途中にそのまま出向いて来たらしく、今日も桃稜学園の制服という出で立ちだ。卒業式は遼平らの四天学園と同じ日に行われるようだから、彼もこの制服を着られるのが残り僅かだと思うと、少なからずは感慨めいたものがあるのだろう。そんな春日野を目にするなり、今の今まで頬をふくらませていた遼平も、すっかり上機嫌だ。
「よぉ、春日野! 待ってたんだ! お前に見せたいもんがあってさ」
その変わり身の早さにプッっと吹き出しそうになりながらも、紫苑はノートパソコンを手に取って、遼平へと差し出した。春日野に見せたいものというのはこれのことだ。氷川から提供されていた例のバラードの編曲が出来上がったのだ。
「まだ完全ってワケじゃねんだけどー、とりあえずお前にも聴いてもらいてえと思ってたとこ!」
逸ったようにカチャカチャとキーボードを操作して曲を出す。そんな遼平に『待った』をかけるように、春日野の手が肩に触れた。
「ん? どした?」
曲を聴いてもらうことに夢中になっていて気付かなかったが、ふと見れば、見知らぬ男が春日野の背に寄り添うようにしながら佇んでいる。
「えっと……突然で済まねえ。この人、俺んちの隣に住んでる幼馴染みなんだ。お前らのファンで、一度会ってみてえっていうからさ」
照れ臭そうに説明をする春日野の頬が若干染まっているように思えるのは、急に勝手なことをして知人を連れて来てしまったので申し訳ないという気持ちの表れなのだろうか。一瞬、不思議そうに互いを見やった遼平と紫苑だったが、
「はじめまして。徳永竜胆(とくなが りんどう)といいます。今日は急に押し掛けちゃってすみません」
にこやかで丁寧な挨拶をされて、思わずつられるように微笑み返した。
徳永と名乗った男の、あまりの穏やかさというか、おっとりとした何とも柔和な雰囲気に、初対面とは思えない安堵感が心地良い。
「いえ、ようこそ。如月遼平です」
「織田紫苑です。春日野のお隣さんなら大歓迎すよ!」
「ありがとうございます。僕、お二人の大ファンで、CDも全部持ってるんです。どれも素晴らしい曲で、何ていうか……すごく懐かしいというか、あったかいものを感じるなぁって」
「マジっすか! うわ、すげえ嬉しいです」
「ありがとうございます!」
すっかり意気投合し、和気藹々と話が盛り上がる。
「最近、彼がJADEITEのお二人と懇意にしてるって聞いたものですから」
JADEITEというのは遼平と紫苑が組んでいるユニット名のことだ。春日野が、この徳永にいろいろと話を聞かせていたのだろう。
「これはもう、是非一度会わせてもらいたいなって。我が侭言って菫に頼み込んだんです」
――菫?
誰のことを言っているのだろう。徳永から飛び出した聞き慣れない名前に、一瞬首を傾げてしまう。
「それって、もしか……春日野のことですか?」
咄嗟にそう訊いたのは紫苑だった。
「え、まさかお前の名前、菫っていうのか?」
続けるようにして今度は遼平がそう尋ねる。
「……そうだけど。そういや、名前で呼び合ったことねえな、俺ら」
またもや若干照れ臭そうに視線を泳がせている春日野は、やはり普段とは少し様子が違うようだ。何となくソワソワとして落ち着かないというか、明らかに挙動がおかしい。だが、まあそれには特に触れずに、紫苑が放ったひと言で、その頬が一気に紅潮した。
「お前が『菫』で、お隣さんが『竜胆』さんって……何かすげくねえ?」
「だな! 春と秋の花じゃん? もしかして二人の親同士でわざと揃えて付けたとか?」
輪を掛けるように遼平までもがそんな相槌を打ったものだから、たまらない。火照ってしまった頬を隠さんというわけか、しどろもどろで、額にはうっすらと汗まで浮かばせた春日野の様子はさすがに尋常ではない。
不思議そうに首を傾げる遼平と紫苑を目の前に、早口で驚くようなことを口にした。
「あー……その、なんだ。お前らにはちゃんと紹介しときたくて……。実はこの人、俺の……大事な人なんだ」
え――!?
今まで後方でやり取りを窺っていた倫周までもが、パチクリと瞳を見開いている。遼平と紫苑は言わずもがなだ。
「いや、お前らにだったらちゃんと紹介できる……そう思ったもんだから」
春日野には、先日遼平が怪我を負った出来事をきっかけに、そんな思いが沸々としていたようだ。あの時、倉庫内で紫苑が絶叫しながら放った言葉、そして氷川たちがしていた気遣いや会話の内容から、二人が互いに想い合っているのではないかということに気が付いたのだろう。敢えてそのことには触れずに来たが、ここしばらくの間、交流を深める中でそれは確信へと変わっていった。
同性でありながら愛し合っているだろう遼平と紫苑に親近感を持ったのは、春日野自身もまた、同性である幼馴染みを大事に想っていたというのが大きいといえるのだろう。無論それだけではないのだろうが、より一層親しみを持ったのは確かだ。恋人のことなど今まで誰にも打ち明けたことなどなかったが、この二人にならそれを知っておいてもらいたい、春日野はいつしかそう思うようになっていった。
「ちょっと唐突で驚かせちまったか……? すまん」
普段からは想像もできない程に照れ臭そうにする春日野の横では、徳永が同じように頬を染めつつも嬉しそうにはにかんでいる。そんな様子からは、彼らが互いを大切に想っているのがはっきりと分かった。場違いなことを言ってしまったかと申し訳なさそうにする春日野に、遼平も紫苑もすぐに首を横に振っては、口々に「そんなことはない」と言った。
「打ち明けてくれて嬉しいぜ、春日野。そういう俺らも……って、もうバレバレなのかな?」
目の前のカップルに負けず劣らずと、思い切りはにかみながらそう告げた遼平に、隣の紫苑も染まった頬を隠さんと頭を掻きつつ、嬉しそうな表情を隠さずに笑ってみせた。
桃稜学園の不良連中の頭的存在と言われているこの春日野に、まさか同性の恋人がいたというのには酷く驚かされたものの、嫌な気は全くしない。それどころかこうして打ち明けてくれたことで、今まで以上に絆が深まったようにも思えることが素直に嬉しかった。
「えっと……そんじゃ、改めてよろしく――ってのもヘンな言い方だけど……」
少しおどけ気味で遼平がそう言うと、場がパッと明るさを増した。誰もが楽しそうに互いに見合い、そこには幸せな空気が満ち溢れていくかのようだった。