春朧
そうして迎えたライブ当日――頃は若葉が青葉に変わる緑萌ゆる季節だ。氷川が購入したという埠頭の煉瓦色の倉庫は、すっかりライブ会場として設営が施され、朝から楽器や音響機材なども続々と持ち込まれて活気に包まれていた。
遼平と紫苑、そして春日野に徳永と剛、京も加わったライブメンバー六人は、即席ながらも既に永年一緒にいるような強い絆が生まれ始めている。氷川が買い取って改装したという例の花時計広場前のレストランで昼食を済ませると、そのまま会場入りした。
「やあ、来たね。会場の感じはどうだい? 気に入ってくれたかな」
既に社長の帝斗と倫周も来ていて、最終チェックに余念がない。
「はい……。改めて見るとすげえデケえ会場で……」
「やべ……緊張してきた」
遼平と紫苑が口々にそんなことを言ったのに、剛と京が余裕の微笑みで二人の肩に腕を回してガッシリと包み込む。
「おっし! 俺が解してやるわ!」
肩をグイグイっと揉む仕草をして、また笑う。賑やかなこの二人に一気に場が和むようだった。そんな様子を横目に、帝斗がクスクスと可笑しそうに笑っていた。
「剛も京もほんと変わってないよね。そうやってワイワイしてるところも、やんちゃなところも二十年前のままだな」
「おいおい、それって全然成長してねえってことー? 帝斗も相変わらずだな!」
「帝斗って紳士に見えて、意外と毒舌家なんだよ。それも二十年前から変わってねえー!」
剛と京が腹を抱えて笑いつつも、揚げ足を取るようにそう言えば、
「褒められてんだろ? つまりお前ら二人、まだまだ若えってことだ」
ものすごく自然な調子でそう口走った遼平に、皆一斉に驚いた表情で彼を見やる。
「あ……? 今、俺何か言いました?」
当の遼平はポカンとしたように皆を見つめ返しながら首を傾げつつも、もしかしたら自身の中の『遼二』がそう言いたかったのかも知れない――ふとそう思った遼平は、照れ臭そうにしながら頭を掻いた。
「多分、今の遼二さんッス! 俺ン中の遼二さんがそう思ったんじゃないかと――」
そんな彼を取り囲みながら、帝斗をはじめとした皆が嬉しそうに、そして穏やかに微笑んでいた。
「さあ、じゃあ軽く通しでリハーサル行ってみようか!」
帝斗の頼もしげな掛け声に、現場のスタッフらが慌ただしくセッティングに入る。
「リハが済んだら軽く夕飯を摂って、その後メイクと着替えだ。夕方六時に会場をオープンして観客の皆さんを誘導、六時半から本番スタート。いいな?」
帝斗が今一度、最終的なスケジュールを説明し、いよいよリハーサルに突入だ。ステージへと上がる前に、遼平と紫苑は帝斗のところへ駆け寄ると、
「あの、社長! 氷川さんは何時頃に会場入りされるんでしょうか」そう訊いた。
「ああ、白夜には五時半頃までには入ってくれって伝えてある。開場の少し前には到着できるだろう」
「そうですか。ありがとうございます!」
「俺ら、精一杯やりますんで……! 皆さん、どうぞよろしくお願いします!」
メインボーカルであり、元々のJADEITEメンバーである遼平と紫苑が丁寧にそう頭を下げると、スタッフらから一斉に拍手が湧き起こった。
◇ ◇ ◇
そして午後五時を回った頃。
メンバー全員のメイクと着替えも済み、いよいよの初舞台を目前に、バックステージのテントの中では遼平らが緊張を解すように和やかにじゃれ合ったりしていた。
「ほれ、リラックス、リラックス!」
「もっかい肩揉んでやっか?」
場慣れしている剛と京にスキンシップで励まされて、遼平ら若者組の四人からも笑顔が漏れる。と、そこへ「お客様がお見えです」テントの入り口でそう声が掛かった様子に、皆一斉にそちらを振り返った。
「氷川さんかな?」
せっかく解した緊張が、また一気に戻ってくるようだ。氷川は多忙な身ということもあるが、サプライズのプロモのこともあったので、今回のライブについては倫周がメインの担当となり進めてきたのだ。なるべく氷川には秘密裏に事を運んできたので、殆ど彼には会わないままで準備をしてきた。久しぶりに顔を合わせるということもあってか、一気に緊張が高まる――。が、スタッフが連れて来たのは氷川その人ではなかった。
「こんばんは。今日は初ライブおめでとうございます!」
「僕らも呼んでいただいて……! 紫苑さんたちの初ライブをこの目で見られるなんて感激です!」
大きな花束を抱えながらそんなことを言ったのは、先日駅前のレストランで鉢合わせた速水と瀬良の二人だった。彼らは二十年前に一之宮紫月が身代わりになって交通事故から救ったという二人だ。
「速水さん! 瀬良さんも! よく来てくださいました」
「お忙しいところありがとうございます!」
遼平と紫苑の二人が嬉しそうにそう言って出迎える。レストランで彼らと出会った際に一緒にいた春日野と徳永も駆け寄っては、二人を歓迎した。と、その時だ。
「氷川さん、お見えです」
またしてもそう声が掛かって、一同は一斉に背筋を伸ばすかのようにシャンと姿勢を正した。
スタッフから案内されて、氷川がその長身を少し屈めながらテント入り口をくぐってくる。その出で立ちに、皆は少し驚いたように目を見張ってしまった。
いつもはダークスーツでいることの多い氷川だが、今日は割合カジュアルな感じの白っぽいジャケットと、それに合わせたスラックスにデッキジューズのようなラフさが新鮮である。無論、彼ほどの男が纏うものだから、おそらくは質のいいオーダーメイドか有名ブランドの仕立て物なのだろうが、粋には見えるものの嫌味は一切感じさせないところはさすがである。氷川は遼平と紫苑の前へと歩み寄ると、ふいと瞳を細めて笑顔を見せた。
「調子はどうだ。今日までライブの準備やらリハーサルやらご苦労だったな」
労いの言葉に、遼平と紫苑は互いを見やりながらも嬉しそうに頬を染めて頷いた。
「はい、バッチリっす! 清水さんや橘さんていう素晴らしいギタリストさんとベーシストさんにも助けていただいて――」
「この会場のことも……本当にいろいろとありがとうございます! 俺ら、精一杯歌いますんで……見ててください」
二人交互にそう言って頭を下げた。
「ああ。楽しみに見せてもらう」
氷川はそう言って微笑むと、遼平と紫苑の頭をポン、ポンとその大きな掌で撫でた。そして、
「清水と橘もありがとうな。それから春日野に徳永、君ら二人にも礼を言う」
左程広くはないテントの中に笑顔が充満する。氷川を取り囲むように遼平、紫苑、春日野に徳永、剛に京、そして一之宮紫月が助けたという速水と瀬良、皆を見守るように帝斗と倫周。二十年前からの縁で巡り合い、そして会う度に絆を増した当時からの顔ぶれであふれかえり、熱気に包まれていた。
「さあ、本番だ。皆、がんばってな! 僕らも客席で見せてもらうからな」
帝斗の明るい掛け声で、皆が円陣を描き、剛と京が先頭となってそれぞれの手を差し出し、それに続くようにメンバーたちも次々と手を重ねていった。
「じゃあ、いくぜ!」
「おー!」
威勢のいい掛け声と共にステージへと向かった。
◇ ◇ ◇
氷川の席はライブ会場全体が見渡せる倉庫の欄干部分に特別に設えた。
ステージからは少し遠目になるが、そこからならば観客たちの邪魔にもならないし、客席からも見えない位置である。そして、何より真正面にある巨大スクリーンが一番見やすい位置なのだ。ライブのラスト、ここに例のプロモーションビデオを映し出す算段なのである。
倫周はバックステージでメンバーたちの着替えを始めとした世話を焼かなければならないので、この特別観覧席には氷川と帝斗の二人が肩を並べることとなった。
席に着き、眼下の会場に続々と観客たちが入ってくるのを見つめながら、帝斗が穏やかに口を開いた。
「楽しみだな。彼ら、今回ものすごく張り切ってリハーサルや準備に頑張っていたんだよ。きっと素晴らしいライブになると思うよ」
「そうか――。俺は下準備はお前らに任せっ放しで、ロクにあいつらの練習にも付き合ってやれなかったが」
「その方が彼らも肩の力が抜けてやりやすかったろうから、それでいいのさ」
クスッと微笑む。ラストのサプライズの為に、わざと氷川を遠ざけていたということはおくびにも出さずに、帝斗は内心ワクワクとしていたのだった。
「ご覧よ。彼ら、桃陵の卒業生たちだよ」
眼下の観客を視線で追いながら氷川にそう説明をした。見れば、先日の乱闘騒ぎの際に見たような顔ぶれが一団となって席に着いている。
「彼らにもね、いろいろと協力を……」してもらったんだよ――と言い掛けて、帝斗はハッと口をつぐんだ。そう、例のプロモーションビデオは彼らにも桃陵学園の制服姿で参加してもらったのだが、今はまだ氷川には内緒にしておかなければならない。帝斗は楽しそうに口角を上げると、意味ありげに一人で笑みを噛み締めるのだった。
ほどなくしてライブがスタートし、遼平と紫苑は氷川の作った曲を、歌詞を、一曲一曲心を込めて歌い上げた。初めの頃とは比べものにならないくらいの表現力に驚かされる。帝斗も、そして氷川も感心の思いで聴き入った。
そして、ライブの中盤では遼平らの作った曲も披露された。帝斗が許可をし、剛と京が編曲を担当したのだ。各地で経験を積んできた剛らの手が加わったことで、さすがともいうべきアレンジは若者たちを大いに惹き付ける魅力あふれるものに仕上がっていた。
会場が大盛り上がりを見せる中、帝斗は氷川の様子をチラリと横目に窺う。プロデューサーである彼に内緒で遼平らの『やりたい音楽』を形にしたことをどう思っているのかが気になったからだ。
「ごめんよ白夜――。これは僕が勝手に許可したんだ。お前さんに何の相談もなしでこんなことをして悪かったと……」思っているよ、そう言い掛けた言葉を遮るように氷川は微笑った。
「いい曲じゃねえか――」
「白夜……?」
「これ、紫苑の詞に遼平が曲を付けたんだったな」
「……ああ、そうだね」
「俺もこれの編曲を考えてはあったんだが――やっぱり清水と橘には適わねえな」
ニッと口角を上げて氷川は笑った。
「バレていたのか……」
帝斗は思わず苦笑させられてしまった。剛と京に編曲を依頼したことも、遼平らの作った曲をこのライブで発表させることも、氷川はすっかりお見通しだったというわけだ。タジタジと頭を掻きながら帝斗は素直に「ごめん」と言って謝った。
「構わねえさ。俺もこの曲は気に入ってる。散々一人で聴いたからな」
そうだった。氷川が一人でヘッドフォンをつけて部屋にこもっているのを何度見掛けたことか知れない。その時の彼の表情はとても穏やかで幸せそうだった。遼平と紫苑の前では素直になれない分、彼らの作った曲をこっそりと聴くひと時こそが、氷川にとっては至福だったのだろう。口では何だかんだと言いながらも、ちゃんと編曲まで考えていたということは、いずれは彼らのやりたい音楽を認めてやるつもりだったのだろう。帝斗は氷川のそんな思いに寄り添うように頷いた。
そうこうする内に曲が終わり、眼下の会場では割れんばかりの拍手が轟いている。ステージの上の遼平らの表情も輝いて見えた。
「あいつらの曲をフルバージョンで、今日この日にこうやって聴けたことを嬉しく思うぜ。ありがとうな、帝斗」
「白夜……」
未だ申し訳なさそうな上目遣いでいる帝斗を横目に、氷川は可笑しそうに笑って見せた。
そして曲はラストの一曲を残すのみとなった。
一旦、すべての照明が落ちて、場内が真っ暗闇となる。その間に天井から巨大なスクリーンが下ろされ、と同時に一筋のスポットが点り、ボーカルの二人を映し出した。
先ず初めにエム・シーの挨拶を入れたのは紫苑だ。
「皆さん、今日は俺たちの初ライブに来てくださり、本当にありがとうございます! 初《はつ》ってことですげえ緊張しましたけど、皆さんの応援と声援に支えられて、俺らもめちゃめちゃ楽しく盛り上がらせていただくことができました! 実はこの場所は俺と遼平にとって大切な思い出の詰まった場所なんです。ここで歌えたことを本当に嬉しく思います!」
紫苑の言葉に続くように遼平が引き継ぐ。
「今日ここで、初ライブができるようにしてくれた事務所とスタッフの皆、この日の為にバンドという形で一緒にがんばってくれたメンバー、そして何より聴きに来てくださった皆さんに心から感謝します。本当にありがとうございます!」
二人、一旦マイクを置くと、並んで深々と客席に向かいお辞儀をした。と同時に、大きな拍手と歓声が会場を包む。
「では今日ラストとなりますが――この曲は俺たちにとって、きっと一生で一番ていうくらい記念すべき曲となると思います。切なくて、でもすごくあったかくて、例えばそれは目に見えないかも知れないけれど――、四六時中傍にはいられないかも知れないけれど、でも確かにここにある絆を感じさせてくれるような、そんな曲です」
「心を込めて歌います。今日、ここに来てくださった皆さん、また、今日は来れなかったけど、いつも俺たちの歌を聴いてくださっている皆さんに。それから、今日の為にバンドとして一緒にステージを盛り立ててくれたメンバー、俺たちを支えてくれた事務所とスタッフ。そして――最高の友――俺らのダチに贈ります。聴いてください。タイトルは『春朧』――」
遼平の言葉で一旦スポットが落ち、真っ暗な闇に包まれる。そして徳永のピアノと春日野のバイオリンが二重奏を奏でる中、巨大スクリーンに映像が映し出された。
それはセピア色で作られた少し懐かしさの残る雰囲気のもので、古き佳き時代の銀幕にあるように、所々にジジッと横筋のノイズが入るような作りになっているものだった。
その映像を目にするなり欄干の特等席にいた氷川は、驚いたように瞳を見開いた。
「……これ……」
思わず隣の帝斗を見やる。あまりにもびっくりしてか、こんな映像をいつの間に撮ったんだというように、しばしは瞬きさえも忘れたというふうに硬直してしまう。帝斗は『うん』というように無言のまま微笑んでいるだけだ。
四天と桃陵の制服を着た大勢の学生たちが、楽しげに放課後の商店街を闊歩して歩く様やじゃれ合う様、そして映像が進むにつれて、今いるこの倉庫内で不穏な雰囲気で対峙する様などが映し出される。まさに過ぎし日――遠く懐かしい日々が昨日のことのように蘇らん光景に、氷川は釘付けにされたように画面に見入っていた。
メインボーカルの紫苑が切なげに、且つ大胆に詞の中にある世界観を心を込めて歌い上げていく。その声に重なるようにして遼平のバックコーラスがはもってゆく。会場が一体となり、切なさに、そして胸を締め付けられるようなあたたかさに感動の波が広がるようだった。
そして曲がサビの部分を迎えると、スクリーンは学生たちで賑わう河川敷での光景を映し出した。皆の手には卒業証書、四天も桃陵もなく混ざり合って楽しげにする学生たちの姿に思わず涙を誘われそうだ。
やがて、大勢の学生たちの中から切り取った絵画のように三人の男の姿がクローズアップされて浮かび上がった。遼平と紫苑、そして春日野だ。
桃陵学園の制服姿の春日野を囲むように四天学園の学ラン姿で遼平と紫苑が両脇を固める。それを後方で見守るように並ぶ双校の仲間たちのショットは、まさに彼らの『頭的存在』の男たちを敬い従うように、誰もが清々しく誇りを感じさせるような表情で立ち並んでいる。
そして――
セピア色だったその動画がやがて鮮明なカラー画へと移り――次第に、入れ替わるように三人の男たちの姿がくっきりと鮮やかな色彩で静止画へと移行した。その瞬間、氷川の双眸から一筋、銀色に光る雫がこぼれ落ちた。
「……なんてこと……しやがる……あいつら――」
まさに言葉にならない。必死で堪えようとするも頬を伝う雫が抑えられない。
そこには二十年前の鐘崎遼二と一之宮紫月、そして彼らに挟まれる形で浮かび上がった自身の姿があった。
忘れもしない――これはあの日――二十年前の卒業式の日に河川敷で撮ったショットに間違いない。今、この巨大スクリーンに映し出されているのは、紛れもなく二十年前の卒業式の日の自分たちの姿だ。
しかも、現在の動画がセピア色で作成されていたのに対して、自分たちの昔の写真は色鮮やかなカラーで構成されている。普通に考えれば色の選択は逆になるのだろうが、このプロモーションビデオの映像は、正反対に作られているのだ。まるで、二十年前の三人の男たちの絆は今も色褪せないでここに在ると言われているようで、目頭が痛くなるほどの感動が氷川の全身を貫いた。
「覚えてるだろう? あの日、河川敷で撮った僕らの写真。遼平と紫苑がね、どうしてもこれを使いたいって。お前さんが自分たちにくれた二十年分の思いには到底及ばないけれど、心を込めて贈りたいって言ってね。彼らの仲間たちにも事情を説明して、そうしたら皆喜んで協力してくれたのさ」
止め処ない涙を拭うこともできずにスクリーンに釘付けのままの氷川に、隣から真っ白なハンカチが差し出される。
セピア色の懐かしい動画からカラーで切り取られた自分たちのショットと共に歌が終了し、場内からは割れんばかりの拍車が湧き起こった。その大声援に乗じて氷川は帝斗から受け取ったハンカチを握り締め、それで自らの双眸を覆いながら泣いた。
嗚咽を隠すこともせずに、声を上げて泣き濡れた。まさに男泣きを通り越した、抑えられない二十年分の感情をそのままにしたような号泣であった。
「……バカ……野郎共が……。こんな、こんな……」
カネ、一之宮――――俺は今、本当に言葉にならないくらいのすげえ宝物を貰ったぜ……!
お前らと遼平に紫苑、そして奴らを支えてくれた帝斗と倫周、清水に橘。春日野と徳永も。それに俺らの後輩である桃陵と四天の若い奴ら。
こんな嬉しい贈り物はねえよ――
今日まで生きてきて良かった、諦めねえで良かったって。今、心からそう思えるぜ。
辛いことだらけだった。悲しくて寂しくて、いっそ気が触れちまった方が楽なんじゃねえかって思うくらい苦しい日々の積み重ねだった。
この二十年――
でも報われたよ。お前らの気持ち、届いたぜ。しっかり受け取ったぜ――!
ありがとう。本当に今、俺はめちゃくちゃ幸せだ。
大声援に湧く場内の――ステージの上からこの欄干までは確かに距離がある。暗くて互いの顔などはっきりとは見えない。
けれども遼平にも紫苑にも、そして彼らと共にステージ上に立つメンバーたちにも、氷川のこの思いが届いていたに違いない。
花吹雪の舞う、切なくて愛おしい春の日は、今まさにやわらかな朧となって天高く吸い込まれていく。それに代わるように萌える若葉は驚くほどの速さと強さで青葉へと育まれてゆく。
緑萌える――至福の初夏の光が降り注ぐ、そんな季節であった。
◇ ◇ ◇