春朧

新しい季節へ 7



 その後、遼平と紫苑、そして春日野の三人はそれぞれ卒業式を無事に迎えた。そして、卒業証書を抱き、河川敷で待ち合わせをする。二十年前に鐘崎遼二と一之宮紫月、そして氷川や帝斗らがそうしたように、同じ場所で集まることに決めたのだった。
 天候も、二十年前と同じような花曇りの空から時折薄日が射すようなうららかな陽気である。河川敷には帝斗と倫周も待っていて、今日はこれから制服のままでプロモーションビデオの撮影に入るのである。

 プロモーションビデオの中では、高校時代に過ごした日常をできるだけ忠実に再現したいと思っていた。そんなわけで、遼平と紫苑はクラスの同級生たちにも声を掛けて、協力を募ったのだった。
 現場に着けば、既に桃陵学園の卒業生たちも二十名くらいが集まっていて、賑わっていた。春日野が彼らにも事情を説明し、撮影に協力してくれることになったのだ。
 四天と桃陵――犬猿の仲と言われ、街中で顔を合わせれば一触即発の間柄。何度小競り合いを繰り返したことだろう。威嚇し合い、ガンを飛ばし合った日々も懐かしい。
 四天学園の黒の学ランと桃陵学園の薄いグレーのブレザーにからし色のタイ、双方共に二十名弱の生徒らが集まれば、ちょっとした修学旅行状態だ。しかも彼らは在学中には不良グループだなんだと言われていたやんちゃ坊主の集団である。そんな少年たちが数を成して集まっている状況に、帝斗も倫周も若干気後れ気味でオタオタとなっているのが可笑しい。
「すみません、社長。倫周さん。ちょっと騒々しいッスけど、プロモにはどうしても四天と桃陵の対峙場面を入れたくて……皆に無理言って協力してもらいました」
 遼平が頭を下げれば、帝斗らは「構わないよ」と言って、嬉しそうに頷いてみせた。
 卒業式を終えた今、イキがり合ったことも番を張り合ったこともいい思い出である。戻りたくても、もう二度と戻れない懐かしい日々なのだ。そんな思いが郷愁を呼ぶのか、四天も桃陵もなく、誰しもが根っからの仲間のようにして、じゃれ合う光景も微笑ましかった。
「それじゃあ皆、そろそろ始めようか!」
 帝斗らが連れてきた撮影班は本格的で、やんちゃ坊主の軍団はプロモーションビデオに出演できることにワクワクとした調子だ。遼平や春日野からこのビデオを作る意味や、二十年前の出来事を聞かされていたので、皆一様に張り切っている様子であった。特に桃陵の連中には、学園の伝説として語り継がれている『桃陵の白虎』その人に捧げるとあって、気合いの入り方も格別だったようだ。
 撮影は河川敷を背に、四天学園組と桃陵学園組が左右に分かれて対峙するところから始められた。肩で風を切り、互いに睨みを利かせ、これから勝負が始まるぞという雰囲気の場面を動画に納めていく。それを皮切りに仲間内での談笑場面や、敵対同士でガンを付け合うシーンなども撮影し、最後に二十年前の鐘崎遼二と一之宮紫月、そして氷川の三人をイメージしたショットでプロモを締め括るという算段になった。

 鐘崎遼二と一之宮紫月の役は、当然、遼平と紫苑が演る。氷川の役には桃陵学園を代表して春日野が抜擢された。
 当の春日野は、「俺が『桃陵の白虎』の役だなんて」と言って恐縮気味だったが、満場一致で彼しかいないと推され、緊張しながらも精一杯挑んだのだった。
 四天学園の生徒らにとっても、桃陵学園の生徒らにとっても、いい思い出の一つとして永遠に心に残る卒業式の日であった。

 その後、ライブの準備が着々と進められていった。二十年前の思い出である埠頭の倉庫街で行うことについては、当然のことながら氷川も承知の上だったが、プロモーションビデオの件は当日まで極秘で制作されることとなった。ライブの最後にサプライズとして氷川に贈りたかったからだ。
 幸い、プロダクションの仕事以外にも多方面での企業経営者である氷川は、事務所を留守にしていることも多く、特に今は決算期とあって不在の日が続いていた。プロモ制作にはもってこいの好条件であった。
 ライブでは春日野と徳永も演奏に加わってくれることとなり、連日のようにリハーサルを兼ねたレッスンが続けられた。春日野はバイオリンは勿論のこと、ドラムスも叩けるので、その両方を担当してもらう。遼平と紫苑はボーカルが主で、楽器はといえばアコースティックギターを弾くのがせいぜいなので、他のパートができる演奏者が加わってくれることは非常に有り難いことだった。今まではミキシングで全て事足りていたわけだが、ライブとなれば話は別だ。生演奏で聴かせるには、当然演奏者が必要となってくるからだ。
「あとはギターとベースかぁ……。粟津の社長がギタリストさんを頼んでくれるって言ってたけど……」
 春日野のドラムスとバイオリン、徳永はピアノが弾けるのでキーボードも担当してくれるという。そうなると、残すパートはリードギターとベースが必須だ。帝斗と倫周からギタリストを手配していると聞いてはいたが、ライブの日も刻々と近付いてきている中、そろそろ顔合わせをしたいと思っていた矢先である。
「お、粟津の社長からメール来た! 今日の午後、ギタリストさんとベーシストさんを連れて来てくれるって」
「マジか! これで本格的にリハーサルに入れるな!」
 遼平と紫苑、そして春日野と徳永の四人は期待に瞳を輝かせた。このところ、ずっと四人だけで練習に励んでいたから、既に息もぴったりで仲間としての絆も固まりつつある。そして、午前中の練習を終えると、四人はプロダクション内のカフェへと昼食に繰り出した。
「けど、どんな人なんだろうね。ギタリストとベーシストの人って」
「社長さんからは何も聞いてねえのか?」
 徳永と春日野がそう訊けば、
「ん、何でもすごい腕のいい人たちで、今はアジア各地でバックバンドのフリー奏者として活躍してるとかって言ってたけど」
「それに、俺らよりだいぶ年も上って言ってたな。社長と同い年だとかって」
 遼平と紫苑がそんな相槌を打つ。四人が雑談に花を咲かせていると、今度は倫周からメールが入り、二時に社長室へ集合とのことだった。



◇    ◇    ◇



「いらっしゃい! ちょうど今、帝斗から連絡が入ったところで、駐車場に着いたそうだよ。ギタリストさんたちを連れて、これからこっちへ向かうって」
 四人が社長室を訪ねると、倫周がお茶を用意して待っていた。いよいよご対面かと思うとさすがに緊張してくるわけか、四人は出されたお茶で喉を潤しながらも、背筋を正してソファに行儀良く整列するようにして座っていた。と、そこへ部屋の扉が開かれ、聞き慣れた帝斗の朗らかな声が聞こえてきた。
「やあ、待たせたね。紹介しよう、今度のライブでギターとベースを担当してくれる――」そこまで言い掛けた時だ。帝斗の後方から付いて来たギタリストとベーシストらしい二人が驚いたように感嘆の声を上げた。
「遼二――!」
「……紫月!」
 遼平と紫苑を見て思わずそう言った二人の瞳は驚きで見開かれ、そこから先は言葉にならないといったふうに硬直してしまう。
 そんな様子を横目に、帝斗はクスッと笑うと、
「ね、驚いたろう? こちらは如月遼平と織田紫苑だ。つい先日に四天学園高等部を卒業したばかりのウチの秘蔵っ子たちさ」
 固まったままの二人に向けてそう紹介した。
 そして、今度は遼平ら四人に向かって、連れて来た二人を紹介する。
「こちらはギタリストの清水剛(しみず ごう)さんとベーシストの橘京(たちばな きょう)さんだ。二人はずっとアジア各地で活躍中の有名バンドに付いてフリー奏者として活動してきたベテランだよ」
 そう言われて、遼平ら四人は揃ってペコッと頭を下げる。帝斗はもうひと言を付け足した。
「この二人はね、遼二と紫月の同級生なんだ。勿論、僕や白夜、そして倫とも二十年来の良き親友だ」
 なるほど――そういうわけだったのか。だから今しがた、会った途端に「遼二」「紫月」と彼らが口走った意味が分かった。そんな二人の意を汲んでか、遼平と紫苑は彼らの前へと歩み出ると、再度丁寧に頭を下げながら握手の手を差し出した。
「如月遼平です」
「織田紫苑です」
 一先ずは自己紹介をしながら、
「あの、やっぱりそんなに似てますか?」
 少し照れたように頭を掻きながらそう訊いた。すると、剛と京の二人はようやく我に返ったようにして瞳をパチクリとさせ、今度はいささか興奮気味に頬を紅潮させながら言った。
「や、似てる……なんてもんじゃねえぜ……。帝斗たちから話には聞いてたけど……」
「まさかこんなにソックリだとは……夢でも見てるんじゃねえかって気分だ」
「なあ、マジで遼二と紫月……じゃねんだよな?」
「つか、お前ら、年取らねえな……。あの頃のまんまだ」
 夢幻でも見るような感じで高揚しつつも、ものすごく不思議そうに首を傾げている。遼平も紫苑も照れつつも苦笑状態だ。
「な、俺ら……老けたろ?」
 思わずそんなことを言ってのけた剛に、帝斗も倫周も破顔しながら苦笑している。ふと、意外なことを口走ったのは紫苑だった。
「変わってねえよ。渋さが増して、ますますイイ男になってるぜ」

――え!?

 剛と京は無論のこと、その場にいた誰もが驚いたようにして一斉に紫苑を見やった。
「あ……えっと、あー、すいません。ちょっと調子に乗りました!」
 思い切りバツの悪そうにパンッと顔前で手を合わせて舌を出し、
「もしかして紫月さんならそんなふうに言うかなって……思ったんです」
 言い訳をしながら申し訳なさそうに頭を下げる。そんな彼の気遣いが充分伝わったのか、剛も京も思わず目頭が熱くなるといったように瞳を細めると、
「嬉しいぜ……! そうか、俺ら渋みが増したか!」
「だろだろ? イイ男になったろうが!」
 二人共に思い切り嬉しそうに破顔しながら、とびきりの笑顔のままで涙を拭った。
「ありがとな、紫苑! それから遼平――」
「お前らとバンドが組めるなんて夢のようだぜ……! ほんとに、こんな嬉しいことはねえよ――!」
 そう言って思い切り抱き付くと、剛は紫苑に、京は遼平を抱き締めるようにしてハグをした。
「氷川にサプライズで渡すっていうプロモの話も帝斗から聞いてるぜ!」
「最高の演奏で盛り立てっから! これからよろしくな!」
 未だ涙声で、だがこれ以上の至福はないといった笑顔でそう言った二人に、遼平と紫苑もがっしりとハグで受け止めながら頷いた。
「よろしくお願いします!」
 彼らの様子を後方で見守っていた春日野と徳永も、心から嬉しそうで、しばし部屋の中には幸せの笑い声があふれて止まなかった。



◇    ◇    ◇



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